世界の宝を守り抜け!
それは、物語の中に登場する魔女のフェイバリットな姿だ。
だが、シスター・アウラは
その
そして、忠実なるパートナーである
「ツララさんっ、あそこです! なんて
「あの黒い
「ええ! ツララさんは着陸次第、距離を取って身の安全を
「それはまあ、現場を見てからだね。俺になにもするななんて言われてもさ!」
そう、足手まといは承知でここまで来たのだ。
魔法少女が戦うことに、無関心ではいられない。ただ守られる側として、言葉や声で応援してるだけでは気がすまないのだ。
言葉を魔法に変えて、残酷な数字を塗り替えてゆく乙女たち。
その命を賭けた戦いを知ってしまったら、もう黙っていられない。
もし背を向ければ、それは妻の愛に背くことだと感じてしまえるからだ。
まるで暗雲垂れこめる闇にも等しい街へ、アウラの箒が降りてゆく。息苦しさに包まれる中、
まさしく異界としかいえない空間がそこには広がっていた。
「凄い
「
「ありがとう。ツララさん、わたくしから離れないでくださいな。この空気、あまりにも濃密な絶望に満ちています。もう、多くの人が全てを諦めてる気配ですの」
言われるまでもなく、異常な気配にツララも悪寒が止まらない。
以前見た、デーモン・タイプのディバイジャーはこれほどまでではなかった。凶暴極まりない暴力の
放置しておけばこうなっていた可能性もあるが、今回は段違いの強敵らしい。
そして、薄闇の中でツララはこの場所がなにかを知って
日本では、ほぼ全ての子供たちが通う、まさに日常の忠臣となるべき公共施設だ。
「アウラちゃん、ここ……学校だ。中学校かな? まずいよ!」
「まあ、これが日本の。なんてことでしょう」
「俺が前に見た通りなら、ディバイジャーは」
「危険ですわ。子供たちに絶望の数字は残酷すぎますの!」
アウラも14歳の子供だが、そこはとりあえずスルーした。
ツララにも、ことの深刻さがゆっくりと浸透してくる。ともすれば侵食と言える不快さで、染み渡ってくるのだ。
子供とは、ようするに発展途上な状態の人間を指す。
子供でなかった人間も、子供を
そして、社会が一番に守らなければいけない命、それが子供たちである。
「とりあえず、
「待ってください、ツララさん。ここから先は」
「ん、俺も行く。君は変身して戦わないけど、仲間のために現状把握を試みようとしてるんだからさ。さっき、ニコルにも無茶しないって言った。それに」
「それに?」
「俺、このドギツいもやもやの中に残されたら、絶望しちゃいそうだしさ。ごめん、結構今は弱ってる」
今のツララには実は、突然降って湧いた希望がある。
思いがけず、上司のナギリに持ちかけられた話だ。
それが絶望に塗り潰されたら、きっと辛いだろう。
そして、アウラを危険な中で放り出すのは、もっと苦しいことだと思ったのだ。
「……と、とりあえず、ディバイジャーを探しますわ。では、ツララさん。わたくしから離れないでくださいまし」
「おっけ、助かるよ。アウラちゃんは日本の学校は初めてかな? 俺、ある程度ならわかりそう……どこの学校も、基本的に似たりよったりだしさ」
「助かりますわ。この気配、かなりの数の被害者が」
「だね。急ごう!」
箒から降りると、すぐにニコルが鳥の姿に戻る。
その
確かに守られていると感じれば、ツララも不安が和らぐ。
ただの一般人であるツララは今、死ぬほど怖い。
魔法少女の
でも、他の不特定多数とは違って、世界の秘密を知った責任もある。
「マスター、西側に強い害意を感じます。その先へ」
「だってさ、アウラちゃん。多分、中から回った方が早い。正面玄関は……なんとなく、こっちかな。行ってみよう!」
少し懐かしい感じもして、その感傷が許されないほどに状況は
どうにか視界が暗くて狭い中で、ツララはアウラを学校の入口に案内することができた。多分、降り立った場所は校庭で、その端から回り込んだここが玄関だ。
その予想は的中していたが、倒れて動かない子供たちの姿で知りたくはなかった。
ぼんやりと見える玄関では、数人の生徒たちが倒れている。
皆がジャージで、恐らく早朝の練習に登校してきた部活動の子たちだろう。
