第40話 その後の中州りりか

 ここからはエピローグだ。

 僕が知っている範囲内で書く。

 りりかは東京の私立大学の観光学科で学び、本人の弁では優秀な成績で卒業して、大手の旅行会社に就職した。

 店舗の窓口や本社での旅行プラン作成などの業務を経験して、四年後に独立し、自らの旅行会社を設立した。

「中州旅行有限会社」という平凡な名称の会社だった。

 社員は三人から出発した。社長である自分と大手旅行会社から引き抜いた信頼できる同期生と経理などの事務を担当する派遣社員という陣容だった。

 りりかは体の不自由なお金持ちへの営業から仕事を始めた。お金はあっても下半身が麻痺している人などを、どこへでも望む場所へ瞬間移動魔法で連れていった。彼ら彼女らは喜んでりりかに大金を支払った。彼女には多くのリピーターがついた。

 評判になり、世界の大富豪から依頼が舞い込むようになった。

 一年後には、中州旅行社は超優良な企業になっていた。

 軽く百人ぐらいの社員を雇えるほどの収益を上げていたが、彼女は社員を最低限しか増やさなかった。社長がこなせる以上の旅行を企画するつもりはなかった。信頼する同期生に会社内の取りまとめを任せ、自分は世界中を飛び回った。

 経営が安定すると、りりかは貧困で旅行などしたことがない人や身体障害を抱えている人などに格安で旅行を提供する本来の志を遂げ始めた。お金持ちから高額な旅行代金をもらう仕事を続けながら、実費程度しかもらわないで恵まれない人に寄り添って旅をするようになった。

 りりかと旅をしたい人は世界中にいた。その望みのすべてをかなえることはとうてい不可能だった。

 彼女は手をつないだ人を自分とともに瞬間移動させることができた。足につかまってもらって連れていくこともできた。だがそれが彼女の魔法の限界で、同時に旅ができるのは自分を含めて五人までだった。

 誰を格安で旅行に連れていくかはむずかしい問題だった。りりかは孤児や生まれつき身体が麻痺している人や死を待つだけの人を連れていきたかったが、犯罪者や悪行者は選びたくなかった。また、あまりにもわがままなだったり性格が悪かったりする人物も困りものだった。しかしその選定をしている時間はりりかにはなかった。

 中州旅行社にはその選定を担当する社員がいた。リストを作成し、社長に説明し、最終的にはりりかが決断して旅をする。

 その選定をする社員が不正をする可能性もあった。りりかの旅には莫大な価値があったので、社員を買収して選んでもらおうとする人がいてもおかしくはなかった。そのチェックをするために外部監査法人と契約を締結しなければならなかった。

 多くのお金持ちと貧困な人々がりりかと旅をした。

 体の不自由な人と旅をするには、介護者や医者や看護師の同行が必要な場合もあった。

 多額の保険に入っている必要もあった。ときには事故が起こり、お客さんを怪我させたり、死なせてしまったりする場合があったからだ。有能な弁護士と契約を結ぶことも必要になった。

 困難なこともあるが、まずまずうまくやっていると僕は先日、彼女と久しぶりに食事をしているときに聞いた。人から感謝されるやりがいのある仕事だと本人は言っている。

「虹の新婚旅行だったら特別に時間を割いてあげてもいいわよ。南極へだって連れていってあげる。ただし、相手は冬月筆子に限る。うまくやっているんでしょうね?」

 中州りりかは僕と同い年だから、今二十九歳だ。独身の美女。

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