ラストライブ、ライフ、アライブ!

 ツララは暗い病院の中を走った。

 コトナを追って、階段を息せき切って駆け上がる。

 一階から外に出れば早かったかもしれない。

 だが、夜空に消えたコトナを思えば、自然と上へ上へと心がはやる。

 院内はパニック状態だったが、それが徐々に沈黙へ落ちてゆく。

 みな、絶望の数字を叩き込まれて崩れ落ちていた。


「そんな、魔法少女同士で戦うなんて……うっ!」


 踊り場を転げるようにターンすれば、窓が破裂して硝子ガラスつぶてが降り注ぐ。

 外のディバイジャーはすでに、病院そのものを飲み込もうとしていた。

 ぱっと見た感じでは、龍に似ている。

 それも西洋のドラゴンではなく、東洋の龍神だ。

 だが、数が多い。

 そして、どれも巨大で全容がさっぱり見えなかった。

 身を守りつつ、必死でツララは屋上へと走る。

 そう、戦うコトナに一番近い場所を彼は求めていた。


「しめた、ドアが壊れてる。待っててくれ、コトナさんっ!」


 普段は施錠されているであろう、鉄の扉が吹き飛んでいた。

 そこから外の闇へと、一気に身をおどらせる。

 見上げれば、月が昇る星空に二つの流星が舞っていた。

 恐らくあれが、コトナとマインだ。

 二人の魔法少女が、激しい火花を散らして激突している。そして、ツララにはそれが互角の勝負ではないことがすぐにわかった。

 マインは容赦なく、コトナに魔法を浴びせている。

 しかし、その逆は決して行われていなかった。


「やっぱり! コトナさんっ、反撃を躊躇ためらってる。攻撃できない……当たり前だっ!」


 コトナは世界を守る、最強の魔法少女なのだ。

 だから、世界の一部であるマインを攻撃することができない。大人として、絶望の中であやまちに沈む子供とは戦えないのだ。とがめてしかるには、二人の持つ戦闘力は大き過ぎる。