「酷い……皆が生気を奪われてますわ」
「やっぱり、額に数字が出るんだね。これは? あ、でも、うん、そうか」
「? ツララさん、わかりますの? この子たちは」
子供たちは皆、見開いた目になにも映してはいなかった。ただ、硬直して人形のように冷たくなっている。その
学校とは、子供たちが初めて接する最初の社会。
極めて閉鎖的である分、大人になるための準備期間として配慮が行き届いている。
そこでは、数字で証明された結果とは別に、そこまでの過程も評価される。学校でならまだ、努力や頑張りが価値を持つのだ。そして、その経験が大人になる時、結果が全ての世界で自信に変わる。
だが、ディバイジャーは少年少女の未来から可能性を奪っていた。
「アウラちゃん、君ってその、ゲームみたいに回復魔法が使えるんだよね? 前もコトナさんを……だったら、この子たちを」
「……これだけの数となると、難しいですわ。癒やしている間に、治る数を上回る絶望が広がっていきますの。……悔しい、ですわね」
その先、彼女の
迷わず進むアウラの先に立って、ツララは目を凝らす。
早朝とは思えぬ暗闇の先に、確かに冷たい殺意が
「俺の経験からいうと、一階には職員室とかがあって……でも、もっと奥、端の方から強い敵意を感じるね。ただの人な俺でも、これだけピリピリしてればわかる」
「……行きましょう、ツララさん」
「多分もう、コトナさんたちも動いてると思うしね。まず、ディバイジャーを確認しよう」
文字通り手探りの状態で、ツララはアウラを背に
場所は違えど、学び舎を歩けば懐かしい。そのノスタルジーすら、今はひたっている余裕がなかった。
そして、教員たち大人も廊下のそこかしこで倒れている。
早朝だったから犠牲者は少ないものの、真昼だったらと思うとぞっとする。
でも、希望を拒絶された人たちは、数で数えてはいけない。
一人でも百人でも、全員でも同じだ。
数の大小は問題ではないのだ。
「こっちは体育館か? ……ごめん、なんかブルッてきた。いる、なんかいるよこの先に」
「ええ。ここまでですわね、ツララさん。できればディバイジャーの種類を確かめたかったのですが」
「なんか、色々なの? ディバイジャーって」
「弱い個体もいれば、大きく強い個体もいますわ。総じて、世界中の神話や伝承に語られてる怪物がそれですの。――ッ、あれは」
アウラが息を飲む気配が伝わった。
その時にはもう、彼女は修道服のスカートを両手でつまんで猛ダッシュ。あっという間に杖魔のニコルを置いてその背が走り去った。
ツララは
「マスター! ああ、結界の外に自ら……なんてことでしょう」
「ニコル、俺たちも行こう! アウラちゃんになにか見えたんだ」
「この先、体育館と言いましたね。いますよ、確実に。羽毛にビリビリきますから」
ツララも走って、開けた空間へと飛び出す。
前後左右に高さがあって、その開放感が全て黒く塗り潰されていた。
そして、かろうじて目の前にアウラの姿が見えた。
しかし、その矮躯は今……身の毛もよだつ恐怖の
「アウラちゃん!」
「なんてことでしょう……ドラゴン・タイプですの」
「ドラゴン? それって」
「過去に数えるほどしか
目が闇に慣れてくると、体育館の広さが徐々にかき消されていった。
そこには、身を屈めて翼を畳んだ巨大な怪物が
屈強な両手両足には、鋭い
角が生えた頭部に、底なし沼を凝縮したような
龍、すなわちドラゴン。
古今東西を問わぬ娯楽や創作物に登場する、これぞまさしくザ・ラスボスといった風格が空間を独占していた。
ツララも思わず、冷たい汗を
気持ちや意思と無関係に、肉体が硬直してしまった。
「ア、アウラちゃん……逃げよう。俺でもわかる、こいつは……超絶にやばい」
「ええ……ですが、手遅れみたいですの。だって、ほら」
振り向くアウラが、髪を覆っていた頭巾をするりと脱ぐ。
信仰心に従い短く切りそろえられたおかっぱ頭の、その額に数字が光っていた。
彼女の表情はしかし、
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