二人の夜に訪れたもの

 結局、アウラと小一時間話し込んだ。

 共通の話題は、コトナやリンカのことだ。

 ツララはアウラのおかげで、妻の意外な一面を知ることができたのだった。


「なるほど、コトナお姉さまねえ……いやはや、なんというかこそばゆいね」


 自分のことでもないのに、妙に誇らしい気分になる。

 その後も色々と話がはずんだが、コトナたちは戻ってこなかった。ディバイジャーとの戦いが長引いているのか、それとも苦戦しているのか……一抹いちまつの不安を感じれば、胸中に黒い霧が広がってゆく。

 コトナを信じているし、リンカのことだって同じだ。

 でも、ただ待つだけのれるような気持ちは、歯がゆい。

 結局、先に帰宅し家事をこなして、今はキッチンに立っている。


「……そうだ、俺にはまだできること、やれることがある。こうして二人を待つ間、夕食を支度したくして風呂を洗って……なにも、戦うだけが戦いじゃない、ってね」


 そこまでったものはできないが、帰路で買い物は済ませてある。一週間分の買い出しをして、今はカレーを煮込んでいるところだ。一人暮らしをしていた時期もあるから、手慣れたとはいかないまでも様にはなってるはずである。

 それに、やってみるとこれがなかなか大変だ。

 改めて、毎日三食作ってくれる妻に感謝せずにはいられない。

 そうこうしていると、不意に庭が眩しく光る。


「おっ、帰ってきたかな?」


 コンロの火を止めて、エプロンを脱ぎながら縁側えんがわへ向かう。

 庭には、夜のとばりを連れる可憐な天使が舞い降りていた。

 純白の翼を背に広げて、コトナが静かに降り立つ。

 そのまま彼女の全身から、光が弾けて消えた。その時にはもう、まるで記録フィルムの早回しを見ているかのように少女が大人の女性へ変貌する。

 今は服のサイズもピッタリなコトナが、小さく「ふぅ」と溜め息をこぼした。


「ただいま、ツララ君。あっ、いい匂い……えっ、晩ごはん、もしかして?」

「ま、まあ、大したものは作れないんだけど。って、リンカちゃんは?」

「一度、マンションに戻るって。着替えとか色々選びたいからって」

「そっか」


 久々に見る大人のコトナは、妙につやめいて見えた。

 そして今は、その面影おもかげに11歳の少女がきれいに重なる。

 今まで見ていたあどけない少女は、確かに美しく成長し、今は自分と人生を共にしている。そのことが酷く実感で、妙にツララはしんみりとするのだった。

 そしてそれは、どうやらコトナも同じのようである。


「ようやく身体、もどったかあ。やっぱ、アウラちゃんにお願いして正解だったかも」

「う、うん。でも……やっぱ、気になるんですか? 歳」

「んー、だってさあ。わたしもう26だよ? アラサーが魔法少女って」

「おっ、俺はいいと思う!」


 思わず大きな声が出た。

 でも、本音の本心だ。

 それに、きょとんと驚いてみせたあとで、コトナは静かに微笑ほほえんだ。

 それはもう、つぼみがさやめくような美しい笑みだった。


「うん……ツララ君ならそう言ってくれると思った。だから、いいんだ。今までは、こんな気持ちになることなんてなかったから」

「コトナさん……?」

「わたしの実家、八十神家やそがみけは代々の魔法少女なの。大昔は巫女みことか、そういうのだったんだよね。だから、戦うのが当然で、力を失えば捨てられる……わたしたち、そういう一族なの」

