この世の誰もが、物語
ツララの目には、マインの魔法が「これぞ
典型的な攻撃魔法、ゲームなんかでよく見るタイプのやつだ。
ツララを
だが、
夜空に血の薔薇が咲いて、大きく彼女はよろけた。
「コトナさんっ!」
ゆっくり、スローモーションでコトナが宙に倒れる。
それを抱き留めれば、ボロボロのミニドレスが血に濡れていた。
思わず手が震えて、視界が
涙で
ゆっくりと
「あ……ツララ君、無事? だよね? よかったぁ」
「よくないっ! よくないよ……コトナさん、自分を大事にするって約束したのに」
「ふふ、魔法少女って死なないんだよ? 痛いだけだから、大丈夫」
小さなコトナを抱き締めながら、ツララはマインを
月をバックに、マインは静かに
自分の絶望を切り売りして、自らを
そうすることでしか、彼女は絶望を受け入れられないのだ。
この歳でもう、大病を
そして、死に方がもう決まっているのかもしれない。
そう思うと、ツララは言葉を迷ったが、どうにか選んで絞り出す。
「マインちゃん。戦うのはやめよう。まず、話を聞いて」
「嫌よ」
「君たちの魔法は、言葉の魔法だろ! 言葉をもっと使って、わかり合おう。……綺麗事だってわかってるし、人同士はわかり合えないのが常だって、大人になると納得する」
大人の社会は、言葉が通じても話が通じない関係性に満ちている。
それでも、ツララはそんな諦めの論理に子供が
「わかり合えないからこそ、言葉を交わして溝を埋めよう。俺たちはきっと、マインちゃんの力になれる。今よりずっと、君を楽しくて面白い日々に連れていけるっ!」
だが、そんなツララの想いを冷笑が遮った。
正体を現し、自分の抱えた絶望を振りまく時だけ、彼女は
「言葉ならもう、使ってる。私の魔法、
「え……? さ、さっきの攻撃魔法は、それは」
「私というスタッフのクラスに与えられた、それは刃。体ごと心を切り裂き、断ち割り、
マインの周囲に、月光を反射する光の刃が無数に浮かぶ。
それがすぐに、
同時に、ツララを押しのけコトナが再び浮かび上がる。彼女は、両の
だが、何発かが貫通してコトナに突き刺さった。
深々とえぐる光は、決して消えることなく不気味に明滅している。
「ハァ、ハァ……マインちゃん。確かに、だよね……言葉は時に、刃。無遠慮な一言は人を傷付けるもん」
「そうよ。コトナ、あなたならわかるでしょう? 名門魔法少女のコトナ。かわいそうなコトナ……言葉で世界を救ってきたあなたは、言葉で一度も救われてこなかった」
「そんなこと、ないっ!」
再びマインから、先程にもまして大きく太い刃が放たれた。
それはコトナが繰り出す拳と相殺して、血と光とを弾けさせる。
ツララは、気付いた。
コトナは物語を用いた魔法『
空中戦では、両足で踏み締める大地がない。
恐らく、普段より力が出せないでいるのだ。
だが、コトナは拳を砕かれても前を向いていた。
「マインちゃん……わたし、自分をかわいそうだなんて思ったこと、ないっ! ……は、言い過ぎだけど、辛くて苦しい日々にだって必ず終わりはくるよ」
「明けない夜はない、的なやつ?
