⑨
北五十里が羽吉から呼び出しをくらったのと同じ日。中屋敷も駒坂と会うことになっていた。まったくの偶然だが。
そこは北五十里と駒坂の中学校だった。まるで政府の秘密を暴露しようとしている司法省のエージェントとその情報提供者のような格好での密会である。
「なんですか、先輩。スゲー寒いんですけど」
わざとらしく悪態をつく。
「中屋敷には言っておかないと、と思って」
中屋敷は口をぎゅっと噛みしめた。
「なんで私なんですか? 北五十里には言わなくていんですか?」
「ケンは、ケンには言えないんだよ、私からは」
「卑怯ですね。北五十里が言えば答えるって、逃げてるだけでしょ。私はそうしない。北五十里にも、先輩にも、誰にだって言える。私はっ!」
「ストップ。その先は私に言うべきじゃない」
「言っても!、どうにもならないから、誰かに言っとかなきゃって思ったんじゃないですか!」
バレンタインデーの日のこと。中屋敷は、羽吉をけしかけた。秘めた恋心を告げることもせずに。二の足を踏む羽吉がじれったかったから。恋心のうれしさもはかなさも知っているから。哀しい思いを羽吉には味わってもらいたくなかったから。
「正しいよ、それは。中屋敷。けれど、適切じゃない。私には受け止める度量がない。思いのほか、ヤキモチ焼きだとようやく分かったからな、それを気付けたのも」
「そんなことばっかり言って! そんなだから、北五十里は……」
「分ってる。私はあいつに甘えてるからな。たぶん、それは羽吉にも代われないことかもしれない。ケンはそうならなかった。なんでだろうな。慕ってくれたのに、気付いていたのに、それが恋っていうくびきなんだろうな。だから、私は越えなくちゃならない。
ケンだけだよ、私が泣いたのを見た事あるのは。女バレーが負けた後、二人で会うことがあって初めて泣いてたのを見られた。そしたら、ケンはさ、『俺が先輩の涙を拭ける男になります』なんて言うんだ。単なる慰めだと思った、思いたかった。その年の秋の大会でさ、ケンたちは準優勝したんだ。すげーほめたよ。ケンは本当に私を励ましてくれたんだと思ったよ。そいで私はつい言っちゃったんだ。『よくやった。カッコ良かったよ。今度は優勝な』その約束のために、ケンは一生懸命練習したんだ。後輩に話しを聞いたり、試合も見に行ったりもした。ケンはさ、本当にたくましくなっていくのが分かったんだ。ケンが高校に入ってバレーやらないのはそのせいなんだ。あいつ最後の大会の前、てかその前からなんだろうけど、肩壊したんだ。怪我を誤魔化しながら、いや違うか。私に見せないようにしてたんだ。私が中三のケンに言った言葉分かるか? 『もう無理しなくていいから』。最悪だろ。それでもさ、ケンは言ったんだよ。『別にバレーだけで先輩の涙を拭ける男になるなんて言ってないですから』って」
「いらねえツンデレだな」
一瞬だけ場が緩んだ。失笑を漏らしてしまったから。
「その言葉に、ケンにずっと甘えていた。私はさ、中学時代に告白されたことがあるんだ。あ、ケンじゃない。それまで全然恋愛とかできなかったからさ、病気なんじゃないかとさえ思ったよ。少女マンガ読んでもピンとこなかったし、流行のポップな恋愛ソング聞いてもぐっと来なかった。どっちかつうと演歌の方が納得できたかな。ケンがいて、中屋敷がいて、そして羽吉がいる中で羽吉が彩って見えて来たんだ。それで気付いたんだよ。ケンにもなかったことだよ」
「やっぱり逃げてるだけじゃん。あいつは、北五十里は本当に!」
「ケンや中屋敷から逃げても、羽吉からは逃げない。というか逃がさない」
「私は北五十里を慰めに使ったりしない」
中屋敷はダッシュした。その姿を見送って口をぎゅっと結んだ。ポケットからスマホを取り出した。連絡を取ろうとしたのだ。すると、着信が鳴った。
「ああ、それでいい」
電話を切ると、襟に首をすぼめ、駒坂はゆっくり歩きだした。羽吉との待ち合わせに。
羽吉瑞希と駒坂冴子は付き合い始めた。
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