第30話 魔法部
◇高一、春◇
入学式の日、筆子と並んで登校した。
その日、彼女は変身したと言っていいほど姿が変わっていて、僕を驚かせた。
髪を切っていた。肩まで伸びていた黒髪はばっさりと切られ、肩のあたりで揃えられていた。前髪も切って、くっきりとした大きな目をさらしていた。ちゃんと櫛を入れて、艶のあるさらさらストレートの髪型になっていた。
「どうしたの、その髪?」
「お、お母さんが高校生になるんだから、身なりにも気を使いなさいって言って……。切っちゃった……」
「誰、あの美人」という声が聞こえてきた。知らない男の子が筆子の方を見て言ったのだ。
まったくそのとおりだった。彼女の美貌を隠していたボサボサの長髪がすっきりとしたミディアムストレートに変わって、筆子は誰が見てもはっきりとわかる美少女に変身していた。
彼女自身はそんな自分の変貌をさして意識していないみたいで、「また虹くんと一緒」と無邪気に言っていた。美しい筆子を見て、僕はちょっとドギマギしていた。
彼女と同じ高校に通えることになって、僕も嬉しかった。志望校に入れなかった落胆はもうなくなっていた。僕はイラストレーターとか、絵にかかわる仕事に就くと覚悟を決めている。進学校に行く必要はない。
講堂で入学式が行われた。校長先生が挨拶し、在校生代表が祝辞を述べ、新入生代表が入学のことばを述べた。校歌が斉唱された。ありふれた歌詞とメロディだった。
僕と筆子は同じクラスになった。彼女を見る周囲の目が中学時代と変わっていることに、僕はすぐに気づいた。男子生徒たちがちらちらと彼女を見ている。
終業のチャイムが鳴った後、僕は彼女に話しかけた。
「部活どうする?」
「ま、また漫研に入ろうかな……」
「僕は高校では美術部に入ろうと思っているんだ」
「えーっ、漫研入ろうよ」
「イラストの練習をしたいんだよ」
「漫研でも、イラストは描けるよ……」
「美術部でやってみたいんだ。中学とはちょっとちがうことがやりたいんだよ」
「むぅーっ。一緒に部活したいのに」
「筆子が美術部に入りなよ。漫画描くのに無駄にはならないと思うよ」
「うーん、どうしよう……」
僕と筆子が話しているのを見ている男子がいる。
ああ、彼女のかわいさに気づいているのは僕だけじゃなくなったな、とはっきりわかって残念だった。彼女は初対面の男子に話しかけられたりしていた。びくっとしてろくに受け答えもできていない。人見知りな性格は以前のままだ。
僕と筆子は部活動のポスターが張り出されている一階廊下の掲示板の前に行った。そこには大勢の新入生がいて、ポスターを眺めていた。先輩たちもたくさんいて、部活への勧誘を熱心に行っていた。
「あれ?」と筆子が言った。
おや?と僕は思った。
漫画研究会がない。それどころか美術部すらなかった。ポスターが張り出されていないだけなのか、それとも存在していないのか。
新入生勧誘の時期、ポスターを張り出さない部があるとは思えない。おそらく漫研も美術部もこの高校にはないのだろう。
僕と筆子は途方に暮れた。美術系の部が何もなかった。
「どうしよう。体育会系に行く気はないしなぁ」
「わたし、部活しない……。ひとりで漫画描く」と筆子は言った。
「僕も家でイラスト描いて過ごそうかな。ちょっと寂しいけど」
僕はがっかりしていた。部活動くらいしたかったからだ。何か見落としがないか、掲示板を隈なく見渡した。
一枚のポスターに目を惹きつけられた。
〈魔法部 あなたの魔法を強化します。来たれ魔法部。魔法相談も受付中〉
「なんだこれ?」
「魔法部……?」
「魔法の強化なんて、できるのかな?」
「わたしには縁のない話……」
筆子は興味がなさそうだった。彼女は魔法使いじゃない。強化しようにも、元々ないのだから、強化しようがないだろう。
でも僕は、そのポスターが妙に気になった。
「魔法部に行ってみる」
「え、虹くん、そんなのに入るの?」
「ちょっと気になるんだ。見学だけでもしてみたい」
「じゃあ、わたしは今日はひとりで帰るね……」と筆子が寂しそうに言った。
「いや、一緒に行こう。行った方がいいような気がするんだ、なんとなく」
「嫌。わたしには強化するような魔法なんてないんだよ」
「行ってみようよ。ただの見学だよ」
「虹くん、わたし、そんなところに行ったって、みじめな思いをするだけ……」
その気持ちはよくわかった。コンプレックスを刺激されるような場所に行きたくはないだろう。
「ここに魔法相談も受付中って書いてある。魔法が使えない悩みにも応じてくれるかもしれないよ」
「そんなのありえない」
「とにかく行こう。なんだか気になるんだよ」
僕は筆子の手を握り、引っ張って歩き始めた。
「あ……」
彼女はおとなしくついてきた。手を振りほどいたりはしなかった。
掲示板には各部室の案内図も掲げられていた。この高校には新校舎と旧校舎があり、旧校舎の一階に文化部の部室が集中していた。
やや薄暗い旧校舎に僕と筆子は入っていった。彼女はびくびくしていた。やっぱり魔法部に行くのが嫌なようだ。僕は手を強く握り、離さなかった。
文芸部、歴史研究会、パソコン同好会、園芸部、模型部、ゲーム研究会、弁論部などの看板が並んでいる。機械部や廃墟研究会、化石同好会なんてものまであった。音楽系の部活もちゃんとある。旧校舎二階に軽音部の部室があり、吹奏楽部は音楽室で活動しているようだ。これでなんで漫研と美術部がないんだよ、と僕は心中で憤慨した。
一階の最奥に魔法部があった。
ふたりで部室に入った。筆子の手は震えていた。
部屋の中はさらに薄暗かった。窓には暗幕がかけられ、室内の明かりはろうそくだけだった。魔法部というより、黒魔術部と言った方がいいような趣だった。
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