 なにより、マインが抱えた絶望はあまりにも暗く深い。

 だからこそ、ツララはコトナの優しさに歯噛みした。

 その時、ジュウ! と足元のアスファルトが焦げて溶ける。

 自分が巨大な影の中にいることに気付いて、ツララはゆっくりと背後を振り返った。


「……嘘、だろ? そうか、それで扉が」


 今しがた出てきた扉の上に、巨大な殺意が眼光を燃やしていた。

 それは、蛇だ。

 そびえるような威圧感の大蛇だいじゃが、ツララを見下ろしていた。

 そのしたた唾液だえきが、零れて白い煙を巻き上げている。

 先の割れた真っ赤な舌が、まるで舌なめずりするように牙の間から出入りしていた。

 あまりにもあっけない死が、目の前に浮かんでいる。

 あきらめる暇すらなく、その驚異は唸りながら落ちてきた。


「危ないっ、ツララさんっ!」


 咄嗟とっさになにかが、ツララに当たって押し倒してくる。

 危ういところでツララは、一命をとりとめた。

 先程まで立っていた場所に大穴が空いて、ズルズルと蛇の巨体が吸い込まれている。

 そして、ツララをかばうように青いミニドレスの少女が立ち上がった。


「リンカちゃん」

「平気、ですよね? 助けにきました! ……なんて大きなディバイジャー」

「これは、マインちゃんが」

「マインちゃん? それって、もしかして」

「前に言ってた、白い魔法少女だ。詳しくはあとで話す、今はコトナさんを!」

「うんっ! 直ぐにアウラも来てくれる、と、思う……絶対、多分、来てくれるから!」


 すぐに別の首が、今度は真上から襲ってきた。

 すぐにリンカが、ツララを蹴飛けとばす。その反動で逆側に身を投げた彼女は、相棒の名を呼びながら魔力を高めていた。

 乱暴に救われた痛みをこらえて、ツララも転がりながら逃げ惑う。


「ロック! 今は病院を守るわっ! 結界、全力全開でっ!」

「よっしゃ、かましたれリンカ! Rock and Rollロッケンロール!!」

「言葉の魔法、言霊法ことだまほうっ! あたしの歌よ、このうたよっ! 絶望にあらがう光をともして!」


 飛んできたロックが、光と共に杖になる。

 その姿はマイクスタンドになって、戦う歌姫の手に握られた。

 リンカはそれを足元に突き立て、まばゆい光輪を生み出した。屋上に刻まれたそれは、大きく広がり魔法陣となる。

 そして、歌が割れ響いた。

 いつになく情熱的に、リンカが絶叫にも似た声を張り上げる。

 それは、どこか悲壮感に満ちて心を揺さぶる。

 アップテンポなロックナンバーが、ツララにはしっとり悲しげに染み込んできた。


「す、凄い……魔法で病院が」

「ツララさん、側から離れないでくださいっ! ロック、今夜はのどが張り裂けるまで歌うわよ! ――お願い、歌よ、音楽よ……最後の奇蹟をあたしに歌唱らせて!」


 リンカの歌が、魔法陣の光を眩い輝きに変える。

 あおく澄み渡るその力が、見えない障壁となって無数の蛇を遮った。

 建物全体が、リンカの構築した魔法の結果に守られていた。

 群れなす大蛇の殺意は全て、完璧にシャットアウトされる。

 だが、ツララはリンカの逼迫ひっぱくした表情が気になった。


「リンカちゃん、俺にできることは!」

「ないです! でも、探してください! あたし、これでイッパイイッパイなんで!」

「わ、わかった」

「それと、いてください。いてくれるだけで、とりあえずマシですからっ!」


 相変わらず、全くなついた様子がない。

 かわいいのに、かわいげは全く感じられない。

 でも、それがリンカという少女なのだ。

 11歳の姿になっても、彼女のか弱く見える背中にいつものリンカを感じる。コトナのことが大好きで、ツララに辛辣しんらつでツンケンとして当たりが強い女の子。

 そんなリンカを、ツララは気付けば好ましく思っていた。

 いつだって真っ直ぐで、一生懸命で、そして不器用な優しさを大事に使ってる。


「俺は、いる! ここにいるけど……いてもたってもいられないんだ。コトナさんが」

「コトナ先輩? あっ、その空! あそこにいるのって、もしかして」


 夜空を引き裂き、閃光が走る。

 追われるコトナと、追うマインと。

 マインからは、無数の魔法が放たれていた。恐らく、遠距離からの飛び道具が得意なタイプなのだろう。そして、コトナは近距離での格闘戦がメインだ。

 相性も最悪だが、そもそもコトナのこぶしはマインには向けられない。

 向けていい理由も意味も、コトナは決して認めようとしないからだ。

 そして、一方的な夜空の戦いを見上げる中で、ツララはさらなる異変に気付く。


「っ!? リ、リンカちゃん、もしかして……君さ、もしかして!」


 リンカの歌は今、圧倒的な表現力で響き渡る。 

 だが、熱唱する彼女は苦悶の表情を浮かべていた。

 そして、不意に倒れそうになって、マイクスタンドになったロックに縋り付く。笑うひざに必死に力を込めて歌い続けていた。

 その理由を、ロックがツララに教えてくれる。


「……リンカはもう、限界だ。ツララ、今夜きっと……ロッドのクラスは空位くういになる」

「そ、それって」

「リンカの魔力が、尽きる。そして俺は、それを止められねえ! 止めたくても、止め方がねえんだよ!」


 その時、リンカは力を込めて立ち上がる。

 姿勢を正すや、グン! とマイクスタンドを一回転させ、それをいだくように前傾姿勢で歌を注ぐ。まるで本物のロックスターだ。

 苦しげな表情を隠しもせず、彼女は最後まで言葉の魔法を歌に乗せていた。

 だが、周囲の結界にひびが走る。

 大蛇の群れはあっという間に、その全身で巻き付きながらリンカの魔力を圧倒しようとしていた。そして、一箇所が破れて砕け、そこから首が侵入してくる。

 しかし……牙を剥いた殺意が突然、ピタリと静止した。

 それは、静かに響く言葉が動くを封じたからだった。


「急がば回れ、いては事を仕損じる、ですわっ!」


 ツララたちのすぐ近くまで伸びてきた首が、そのまま大きくターンして内側から再び結界を破る。そうして外に出た大蛇が、まるで迷走するように他の首に巻き付いていった。

 そして、はつれた結界の穴から魔法少女が舞い降りる。

 聖なる十字架を杖にいただく、アウラが助けに来てくれたのだ。


「遅くなりましたの! ……リンカさん、貴女あなたはもう」

「知ってる! わかってるの! でも、歌わせて。まだ歌えるから!」


 振り向くリンカの胸に、数字が輝いている。

 それはもう、七桁になってカウントダウンを刻んでいた。

 目で追えぬほどに、物凄い速さで回っている。

 瞬時にツララも察した。

 これは、小数点の底を貫く値だ。

 もう、リンカが魔法少女でいられる時間は1を割って0に急降下している。

 それでも彼女は、あらん限りの力を振り絞るように歌った。

 その姿を見て、アウラが毅然きぜんと歩み出る。


「リンカさん、お願いがありますの」

「いいよ、任せてっ!」

「ま、まだなにも言ってませんわ」

「今のあたしにできること、アウラに全部したげる……アウラならきっと、あたしが力尽きた先の未来で、明日を手繰たぐり寄せられる!」

「リンカさん……」

「あたし、間違ってた。アウラはちゃんと、戦ってた。魔法少女は、そういう頑張ってる人をみんな守る、残さず余さず守ってこそなんだって! 今っ!」


 ハーモニーが高鳴る。暗く澱んだ空気に、美しい旋律が振動となって満ちてゆく。

 宵闇よいやみもまた、そこに響く歌があれば雰囲気が塗り替えられていった。

 そして、ツララは見た……言葉を歌に乗せて戦う魔法少女の、最後の意地と信念を。

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