「そういう言葉遊び、
「でも、私の病気は治らない! 私、もう死ぬの! 10歳までしか生きられないって言われて、もう11歳! とっくに命の賞味期限が切れてるの!」
マインの絶望の正体が、今わかった。
ツララは薄々感づいていたし、だからこそ口にできなかった。
言葉にした時、それは現実となる。
大人独特の、目を逸らしてやり過ごす無意識が働いていた。
間違いない……マインは今この瞬間も、死の絶望に身を焦がしているのだ。
だが、コトナはフラフラになりながらも語りかける。
「マインちゃん。病気はマインちゃんのせいじゃないし、好きで病気になる人なんていない」
「なら、どうして? 神様の贈り物とかでも言うの? ママみたいに!」
「そうじゃないっ! そうじゃないよ、マインちゃん。その絶望という病魔を、今度はマインちゃんが世界に振りまいている。そんなことしても、マインちゃんの絶望は癒やされない」
「でも、スッキリするわ。のうのうと、ただあるがままに生きられる人を全員、絶望させてやるの。ディバイジャーを生み出すのも簡単だった。だって、あれは絶望が
いわば、マイン自身がディバイジャーの
日本で一番ストレスの負荷が高いこの東京で、彼女の
それを知って
「世界も守る、マインちゃんも助ける! ねえ、聞いて……魔法少女って――」
「もう、いい。もういらない! いい人自慢、本当に嫌っ!」
マインの言葉は既に、刃物より鋭利な切れ味でコトナを引き裂いている。背後で見守るツララですら、無造作に
だが、その時である。
不意に眼下の雲海が二つに割れる。
そして、先程の
「あははっ! こいつでこれから世界を絶望させるの! 私にない未来なんて、みんなにも許さない。私一人だけ、一人で死んでいくのなんて許せない!」
それはどこか、あどけない顔立ちの中で酷く老成して見えた。
しかし、不意に巨大ディバイジャーが震えて悲鳴を輪唱させる。
同時に、その尾が浮き上がるや声が走った。
「その絶望、全てお
アウラだ。
彼女はそそり立つ尾の先に、相棒の杖を突き立てている。
その先端で、聖なる十字架が輝いていた。
そして、アウラの最後の魔法がコトナに繋がってゆく。
「コトナさんっ! 今こそ魔法ですの! まずはこのディバイジャーをっ!」
「アウラちゃん……」
「長くは持ちませんわ。ですから、ペンは剣より強し! 刃には拳ではなく、物語ですの!」
「……あっ、そうか。忘れてた……そういうこと、なんだね。そう……ならっ!」
「そうなのですわ。有終の美、終わりよければ全て良し……この魔法に、コトナさんの勝利とマインさんの救済を
アウラが矢継ぎ早に
人類史の中で生まれた、無数の
それは今も世界に満ちて、多くの者達を支え導いている。
そして、コトナもまた物語を広げ始めた。
「言葉の魔法、言霊法っ!
コトナが放った言葉が、凍える夜空に光を放つ。
それはゆっくりと、
ツララはすぐに思い出した。
八岐大蛇を退治し、姫君と人々を守ったその名は――
「神々の楽園を追われ、人の世に降り立った者! 神話と歴史を繋ぐ者!
原初の
星々の光さえも、スサノオの雄叫びに輝きを失った。
スサノオは、その手に握る神剣で次々と大蛇の首を刈り取ってゆく。ただ触れるだけで、溢れる神話の世界観がディバイジャーを圧倒していた。
これなら勝てる……そう思った、次の瞬間だった。
不意にツララは、
そのまま彼女が雲海に落ちて消え、同時にスサノオも薄れてゆく。
「コトナさんっ、アウラちゃんが――コトナさんっ!」
今、翼を広げて物語を
マインの命を繋ぐ杖は今、コトナを絶命せしめる槍となって胸に突き立っていた。
「あ、ああ……っ、ぐ! マインちゃんっ!」
「痛いでしょう? 辛いでしょう!」
「う、うん……す、凄く、しんどいよ……でも、でもね。でもっ! わたしは負けないっ! 負けたくない! マインちゃんにも絶対、絶望に負けてほしくないんだから!」
「そういうストーリー、押し付けないで! もう、大人に無責任な希望を植え付けられるの、耐えられない!」
スサノオは消えていった。
だが、ディバイジャーは数本の首と太い尾が残っている。
そして、ツララの中で記憶と知識が全て繋がった。
それを静かに、そして秘して論じたままアウラはあとを託したのだ。
託されたのは自分だと思った瞬間、ツララは空を走った。
