第8話

 その日の晩、とうとう最大のピンチが来てしまった。


「残念だが、親父は今日帰らないみたいだ。兄貴もどこに行ってるのか分からんし。まあでも、俺達だけでも汗を流してサッパリしような」


 国王様とお兄様がいないと知り少しホッとした。


 最悪、ハロルドだけなら裸を見られても……って、ダメダメ! 絆されちゃダメよリアーナ!


「や、やっぱり、今日は辞めておきます……」

「ここまで来て何を言ってる! いつまでも恥ずかしがってちゃダメだぞ?」


 ハロルドはそう言いながら、私の服を脱がそうとシャツをペロリと捲り始めた。


「ちょ、辞めて下さいよっっ」

「良いから良いから!」


 全然っ、良くないよ!

 不味いっ、男の人には力じゃ勝てないよっ。


「上がダメなら下を攻めるまでよ」

「あっ、そっちはもっとダメーッッ」


 私のズボンに両手をかけ一気に脱がそうとするハロルド。絶体絶命の状況に、私は諦めたように目を瞑る。


 その瞬間――


「なにしてるんだハロルド」

「ん? あ、兄貴! 帰ってたのかよ!」


 ハロルドのお兄様? あ、ありがとうございます! 最高のタイミングでした!


 お兄様は、ハロルドと同じ金髪だが、その髪は肩まで伸びている。肌は少し浅黒いかなという程度。


 身長はハロルドより大きいけど、線は細い。どっからどうみても王子様って感じで、少しドキッとする。


「僕の事はお兄様と呼べと何度言ったら……おや? そちらは?」


 私の事を見つめハロルドに誰だと問うお兄様。

 その青い瞳は、何かを見透かしている気がした。


「ああ、こいつはリアーナだ! 俺の客人で弟分だ!」

「なんだそれ……それで、今何をしようとしていたんだ?」


「それがさ、聞いてくれよ兄貴。リアーナとサウナに入ろうと思ったのに、恥ずかしいのか脱ぎやがらねえんだ!」


 脱げる訳ないじゃないっ。

 私、お・ん・な・の・こ!


「なにやってるんだお前は……女の子を無理脱がそうとするなんて。嫌われるぞ?」

「なに言ってんだ兄貴? リアーナは男だぞ」


 ハロルドの発言にポカンとするお兄様。

 その後、私を見てそれは本当かと目で訴えかけてくる。


 私は首を横に振り真意を伝えた。するとお兄様は、片手で頭を抱え、やれやれと言わんばかりに首を振っていた。


「お前は本当に……」

「なんだよ兄貴。あ、兄貴も一緒に脱がしてくれよ!」

「いや、遠慮しておく……」


 何かを諦めたお兄様。

 胸中お察しします。


「それより、リアーナちゃんだっけ?」

「は、はい!」


 ゆっくりと近づいてきたお兄様は、私のおでこをそっと触り耳元で呟いた。


「助けて上げる」


 お兄様の顔が近すぎて、耳まで真っ赤になるのを感じる。助けて欲しいけど、早く離れて下さいっっ。


「おい、ハロルド。リアーナちゃん少し熱っぽいぞ」

「え、本当かよ!?」


「ああ、これじゃサウナなんて入ったら余計酷くなる。リアーナちゃんは、俺が送り届けてくるから、ハロルドはミリア姉様にこの事を伝えてこい」

「姉貴に? なんでだ?」


「いいから行け!」

「あ、ああ……じゃあ、リアーナを頼んだぞ!」


 お兄様に急かされ、走ってミリアさんの元に向かうハロルド。それを見送った私とお兄様は、そのまま私の客室へと向かう事になった。


「で、君は何者なんだい?」


 離れの客室に向かう途中、お兄様から質問が飛んでくる。そりゃ気になるよね……。


「私は……」

「いや、嫌なら無理に話す必要はない。ミリア姉様は知ってるのか?」


「は、はいっ」

「なら良い。ミリア姉様が君をここに置くことを許可しているなら、僕は何も言わないよ」


 ミリアさんは、ハロルドやお兄様から信頼されているんだな~。私にあんなお姉様がいたら、なんでも言う事聞いちゃいそう。


「君はハロルドが好きなのか?」

「えっ!? いや、別に好きなんかじゃっ」


 まだ会ったばかりだし、好きとかじゃないと思うんだけど……惹かれているのは確かだった。


「ふーん、でも……気になっているのは確かみたいだね」


 な、なんで分かっちゃうんですかっっ。

 もしかして、そういう魔法でも使ってます!?


「そ、そんな事ないです!」

「ふふ、嘘が下手だね」


 月に照らされた笑顔が凄く眩しい。


「あ、あの、お兄様のお名前は!?」


 なんだかいたたまれなくなり、私は話題を切り替えようと必死だった。


「ミカエルだ。ミカエル=グレイテスト」

「ミカエル様ですね! 凄く素敵なお名前です!」


「そうかい? 君も凄く素敵だよ」

「あっ……」


 ミカエルさんの少し冷たい手が頬を撫でる。


「な、なんですか急に!?」

「ふ、ハロルドの事が気になるなら、僕の事も気になって欲しいな」


 気づいたら、私は壁際に追い詰められていた。


「ど、どうしたんですか急にっっ!?」

「さあ? 月に絆されてるのかもね……」


 ミカエルさんの顔が、私にゆっくりと近づいてくる。

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