第33話 美術同好会の設立
筆子は帰宅部となったが、僕は部活をあきらめられなかった。ひとりでずっとイラストを描き続けている高校生活というのは寂しすぎる。
僕は努力の魔法使いではない。筆子とはちがう。友だちもほしい。部活もやってみたい。
考えたあげく、自分で美術部を立ち上げることにした。
柴道夫という名前の美術の教師に相談した。五十五歳でふさふさとした白髪の持ち主だった。
「美術部を作りたいんです」
「うん」
「僕が新規に設立してもかまわないでしょうか?」
「いいんじゃないの。美術部は高校生にふさわしい活動だ。昔はこの学校にもあったしな」
「あったんですか?」
「五年くらい前まであったよ。部員がいなくなって、自然消滅しちゃったけどな」
「美術部設立のポスターを作って、部員を募集してみてもいいですか?」
「オレにそんな許可はできないよ。校長に頼んでやろうか?」
「ぜひお願いします」
「数日待て」
僕は待った。
三日後、柴先生が声をかけてくれた。
「校長が許可してくれたよ。美術同好会から始めろって条件付きでな。五人以上メンバーが集まったら、部への昇格を検討してくれるそうだ」
やった! 同好会でいいよ。これで仲間集めができる。
「あの、柴先生、顧問をお願いしてもいいですか?」
「おまえ、本気で美術部を再建する気なんだな?」
「はい。もちろんです」
「じゃあやってやるよ。前もオレが顧問だった」
「美術室で活動してもいいですか?」
「いいよ。放課後は誰も使ってないからな」
僕はポスターを作った。美術室で五人の生徒が美術に取り組んでいるイラストに〈美術同好会を設立します。会員募集。詳しくは一年B組春日井まで〉と書いた。
そのイラストは気合を入れて描いた。油絵、水彩画、日本画、デジタルイラスト、彫刻をやっている五人の生徒の絵。男の子がふたり。女の子が三人。顔は漫画的に、あとは写実的に描いた。
「おまえ、うまいな」そのポスターを見て柴先生が言った。
「僕、絵画魔法使いなんです」
「そうか。デッサンの正確さが高校生離れしてるから驚いたよ。なるほど、魔法か」
「デッサンだけじゃなく、他の面でも誉められる絵描きになりたいんです」
「うん、いいんじゃないの。がんばれよ」
僕は放課後、美術室の一角を借り、イラストを描くようになった。
もちろん筆子には同好会に入らないかと声をかけた。
「虹くんが美術同好会を作ったの……?」
「うん。ちゃんと校長先生に許可をもらって、正式に始めたんだよ」
「そうなんだ……」
「筆子に会員になってもらいたいんだけど」
「うーん……」とうなって、彼女は考え込んだ。
「虹くんには協力したいけど、今は集中して漫画を描きたいの……」と彼女は言った。
「黒山さんのことばを聞いて、わたし、ますます燃えてきたの。家でいいペースで漫画を描けてるから、このままやっていたい……」
「そうか」
「ごめんね……」
「いや、いいんだ。がんばれよ」
彼女に断られて僕はがっかりしたが、彼女らしいとも思った。
彼女は真剣に漫画家を目指している。邪魔はできない。入会を無理強いする気にはなれなかった。
他の会員が入ってくるまで、ひとりで活動しようと覚悟を決めた。
美術室で絵を描く日々が続いた。
僕はイラストレーターになりたいと思っている。
中学時代からずっと、パソコンを使ったデジタル絵画を描いている。
風景画はまず問題なく描ける。課題はやはり人物画だった。生き生きとしたキャラクターを描きたい。僕は放課後美術室で、萌え絵の研究をしたり、好きなアニメのキャラクターを模写したりした。
僕は今まで、写真や実物のモデルを見てそれを描き写すのは得意だったが、無から何かを創り出すのはあまり得意ではなかった。そういう苦手意識があった。
でももう殻を破ろうと思った。
黒山月夜さんが言ったとおり、僕は自縄自縛しているのかもしれない。自由に絵を描けるようになりたい。
僕は自分の心の中に意識を向けてみた。記憶だけを頼りに絵を描いてみよう。
心の中の筆子を、女子高生キャラクターとして描いてみた。
案外うまく描けた。
萌え絵っぽく筆子を描いた。
それも悪くなかった。
微笑んで立っている筆子を描き、背景に草原を描いた。
徹夜で漫画を描いている筆子を想像し、それを描いた。
ざわめく教室の中で、たったひとり誰とも話さずに絵を描いてる筆子を描いた。
筆子の絵はいくらでも描けた。心の中の記憶を頼りに、いつまでも絵を描き続けられた。その絵は柔らかみがあって、自分の絵が好きだと思えた。
僕は毎日美術室で描き続けた。
りりかも描いてみた。
野村千里さんを思い出しながら描いてみた。
筆子ほどうまくは描けなかったが、以前よりは人物が描けているように思えた。
まったくのオリジナルキャラクターも描いてみた。
髪型を変え、目の色や形を変え、体型を変え、服を変え、いろいろなキャラクターをデザインしてみた。意外とちゃんと描けた。今まで苦手意識があったのが不思議なくらいすらすらとキャラデザができた。
そうか、こんなふうに描けばいいのか、と思った。
拍子抜けするぐらい、僕はあっさりとひとつの壁を突破した。
黒山さんのおかげだ。ありがとうございますと心の中で感謝した。
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