戦う歌姫
妻であるコトナが直面する、現実。
成人して二十代も
魔法少女になった11歳の頃に戻って、世界の敵と戦っているのだ。
その現状を正しく認識して共有するため、ツララは彼女たちの戦場へ向かっている。
だが、そこはファンシーでリリカルなイメージとは無縁の場所だった。
「っ、ンンン! い、息が……ロック、ちょ、ちょっと――」
ロックが
突き抜けるように
その身体を両手で握るツララは、呼吸も出来ぬままに言葉を噛み締める。
今、ロックの姿は文字通り『魔法の杖』になっていた。長さはツララの身長より少し短くて、なるほど小柄で
華美な装飾で輝く、
ひらひらと長く
「おっと、そうだった! 俺としたことが……大丈夫か、ツララ。人間はあれだな、呼吸しないといけないんだったな」
「ハァ、ハァ……あ、息が。ど、ども」
「今、魔法で周囲の気圧を遮断した。寒さもないだろ?」
「あっ、そういえば」
「んじゃま、飛ばすぜっ! しっかり掴まってな!
「うおおおっ、ロック! ちょっと待った、待ったーっ!」
不意に周囲で逆巻く空気が、落ち着いた。
そう思った瞬間、ロックがさらなる加速で雲を引く。
見下ろす下は
そして当然、残業で会社に残っている者もいるだろう。
それらの光が、どんどん遠ざかる。
上昇するロックは、すぐに高度を上げた。
「嘘だろ、おい……ロック、いつもこんな感じ?」
「そりゃそうさ。奴らは、ディバイジャーは世界中どこにでも現れるからな」
「に、日本だけじゃないんだ」
「海外にも魔法少女はいる。でも、日本はトップレベルの逸材が揃ってっからよ!」
ロックは得意気で、リンカを想う気持ちが伝わってきた。
そのリンカは、もうすぐ引退を逢えるらしい。
よくは知らないが、魔法の力を失い一般人に戻るというのだ。それが彼女にとって、ようやく訪れた平穏なのか、それとも生き甲斐の喪失なのか……それはツララにはわからない。
ただ、コトナにとってなら、どっちの結果であってもその日が来たら受け止めたい。
それまでツララは、魔法少女コトナを影で支えると決めたのだ。
「お、見えたぜっ! ツララ、あそこだ!」
「なにかが、光ってる……って、なんだありゃああああああ!?」
いよいよロックは、トップスピードへとギアを叩き込む。
ツララは必死になって、金属でも木材でもない杖を強く握った。振り落とされたら、多分死ぬ。
ロックはあっというまに、異形の怪物を追い越して
そう、異形だ。
まさしく怪物としか思えない姿がそこには浮いていた。
巨大な翼を広げ、強靭な四肢には鋭い爪が光っている。角の生えた頭部には鬼の形相が浮かび、先の尖った太い尾がある。
かろうじて人間の姿をしているようにも見えるが、怪物だった。
「ひええ、なんだあれ」
「情けない声を出すなよ、ツララ! あれがディバイジャーだ。デーモン・タイプ、伝説や神話に出てくる悪魔は、全部あれさ」
「えっ、じゃあ……その、ディバイジャーって昔からいるの?」
「
人類の文明は、たかだか数千年だ。
その
そして、同じだけの時間を戦い続けて、人類を守ってきた存在がある。
それが、魔法少女。
今も、蒼いミニドレスの少女が戦っている。
小さくなっているが、跳ねたくせっ毛の長髪は間違いなくリンカだ。その髪は今、普段よりさらに長く伸びて逆巻いている。色も、月の光に青く輝いていた。
背の翼を
「来たわね、ロック! さあ、反撃を……えっ? ツララ、さん!?」
「や、やあ。ども、お疲れ様でっす」
「ちょっと、なんであんたがここにいるのよ!」
「んー、社会見学?」
相変わらずリンカの言葉は、鋭く尖って突き刺さる。
だが、彼女が必死で戦っていることだけはツララにもわかった。
