本編
ACT.01「プロローグ」
奥様は魔法少女
秋の夜長に、満月の星空。
庭に面した
彼の名は、
毎日の激務を生きる、サラリーマンだ。
――ただし、契約社員である。
「秋深し、後ろはなにをする人ぞ……す、するのか? 今夜こそしちゃうのか!?」
そう、ツララが疲れて帰るこの我が家には、最強にして最高の
背後で
そして、しっとりと心地よい声音が耳に入り込んできた。
「あの、ツララ君。着替え、終わったよ?」
少し緊張した硬さが、相手にも感じられた。
声の主はツララの
奥様である。
お嫁さんなのだ。
24歳の若造ながらも、ツララは少し年上の花嫁を
「あ、はい。じゃ、じゃあ……寝ます、かああああっ! アッー!」
振り返って、ツララは絶叫と共に飛び退いた。
そのまま縁側を転げ落ちて、庭に
そこには、色香が匂うように
透き通る
まるで、黄金比がそのまま人の姿を
驚きに目を丸くするツララに、すぐに彼女は駆け寄ってきた。
「だっ、大丈夫? ツララ君、その……おかしかったかなぁ」
「い、いやっ! そうではないです! おかしくなってないですよ!」
「えっと……どうして敬語なの。ふふ、おかしなツララ君」
「まあ、その、驚いてしまって。普段のパジャマじゃないから、つい」
「……今夜は、ツララ君と同じ布団で……そ、そう思って」
ネグリジェ姿の女性が、
すべやかな白い手を握って、ツララは立ち上がった。
「あ、ありがとう、ございます。
「ふふ、わたしはもう大黒寺だもん。ツララ君の奥様だよ? だから……なっ、名前で呼んでっ」
「……コトナ、さん」
「はい」
「こ、今夜は、じゃあ」
「ええ、その……嫌じゃなかったら
八十神コトナ改め、大黒寺コトナ。
縁側に戻って、ツララはそのままコトナを引き寄せた。胸の中に抱き締めると、細くて柔らかくて、一瞬で壊れてしまいそうである。
自分より少し背が低くて、上目使いに見上げてくる瞳が揺れていた。
満天の星空よりも眩しい光が、
思わずツララは、ゴクリと
新婚なんだから、当然だ。
「コッ、コココ、コトナッ! ……さん。そのぉ、じゃあ」
「はい。あ、わたし初めてだかあら、色々不勉強かもだけど」
「大丈夫です! 俺も初めてですから! って、堂々と言うようなことじゃないなあ」
「でも、安心したな。ツララ君、心も身体もちゃんと旦那様してくれてるもん」
クスリと笑って、コトナが視線を下へと滑らせる。
ツララは、寝間着代わりのスエットが股間で盛り上がってるのを見てしまった。身体は正直というか、もう
なんで二週間も我慢したのか。
その理由が突然、コトナを小さく「っん!」と
同時に、ネグリジェのフリルとレースが
「あっ! コ、コトナさん……また、だよね?」
「……ごめーん、まただよー」
「いや! コトナさんは悪くないし! っていうか、大変だなって。おっ、俺にできること、あったら何でも言ってね。その、なにもできないけど」
ツララの腕の中で、逆巻く風をはらんでコトナがしゅんとしていた。
その胸に、真っ赤に光る紋様が浮かび上がっている。
不思議な形で、どこか遠い国の文字にも見える。読めないのに、それが言葉だとわかるのだ。それは今、コトナの
彼女には使命があった。
世界の命運を賭けた秘密だった。
そして、ツララはそれを承知で結婚したのだ。
「ちょっと、行ってくるね。うう、残念……先に休んでてー」
「あ、うん。気をつけてね」
「はーい。あと、ツララ君……ツララ君にできること、ツララ君にだけできること、いい? 一つだけ、いいかなぁ?」
長い長い黒髪をなびかせ、コトナは小さく
「強く、ぎゅーって、して……わたしのいる場所、帰る場所……忘れないように」
「え……も、
ツララは、コトナを抱き締めた。
その体温を全身へ溶かし込むように、強く強く抱き寄せた。
香る甘やかな匂いを吸い込めば、全身が熱くなる。
でも、永遠にも思える一瞬で
「……じゃあ、いってくる、ね」
「う、うんっ。ほんと気をつけて。無理、しないで」
「では……言葉の魔法、
コトナは、脱ぐための着衣を空気へ溶かした。
全裸のシルエットが、溢れ出す光の中へと圧縮されてゆく。
それは、魔法だ。
言霊法と呼ばれる、物理学と条理を無視した力の発現である。
あっという間に。
ミニスカートからかぼちゃパンツの
ツインテールに結った髪は今、黄金に輝いていた。
そこには、11歳の少女が……魔法少女コトナがツララを見上げていた。
「よしっ、片付けちゃうぞっ!」
突風に思わず、ツララは手で目を
指の間から見上げた月に、天使の翼が
純白の羽根から
そう、奥様は魔法少女……世界を危機から守るため、いつでも11歳の姿に変身して戦うのだ。
そして、その秘密を知っているのは……この世でただ一人、ツララだけだ。
「……いっちゃった、な。――ックショィ!」
コトナの匂いとぬくもりが、あっという間に秋の夜風に奪われた。
己の身を抱けば、肌寒さにぶるりと震える。
それなのに、下腹部には逆に妙な熱が収まらないツララだった。
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