第29話 王家の薔薇を飾る意味


 見られるのが恥ずかしい、見られたくないと思うものほど見られるもの。


 花で飾ったシスティアーナの姿は、王宮内を歩くだけでも多くの人の目に留まってしまった。


 朝議は始まっていたので、高官や上位貴族の各当主に見られなかったものの、いずれ噂になって耳に入るだろう。


 王家の白薔薇を身につけて歩くシスティアーナ。


 先々代王弟の孫であり、次期女公爵になると明言しているようにも、王家の薔薇を身に纏い、王家に入ると言う意味にもとれる。


 まずいのは、後者であろう。


 16歳で侯爵家の跡取り。婿を取ろうとしているはずのシスティアーナが、王家に入る──


 年の近い第二王子フレックはすでに妃を迎えているし、王でもないのに王族の娘を第二妃に迎えるなどと言うことは有り得ない。第四王子トーマストルはまだ12歳だ。

 相手は、王太子アレクサンドルか、外交に精力的な第三王子デュバルディオ。

 或いは、国王エスタヴィオの弟や従兄弟を婿に迎えるのではないか。


 様々な憶測が飛ぶ。

 昨日、朝議会の最後に侯爵家当主ロイエルド自身の口で、婚姻の申込みを遠回しに拒絶し、婿の選定を保留すると発言したばかりだ。

 噂は信憑性を持って、出仕貴族、役人や使用人など階位を問わず、廻り始めた。




「殿下。昨日は、素敵な見舞いの品をありがとうございます」


 てっきり、国王補佐として、王太子も朝議に出ていると思っていたのに、出会ってしまった。


 会ってしまったからには、礼を述べねばなるまい。


 綺麗な姿勢でカーテシーを決めるシスティアーナ。


「⋯⋯⋯⋯」


「お兄さま?」


 見蕩れてらっしゃるの? とは、訊かなかった。


 カーテシーを決めたシスティアーナを見つめたまま、なんの反応も示さないアレクサンドル。

 頰を染めるでもなく、嬉しそうに返事を返すでもなく。照れたり困惑顔で誤魔化そうとしたりするならまだ、話の持っていきようもある。

 が、なんの反応も示さないのだ。


 ここで見蕩れているのかと問えば、システィアーナが過剰反応で恥じるのが可愛らしいだろうから是非とも見たい気もしたが、兄がそれを認める訳にもいかずに否定したら、自分達の関係性がギクシャクすると困るからだ。


 そもそも、兄アレクサンドルが、システィアーナに過剰とも言える大量の花を贈った意味も測りかねているのだ。

 迂闊なことを言って、裏目に出ることは避けたい。


 しかし、このまま兄が動き出すのを待つのも時間の無駄のようにも思えた。

 ──それくらい、システィアーナも戸惑うほどに長く、反応を返さないのだ。


「シスったら、こんなお茶目なおしゃれもするのよ、知らなかったわ。可愛いでしょう?」

「⋯⋯ああ。よく似合ってる」


 棒読みで、視線はデコルテの薔薇、ウェストの切り返し部分の薔薇を彷徨い、結い上げられた髪に挿した開きかけの蕾に固定されて、再び動きが止まる。


 何でもそつなくこなされるお兄さまが、こんなに脳停止なさるなんて、花飾りのシスの破壊力ったらないわね。


 当人達には申し訳ないが、この状況はユーフェミアにはとても面白く、先の展開が楽しみであった。




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