第16話「パーティーを終えて」

 終わった――


 私の貞操はここで散る。そう、私は処女だ。

 婚約者がいた私だけど、貞操は守っていた。


 なんていうのかな、そこだけは厳しく育てられたというのか。結婚する前に貞操を捨てたら売春婦とおなじ。


 私の家では、そう厳しく教育されてきた。

 勿論、そういう場面は何度もあった。


 その度に、元婚約者には結婚するまでダメだと諌めてきたのだ。今思えば、そういう固い女が裏切られた原因の一つでもあるのかな? なんて思う。


 貴族と平民では、そういった貞操観念に違いがある。

 やっぱり、男の人は体でも繋がっていないと、心の糸も簡単に切れてしまうのだろうか……。


 もし、ここで裸を見られハロルドに襲われても、それはそれで良いかな。なんか、色々諦めがつきそうだし。


「ぐふぅっっ!」

「えっ!?」


 そんな事をつらつらと考えている私の上で、ハロルドは豪快に吹っ飛んでいった。


「ふ~っ! どうやら間に合ったみたいね」

「たくっ、なにしてんだコイツは……」


 客室の入り口では、ハンカチで汗をふくミリアお姉様とミカエルお兄様。額に滲む汗は、急いでやって来た表れだろうか。


「大丈夫だった? なにもされてない?」

「は、はい……」


 ミリアお姉様がベッドの上に寝かされた私の手を取り、ゆっくり起き上がらせてくれた。


「すまなかった、リアーナ。コイツは一度走り出すと止まらない性格なんだ」


 ミカエルお兄様が深々と頭を下げる。


「お兄様が頭を下げる事じゃっ――」

「一つ良いかい、リアーナ」


「な、なんでしょうか?」

「そのお兄様というのは辞めてくれないかな」


「あ、そ、そうですよね! 本当のお兄様でもないのに失礼でしたよね……」

「違う! 僕の事は、ミカエル。そう呼んで欲しい」


 私の瞳を真っ直ぐ見つめるミカエルお兄様。

 なんだか、照れてしまう……。


「はぁ? あんたなに言ってんの?」

「ミリア姉様……僕はさっき、リアーナにプロポーズしたんだ」


「はい!? 一体どういう事!?」

「僕はリアーナに惚れてしまったんだよ。あの情熱的なスピーチで、心を射ぬかれてしまった」


「会場が結婚がどうのこうの騒がしかったのはそのせいね……本気なのミカエル?」

「ああ、僕は本気だ!」


「なら、私がとやかく言う事じゃないわね。後は本人達の問題だし。ただ、リアーナに自分の気持ちばかり押し付けて困らせるんじゃないわよ」

「分かってるさ。リアーナには、ゆっくり考えてくれれば良いと言ってある。これからゆっくり、お互いを知っていけば良い」


「そう……なら、早く戻りましょう。リアーナも行くわよ」

「は、はい……ハロルド様は?」


 ミリアお姉様とミカエルお兄様に挟まれ、パーティーの会場へと戻る事に。ハロルドの事はどうするのか聞くと、後で回収してもらうから大丈夫だと言われた。


 回収って……ゴミじゃないんだからちょっと可哀想。


 でも、そんな私の心配は、翌日には綺麗さっぱり消えていた。だって、


「おはようリアーナ! 聞いてくれよ! 俺、昨日リアーナを送り届けたよな? なんか知らんがそこからの記憶がないんだ。気づいたらベッドで寝てた……不思議だろ!」


 そんな事を爽やかな笑顔で言われたら、心配なんてしなくて良かったんだと思ってしまう……。


「パーティーは楽しかったか?」

「はい! とっても! あんなに楽しいパーティーは、生まれて初めてっ、てくらい!」


「ははっ、そうか! それは良かった! そうだ、昨日渡しそびれたから、改めてプレゼントだ」


 ハロルドから、鞘に入った一本の剣を手渡された。


 その剣は、普通の剣よりも少し小さく、ダガーなんかよりは少し大きいサイズだ。鞘の口には、薔薇の紋章が装飾されている。


「これは?」

「ほら、リアーナと初めて会った時、賊に襲われてただろ。うちの一員になるなら、あれぐらい一人でやっつけられないとな! これからは、毎日剣の稽古だぞ!」


 剣の稽古ですか。それは穏やかじゃないですね……。


「剣の稽古なんてダメだ! リアーナが怪我でもしたらどうする!」

「あ、ミカエル……さん、おはようございますっ」


 ハロルドの次にやって来たのは、ミカエルお兄様。


 昨日ミカエルと呼んで欲しいと頼まれたけど、さん付けが限界でした。ごめんなさい……。


「ふふ。おはよう、リアーナ」


 ミカエルお兄様もそれが分かったらしく、一つ笑みをこぼして私の頭を撫でた。凄く柔らかくて優しい手つき。


 こんな事されたら、女は一ころ。

 ミカエルお兄様がモテるのも頷ける。


「剣の稽古なんてしなくて良い。これから毎日、僕と絵を描いたり、素敵なものを見に行こうね」

「ダメだ! リアーナは俺と剣の稽古してから遊ぶんだから!」


 朝から兄弟喧嘩か……ちょっと羨ましい。


「おはよ~」


 あ、ミリアお姉様! グッドタイミングです!


「なにしてんのあんた達」

「聞いてくれよミリア姉様! ハロルドのやつ、リアーナに剣の稽古させようとしてるんだ!」


「それはダメね」

「なんでだよ!」


「リアーナは、私と魔法の稽古があるもの」


 魔法!? それはちょっと興味あります!


「なんだみんな揃って騒がしい」

「あ、おはようございます陛下!」


「陛下? お父様の間違いだろ?」

「そ、そうでしたっ、お父様!」


「うむうむ。わが娘リアーナよ。朝食を食べたら花の手入れを手伝ってくれ」

「分かりました!」


「あ、親父ズルいぞ! リアーナは、俺と剣の稽古をしてから遊ぶんだ!」

「そうだ! リアーナは、僕と美しいものを見に行くんだ!」

「リアーナは、私と魔法のお稽古してからお買い物よね?」


 な、なにこれ……凄く、忙しくなる予感――

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