年が明け、三年生はもうほとんどが卒業後の進路を決めた頃。

 当然、羽吉も駒坂も進学先が決まっており、ひっくり返せば、北五十里と中屋敷にとっては別離へのカウントダウンになっていく。

 そんなある日、北五十里は恋敵から呼び出しをくらった。春一番が午前中猛威を振るい、北五十里には一番どころか春は来そうにない予感。

曇り空のせいか、寒い。河川敷だから、川面を滑る風が尋常でない体感になる。羽織物をダウンジャケットにしなかった点で、北五十里は選択をミスっていた。

「よお」

 その精悍さに、北五十里はとうとうこの日が来たかと、しかし、

「青春の決闘ですか。殴り合っても『お前もやるなあ』なんて言うつもりはありませんよ」

 あきらめのような、覚悟のような心境を振り払った。

「手厳しいな。しかし、言い方が中屋敷の影響を受けている感じだな」

 それでも羽吉は苦笑いしながらも、甘んじて受け入れようとしていた。

「なんです? 俺も暇ではないんですが」

「中屋敷の世話か?」

「誰のせいだと思ってます?」

 羽吉は大きく息を吐いて、バレンタインデーの時に中屋敷から「行って来い」と言われたという話から始めた。

「一年の時から駒坂とは同じクラスだ。始めは話す機会もなかった。お互い容姿を気にしていたから。けれど、駒坂が悪い奴とは思っていなかった。三年間の中でこの一年は特別の時間だ。お前や中屋敷がいなかったら、下手をしたら自分の気持ちに気付かなかったかもしれないし、気付けたとしても俺はこれから行うことを行っていなかったかもしれない。あいつといるのが楽で、まるで海辺で深呼吸しているみたいだと気付くこともなかったかもしれない。だから、お前には言うべきではないかもしれないが、あえて言おう」

「先輩、その先言ったら恨みますよ」

「恨んでくれて構わない。だから言う。ありがとう」

 予想外の言葉ではあったが、北五十里が不快になったことに変わりはない。

「はあ。じゃあ、俺が先に冴子先輩に告白してもいいですか?」

「俺に君を妨げる理由はない」

「いや、止めときます。んなカッコいいこと言われて実際に告白したら俺が滑稽だし、何より自己満以外にないし。それに羽吉先輩と冴子先輩になんかあった時、俺がさっそうと現れてその時告白した方が効果的だろうし」

「まだなにも始まってもないのに、辛辣だな」

「さっき先輩が言ったじゃないですか。『恨んでくれて構わない』って。だから、これが俺の先輩への呪詛です」

「君のこと、過小評価していたのかもしれないな」

「それは光栄ですね。てか、冴子先輩がOKすると確信してる辺りがむかつきますね」

「確信というか、魔法をかけに行くっていう気持ちかな」

「はあ? ポエムですか。魔法が使えるなら、これだけは言わせてもらいます。あいつの、中屋敷の思いを成仏させてやれよ!」

「分かった」

 無言で北五十里はその場を去った。ようやくというか、ついにというか、

 ――こういうふんぎりがしたかったわけじゃなかったんだけどな

 北五十里の傷心を冷たい風は吹き飛ばしてくれなかった。

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