幼くあどけない11歳になっても、その表情は真剣そのものである。
「とにかくっ、ツララさん! こっちに来てください!」
「えっ、ど、どうやって」
「あーもぉ! ロック、ツララさんをこっちに! 放り投げていいから!」
瞬間、ロックがその場でピンと突き立った。そのままブン! と振るわれると、ツララは夜空の真っ只中に放り出されてしまう。
一瞬の無重力を感じた時には、小さな身体が抱き留めてくれた。
「ツララさん、放すからしがみついてて! あと、邪魔だけはしないで!」
「う、うん……あ、あの、リンカちゃん」
「黙ってて! ――よしっ、やるわよっ!」
そっとリンカが、手を伸べる。
小さく白い、細い腕を真っ直ぐに伸ばす。
位置を合わせて減速したロックが、しっかりと握られた。
瞬間、リンカの身体が
まるで、彼女の中から力が込み上げるかのようだ。
そして、空中に立つ彼女の足元に、巨大な魔法陣が広がった。
「なっ、なにが」
「黙っててって言ってるでしょ! ――スゥ、ハァ……ッ! 言葉の魔法っ、
ヒュン、とロックが翻る。
彼を両手で握って、リンカは頭上にかざしながらクルクルと回した。
細くてすべやかなお腹に抱きついてるツララは、見上げれば自然と見入ってしまう。
神々しいまでの美貌が、小さな少女に決意と覚悟を感じさせた。
そして、リンカは魔法の杖であるロックを魔法陣の中心へと突き立てる。瞬間、さらなる光が魔法陣を拡張、拡大させていった。
夜空に広がる雲海へと、光の結界が広がってゆく。
それは、あっという間にディバイジャーの下まで到達し、その自由を奪った。
「響け、旋律! 歌え
ロックが少し縮みながら、まるで花咲く
そして、あっという間にその姿は……可憐な装飾で輝くマイクスタンドになった。そして、リンカはマイクに向かって歌を解放する。
魔法少女というから、ビームとかレーザーとか、
リンカの魔法は、歌。
その透き通るハイトーンボイスが、硬直するディバイジャーへと希望を歌う。
まるで、リンカ自身が歌う楽器のような響きだ。
「う、歌……あっ、でも効いてるっぽいぞ! あの悪魔、ちょっとずつボロボロになってく」
ツララの目にも、はっきりと見えた。
ディバイジャーは、リンカの歌にまるで溶け出すように小さくなり始めた。
なんとかその場から逃げ出そうと
そして、ツララは見た。
ディバイジャーを構成する、とても見慣れたものを。
そう、人間である限りは毎日目にするものだ。
それに縛られ生きていると言ってもいい。
「数字、だ……えっ、なに? あいつ、数字を
十進法で使われる十種の数字、0から9までが無数に散らばり消えてゆく。
粉々になってゆくディバイジャーは、流血にも似たおびただしい数を空気中に拡散していった。
驚きに
「ディバイジャーは、未来や可能性を否定する数字の
「絶望……諦めの、数字?」
「不可視の未来は可能性の
よくわからないが、絶望から来る諦めは人間を殺す。
ツララは知っている……諦めさえ与えれば、人は簡単に絶望してしまうのだ。
まして、数字ではっきりと突きつけられたら、
それくらい、人間の心は繊細で弱く、数字の力はこの時代では絶対なのだ。
「っと、リンカ! あいつ、まだ動くぞ! 避けろっ!」
「しぶといわねっ! いいわ、ロック! 新曲で消し飛ばして――ッ、え? ちょ、ちょっと!」
だが、そこに黒い光が凝縮され、それを握った手は消えながら攻撃を放ってきた。
まるで、極小のブラックホールみたいな闇が迫る。
瞬間、冷たく焼けるような衝撃が突き抜け、激痛が彼の意識を真っ白に染めるのだった。
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