②
法流院が観察者宣言をして数日後。
入学して十日ほど。ようやく慣れてきたとはいえ、一年生はまだまだ動線が甘い。それは校内だけではなく、公共交通機関の運行スケジュールと校舎との距離感をつかみきれずにいるためである。たとえば、学校群に包囲網されている在来線の駅では、駆け込み乗車に激怒を通り越してやるせない感じで車掌は学生たちをおざなりに扱う。
その日、発車ギリギリの電車へ駆けて来たのは北五十里である。すでにアラームは鳴っており、あとは車掌の警笛だけである。けれど、間に合う。それこそ自身の走力から判断された。けれど、ちょうど開きっぱなしドアの前に女子が立ち尽くしていた。まるで遠恋の相手を見送るくらいの虚空感で、とそんなことにかまってられないと急ぐ北五十里であるが、見過ごせないのは一言クレーにもならない一言を言っておきたかったからである。
「中屋敷、邪魔」
息せき切りながら横に止まって見れば、彼女は恥ずかしそう片手でもう片方の肘を抱き寄せ、わずかに顔を下げ、これまたわずかに身を捩っていた。
「乗らないのか?」
電車内からの、柔い声は羽吉だった。どっちに言ったのか知れないが、どっちに言っていたっていい。早く乗らなければならない。それは北五十里だけではないはず。それなのに、頬を遅咲きの桜にしている中屋敷は何を思ったのか、北五十里の袖を万力の勢いで握った。
「ケン、出るぞー」
隣の車両のドアから身を乗り出して駒坂が言った。自然とそっちに体が向かおうとする北五十里だが行けない。中屋敷がアイアンクローはりに北五十里の襟を握ったからである。
結果、じれた車掌がタイムアウトを告げた。
「俺は乗るって」
隣の車両なぞ目の前から乗り込んで、後から移動すればいい。が、閉じるドアに北五十里が思いっきり指を突っ込んでしまった。激痛。屈曲。通り過ぎていく電車。再び身を捩る中屋敷。軽く涙目の北五十里はその駅近くの接骨院へ行った。幸いなことに折れてはいなかった。
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