第9話
「なにしてるのかしら? ミ・カ・エ・ル・君♪」
そんな重低音が響いたのは、ちょうど唇と唇が触れる間際だった。固まるミカエルさん。その額からは、徐々に汗が吹き出ている。
声の主は勿論ミリアさん。その後ろには侍女さん達が数名控え、ミリアさんと一緒に怖い顔をしていた。
「あ、あ~、リアーナちゃん。こんなところに、ゴミが付いてるじゃないか~」
ナイスタイミングで現れたミリアさんに、ミカエルさんは大根役者も顔負けの棒読みのセリフを吐きながら、私の髪から存在しないゴミを取り除く。
「見つかっちゃった。続きはまた今度ね」
離れ際に私の耳元で呟き、そのままミリアさんに向き直ったミカエルさんは、調子が良さそうに身振り手振りで誤魔化そうと奮闘していた。
「やあミリア姉様。今宵は月が綺麗だね」
「そうね」
「姉様は月夜に映えるな~! さすが我がグレイテスト王家一の美貌と才女の持ち主だよ!」
「ありがとう。それで?」
「今、ちょうどリアーナちゃんを送り届けていた所だったんだ!」
「ふーん、それで送り狼に?」
「お、送り狼なんて言いがかりだよ。まだなにもしていないじゃないか!」
「"まだ"? と言う事は、これから何かをしようとしてたのね」
ハッ、としてギクッ、という擬音が聞こえそうなやり取りに、劇を見ているような気分になってくる。
綻びを捉えられたミカエルさんは、ミリアさんの命令で動き出した侍女さん達に捕えられ、どこかに連行されて行く。
「リアーナちゃんまた今度ね~!」
連行されながらも手を振り別れを告げる逞しい姿。
爽やかな笑顔が、逆に哀愁を強くさせていた。
「大丈夫だった? なにもされてない?」
心配そうに私の顔を覗き込むミリアさん。月夜に照らされたミリアさんは凄く綺麗で、私なんて足元にも及ばない。
「ミリア様が私のお姉様だったらな……」
思わずそんな言葉を呟いてしまう。それを聞いたミリアさんは、一瞬固まり目を見開いた後、私を思い切り抱きしめてくれた。
「ミリア様……?」
「リアーナは今日から私の妹よ! 血なんて関係ない! ずっとここに居なさい!」
良い匂い……花のような甘い香りがする。
枯れた大地を癒すような言霊に、私の心は潤っていく。
「ありがとう……お姉様」
「はぁ~っっ、なんて可愛いのかしら!」
私は思う存分甘えてしまった。だって、抱きしめられるのがこんなに嬉しいなんて知らなかったんだもん。
ハロルドの時はドキドキし過ぎてあんまり考えられなかったけど、人と人との触れ合いは心を豊かにする。
「本当に、お姉様になってくれるのですか?」
「ええ、当たり前じゃない! リアーナは、今日から私の妹よ」
その後、私達は手を繋いで離れの客室まで歩いた。なんて事ない会話をしながら歩くだけでも、こんな素敵な姉妹なら幸せだ。
「リアーナ大丈夫か!?」
もうすぐ着くという所で、後ろからそんな声が聞こえた。振り返ると、焦った様子のハロルドが息を切らして走り寄って来る。
「ハロルド様……」
「大丈夫かリアーナ!? 熱はどうだ!?」
心配そうに私のおでこを触るハロルド。
走って来たからなのか、その手はポカポカしている。
「凄い熱だ! 体調が悪いなら教えなきゃダメじゃないか!」
熱いのは貴方の手が触れてるからです。
それに体調はバッチリなんですよ!
「いや、あんなにボロボロだったんだ……体調が悪い事を気づいてやれなかった俺のせいだな……」
「ち、違いますっっ」
落ち込んでしまったハロルドを見て、なんだか罪悪感が沸いてくる。
いや、そもそも、無理やり脱がそうとしたのが悪いのよね? ちょっと落ち込んだ所も可愛いから、このままにしちゃおうかな?
「俺のせいでリアーナの体調が悪化した……そうか、俺が責任持って看病すれば良いのか!」
「だ、だ、大丈夫ですから!」
「遠慮するなリアーナ! 汗をかいたら俺がちゃんと着替えさせる!」
それがダメなんだってばっ!
「本当に大丈夫ですから!」
「いやいや、リアーナは俺の弟でもある! 弟の面倒は兄貴が見るもんだ!」
猪突猛進のハロルド。
私には、その突進をかわすことが出来ない。
「はいはい、そこまでよ」
どうしようかと混乱する頭で考えていると、様子を見ていたミリアお姉様が助け船を出してくれた。
「なんだよ姉貴! 俺の看病じゃダメだって言いたいのか!?」
「当たり前じゃない。リアーナは"私"の妹なの。大事な妹をがさつなあんたに任せられる訳ないじゃない」
「はあ!? だからリアーナは男だって! それに、リアーナは"俺"の弟なの!」
「何を勘違いしたらそうなるの? リアーナは私の妹よ!!」
「違う! 俺の弟だ!!」
「お黙り! 私の妹よ!!」
あれ……なんか私を巡って喧嘩してる? 今までこんな状況になった事ないから、どうして良いかまったく分からない……。
「まあまあ、お二人とも落ち着いて……」
「リアーナは私の妹よね!?」
「いいや、俺の弟だよな!?」
ええぇっ、そんな事聞かれても困る……。
ピンチは再びやって来てしまった。
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