「コトナの男? もう、無駄よ。これが杖魔を持たないコトナの限界」
「だったらなんだっ! 限界なんて、超えるためにあるんじゃないのか!? 無理でも無茶でも、無駄だとしても! やってみるしかない! マインちゃんも、やってみせるんだ!」
そして、叫ぶ。
自分でも、不可能だとわかっている。
わかっていても、そう思えないから声が言葉になった。
その一言が、舞い散る羽根の中に沈むコトナに光を当てる。
「コトナさんっ! 杖魔がいなくても、
ツララは迷わず、背後からコトナを抱き締めた。
彼女を貫通した槍が、その鋭い穂先が自分にも食い込む。
それでも、痛みを
「言葉の魔法、言霊法……マインちゃんっ! 大事なこと、二つだけ! お願いだから、二つだけ知って! その前にまずっ、ディバイジャーを! ツララ君っ!」
「な、なんだ? えっ? コトナさん、俺……光って、る……死ぬのか? 俺、は……」
「そんなことないよ。ただ、死ぬほど幸せになるだけ……死んでもいいって思えるくらいに、これからわたしたち、幸せになる! みんなでっ!」
突然、ツララを異変が襲った。
こんな時に、股間が熱くなる。
恥ずかしいのに、全身の血液が大集合し始めていた。動物は死に直面すると、遺伝子を残そうとする本能が目覚めるなんて話はあった。
そんな学説をどこか、
そして、コトナが彼女の一番の、唯一の物語を叫ぶ。
「わたしの相棒っ、
「コッ、コココ、コトナさんっ! はしたない!」
「女の子だって、男の子が大好き! パートナーの全てが大好きなの!」
ツララの股間が突然、
その力に引っ張られて、全身が吸い込まれるように
そして、それが全てでないことをもうツララは知っている。
「旦那様の愛をここに! 毎日頑張るサラリーマン、気弱でオクテで、とっても優しい人! わたしが愛した、わたしを愛してくれる人! 其はダーリン! 大大大好きなツララ君っ、その愛をぉ、ここっ、にいいいいいいっっっっっ!」
驚きに表情を凍らせつつ、マインが魔法の刃を飛ばしてくる。
だが、コトナは手にしたツララでそれを全て叩き落とした。杖になってしまったツララには今、コトナの鼓動と温もりが伝わっている。まるで互いが自分で、二つで一つだ。
そして、返す刀でコトナは手負いのディバイジャーに向かった。
「無敵の愛でっ、神話を掴み取るっ! 絶望よ、可能性へ
コトナが巨大な八岐大蛇の尾を、
その瞬間、まだ生きていた全ての首がボロボロと崩壊を始める。
そして、残った尾から揺らめく黄金の光がツララへと注いだ。
ステッキが、その先端から静かに杖の姿を脱いでゆく。
コトナは再び、
「そう、八岐大蛇の尾より出しは新たな神剣! 一皮
「それ、嫌な言い方ですよ! もっとオブラートに包んで! 言葉の魔法で包んで!
「抜けた、もちょっと……ふふ、えっちじゃない?」
「それを言うなら、コトナさんがでしょ!」
コトナは、剣を両手で握り直す。
そう、剣だ。
アウラが指し示した言葉の先で、コトナは神話と物語を紐付けたのだ。
その物語の名は――
「ディバイジャーなんて、また生み出せるっ! 私の絶望はまだ、こんなものじゃない!」
「なら、断ち切ってあげるね? 悪い子を
狂ったようにマインが、言葉の刃を乱射する。
ありとあらゆる
その中を今、ツララという名の剣を引き絞ってコトナが
既に翼は消えたが、ツララの刀身から
そのままコトナは、マインの胴を
「い、嫌……死にたく、ないの。私だけ、不幸なの、許せな、い……」
「死なない! そういう話、わたしは知らないもん! マインちゃんは生きて、生き抜いて、生き終えた時に幸せだときっと言える!」
「そんな物語……何? なんなの……私を断ち切る、その物語は」
「――ただの私の、恋物語よ」
かつて、ツララは出会った。
ビルの谷間に舞い降りる、小さな天使と。
面接の結果が絶望的だったツララは、ふと路地裏で少女に出会った。相棒を失い、自分も傷付き……彼女は大人の姿へ戻っても、子供のように泣きじゃくっていた。
目の前のありえない光景よりもまず、その涙にツララは心を打たれたのだ。
心身共に傷付いたコトナが、初めて知った人のぬくもり……それは今、新たな杖魔として新しい生き方を始めたばかりだった。
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