⑥
秋。文化祭。
週末の二日間。企画は、各クラスや各部活などの任意の団体により実施。体育祭動揺、盛り上げようとすれば、いくらでも騒げる。この血気盛ん吊り橋効果を利用して、心理的物理的距離を縮める作戦を催すというのも、恋する若人にとってはよくあること。
なのだが、
「一体何が文化なんだ!」
中屋敷が叫ぶのも無理はない。クラスの出し物が不満らしい。
「不倫とか言い出さないだろうな」
こちらも催し物の準備で疲労困憊になっている北五十里は、売り言葉に買い言葉である。悶絶する二人に、
「私がこれぞ文化たるものを見せつけてやろう」
と言い出したのは法流院である。法流院が催したのは、「フォーリング・ラブ。げっちゅー」という看板が教室の入り口にかかっている。“占いの部屋”の文字がその看板の端っこに小さく書かれているが、入ってみれば、どちらかといえば黒魔術の実験室の装いである。
「ピンクのオーラを身にまといましょう」
「私に協力すればご利益満点よ」
などと恋のレクチャーらしい。この怪しい店主のどこを気に入ったのか、ご満悦で退出していく少なくないお客たち。こうして漫画家のネタ収集の役に立っているとも知らずに。
北五十里や中屋敷などは、
「接点持ってるけど、まったくご利益がないのはなぜ?」
とぜんぜんご満悦できないでいた。
「それはフォーチュンを貯蓄しているのでしょう。いざという時に幸運に見舞われるでしょう」
二〇二一年現在国民の大半が不安を抱いている年金制度のようなことを言われても、高校生二人にとっては、
「いざじゃなくていいから、即効性が欲しいんだけど」
アドバイスとやらの支給を切望するのだ。
とはいえ、せっかくの祭りである。あれこれと見て回らない理由もない。体育館に行くと、カラオケ大会が始まるところだった。すでに劇やバンド、ダンスなどの典型的プログラムは終了しており、二人は参加するどころか、参加者に唖然とした方だ。羽吉と駒坂が出場していたのである。
羽吉は「冬のリヴィエラ」を熱唱。金色を帯びた髪と優男な、あの容姿で、である。なぜか、というよりどういう経緯で持っていたのかは知れないが、弾かないのにアコギをかついだままだった。
駒坂は、クラスの催し物である昭和カフェのユニフォーム姿だった。彼女の担当は、スケ番の格好。どはまりもいいところで、クラスメートや友人でさえ、普段よりも接近半径が一メートル後退したくらいである。で、曲目は「天城越え」。
その歌声に、
「何、あの絶唱は。シンフォギアなの?」
中屋敷の感想である。
一方の北五十里は、
「先輩、ZARDとか歌ってくんねえかな、すげえあってると思うだけど」
うっとりしており、横にいた中屋敷は、
「あんたも懐いのを出して来たね。てか、あんたって単に年上属性なんじゃないの? 先輩に『負けないで』とか言われたら四、五回イケるんじゃないの」
眉をひそめる。毒を吐くのは定期である。
他には、茶道、書道、華道、美術、研究発表、文芸、短歌や俳句の鑑賞を散策したのだが、ことごとく羽吉と駒坂に会い、情熱的に茶をたてたり、一筆啓上したり、いけばなったり。一首や一句などは、まさに文化的芸術的に炸裂し、後日地方紙に載ったくらいである。
そんなことよりも、羽吉が短歌の鑑賞が好きだと知った中屋敷は、
「よし『ちはやふる』を読むか」
決意し、
「対決になるぞ、それ」
北五十里にたしなめられたのである。
とまあ、そんな感じでそれぞれが堪能したのであった。
法流院は、翌日からしばらくマスク姿となった。咽喉科で薬を処方されたからである。
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