「で、でも今は違うよ! 俺はコトナさんを捨てないし、コトナさんが魔法少女でいたいなら、ずっと応援するし支えるっ!」


 ツララは庭に降りた。

 夢中だったので、サンダルを履くのも忘れてコトナに歩み寄る。

 そうして、白く柔らかな手を取り、そこにさらに己の手を重ねた。


「おっ、おお、おっ! 俺っ、はっ!」

「ふふ、ツララ君? 大丈夫だから落ち着いて。んで、聞かせて? 俺は?」

「お、俺は……魔法少女だとか血筋だとかは関係なく、そういう全部のコトナさんが! すっ! き……だっ、か、ら……好きだから」


 コトナが平凡な普通の女性でも、きっと恋して愛しただろう。

 もしこれから、そう遠くない未来に……コトナがそうなっても、ずっと愛し続けると思う。コトナがどんな人になっても、どんな姿になっても、そう言い切れる。

 11歳のままのコトナが元に戻らなくても、一緒に暮らして一緒に生きただろう。

 今、改めてそう思ったし、その気持ちを言葉にしたくてたまらなかった。

 ただ、上手く言葉にならなかった気がして、あとから赤面に顔が熱い。

 そして、そんな自分を見詰めてコトナがどんどん綺麗になっていく気がした。


「ツララ君、もぉ……嬉しいんだからね? 凄く、嬉しい」

「お、俺も……コトナさんといられて、嬉しい、です」

「ふふっ、だからもぉ、なんで敬語になるの、よっ!」


 不意にコトナが抱き着いてきた。

 そのままギュッと抱き締められて、思わずツララは身体を強張こわばらせた。そして、おずおずと震える手で抱き返す。

 月と星々だけが見守る中、肌寒さも忘れる程に相手へ沈んでゆく。

 このまま一つに溶け合うかに思えるくらい、熱い抱擁だった。


「リンカちゃん、今日はあっちで休むって。なんかね、彼女も家とはあまり上手くいってないんだ。それで、マンションに一人暮らしで」

「そ、そうなんだ。……ごめん、今もう別のこと考えられない」

「ん、そだね。わたしもかな……ふふ、先輩失格だなあ」

「そんなこと、ない。俺、別にリンカちゃんのこと嫌いじゃないし、邪魔じゃない。けど、やっぱりコトナさんとは、その」

「ふふ、じゃあ……久々に、っていうか、ようやく? 今夜こそ、夫婦しちゃおっか」


 大黒寺ダイコクジツララ、24歳。

 健全にして健康的な心身を自覚する一瞬だった。

 そして、すぐに表面的な肉体の変化に繋がり、それをさとられてしまう。

 でも、そのことをコトナは全く気にした様子を見せなかった。

 驚きもしないし、嫌とも言わないどころか……悪戯いたずらっぽく嬉しそうに笑う。


「とりあえず……えと、カレー、作ったんだけど。えっと、ご飯にしますか? それとも、お風呂? なんて……ハハハ」

「それともー、って言わないの? ほら、第三の選択的な」

「え、ええー、それはちょっと流石さすがに、恥ずかしいっていうか」

「じゃあ、お風呂!」

「ん、じゃあ準備するね」


 バカップルでもいいじゃない。

 そう思って、開き直るくらいに浮かれていた。

 しかし、次の瞬間には顔面が真っ赤に噴火してしまう。

 コトナはそっと耳元に、刺激的な台詞せりふを吹き込んでくる。


「お風呂で、ツララ君にするね?」


 甘やかな吐息といきの、そのしっとりと心地よいぬくもりが脳まで届きそうだ。そして、その湿度と波長が、思考も理性もとろけさせてしまうように思える。

 とりあえず、ツララはただコクコクとうなずくことしかできなかった。


「じゃ、じゃあ、えと……お風呂、しますか」

「そそ、一緒に入ろうよ。わたし、汗かいちゃったし。で、ごはん食べて、それから」

「それから……?」

「んもー、いわせんなよー? フフッ、夫婦なんだもの、決まってるじゃない」


 無邪気に笑うコトナが、そっとツララの手を引き歩く。

 そのまま縁側に上がって、二人で浴室へ向かった。この古い日本家屋は、風呂やトイレ、キッチンといった水回りだけはリフォームして真新しい。

 すでに湯船には熱い湯を張っていたし、ボイラーもスイッチ一つで働き出す。

 二人で並べば脱衣所は手狭だが、互いの肌と肌が触れ合う距離感が心も親密にさせてくれる気がする。


「ふふ、なんかちょっと恥ずかしい」

「あっ! ご、ごめん、その……ガン見、してました」

「別にいいけどー? ほらほら、かわいい奥様をでろ愛でろっ」

「は、はいぃ……?」


 だが、桃色の幸せ気分もそこまでだった。

 ほおを桜色に染めつつ、コトナはいさぎよい脱ぎっぷりでどんどん裸になってゆく。彼女が下着だけになるともう、ツララは脱衣の手が止まってしまった。

 そして、見た。

 見てしまった。

 なによりもまず、真紅に輝くそれから目が離せなくなった。


「あ、あの、コトナさん……それ」

「ん? ああ、えっと、うん! 女の子は普段は、結構地味なブラだよ? 勝負下着の時は特別な時。でも、そっか、失敗したなー? ニャハハ」

「いえ、っていうか」

「もー、だからまじまじ見ないでって! 先に行くねっ」


 妻の全裸は、芸術的だった。

 これほど優美な曲線は、自然界にさえ存在しないだろう。

 なだらかで、すべやかで、そして緩急が見事な膨らみとくびれを生んでいる。魔性の妖しささえ感じるほどに美しいボディラインもしかし、ツララの琴線きんせんを素通りする。

 ツララが見ていたのは、コトナの胸に光る魔法少女の紋様だった。

 それが今、気恥ずかしそうなコトナと共に浴室へ消える。


「そ、そんな……いや、それは? どうして……?」


 以前から、コトナの紋様もんようは何度か見たことがあった。

 そして今日、それが全く違って見えた。

 擦りガラスの向こうでは、モザイク模様で隠しきれぬ美貌が鼻歌を歌っている。上機嫌のコトナは、視線を感じてかわざとらしくセクシーポーズで「うっふーん、早く早くー!」などと笑っている。

 ツララはどうにか、返事をのどの奥から絞り出すことが出来た。

 それでも、まだ驚きに固まり、震えが込み上げてくる。

 コトナの胸に刻まれた紋様は今……ツララには、1

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