初夏。体育祭。

 燃え盛るのは天気、ではなく中屋敷である。理由は、

「『先輩、タオルです』ができる!」

 さすがに北五十里もあきれるほどである。とはいえ、部活に入っていない中屋敷が羽吉にそのアプローチできるのは、こういう時でない限り他にない。

「羽吉部のマネージャーにでもなれよ」

 軽口はほどほどにしておかないと、

「その手があったか! 北五十里! あんたいいこと言った。さっそく生徒会に部創設申請してくる! お礼に五円チョコ上げるから」

 二十五度の晴天下。チョコなんてしかも五円チョコともなれば、円=縁が溶けるを意味する。感謝の割に、北五十里にとっては嫌がらせでしかない。

「落ち着け。そんな部が許可されるわけないだろ。そんなのどこがおいしいんだ?」

 北五十里に諭されても、野心に燃えている中屋敷には今や祈願成就に追加注入される灯油以外にはならない。

 二人以上に盛り上がっているのは、この学校行事事態であり、徒競走や障害物競走やクラス対抗応援合戦やリレーやなんやらかんやらは、プログラムを三〇秒前後することはあったものの、怪我人も熱中症罹患者もおらず平穏に進んでいた。

「いや全然進んでない」

 この炎天下で加湿器を使っているようにご不満なのは中屋敷である。新調し、さらには値のはる洗剤と柔軟剤で仕上げたタオルの出番がないのである。というのも羽吉はマイ・タオルを首に巻いて、しかもハンドタオルまでしのばせていたのである。彼女の不機嫌の矛先は当然、北五十里に。

「ポロリ期待してたんでしょうが、残念でした」

「あるわけねえだろ」

 否定しつつも、北五十里の頬はにやけていた。

「そうね。パンチラはもうあったし」

「しかも俺のな」

「誰得にもならなかったという」

 憤懣とした中屋敷の横に嫌々ながら座らざるを得ない北五十里。そこが座席だからである。出場種目を終え、若干の疲労感に中屋敷の恨み言は肉体的乾燥注意報となる。

「駒坂先輩、運動神経いいね」

「だろ」

「テニスしたら“白鯨”できそうだね」

「無理だろ」

 そこへ

「ケン、ほら」

 と言って、駒坂が北五十里へ飲みかけのペットボトルを渡して来た。羽吉とともに通りすがり中だったようだ。その発言に、それに戸惑ったのは、駒坂以外の三人である。

「いや、もうそれは」

 水分補給が必要なはずだが、羞恥が先んじられる。

「 “もう”?」

 声色に焦燥がちらついている羽吉がその先というか、質問というか確認をしようとする前に、「北五十里とそ、その飲みあいっこしたことあるってことですか!」

このスピードがあれば徒競走で三位ではなかったであろう中屋敷は、おニューのタオルで北五十里の顔に押し付ける一方で駒坂に向かう。

「中学時代には二、三度練習後なんかに。いやさ、間接チューとか意識してる時点で幼稚だよ」

 当の本人には羞恥もなにもないらしい。スポーツ中の水分補給は欠くべからざる必須要件である。そこに肉体的接触の特別な意味合いとかを持たせる方が無粋というものである、みたいなことをつらつらと述べる駒坂に、

「それは正論ですが。でも、イベント事ですので」

 まったくカヤの外、というか願わくばそれを狙っていた中屋敷は反論の余地もない。反論の余地どころか、それこそいろいろな意味合いを意識してしまった北五十里はしょんぼりしていた。ずっと黙ったままなのは羽吉である。

 この日、目だったところはこれくらいだった。この四人にしては全く地味で、全く何も起こらなかったのは残念である。後日聞いたところによれば、羽吉が持っていたタオルは、「お歳暮」ということで駒坂からもらったものだったらしい。それを考えると、やはり起こるべきことは起きていたということか、地味だが。

 追記。法流院がドローンの映像を堪能しているとは、誰も気づいていなかった。

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