第29話 高校受験と中学卒業

 筆子の成績は上昇していた。どこの高校にも入学できないというほどひどくはなくなっていた。そうでなくては困る。僕がずっと勉強を見てあげているのだから。

 僕の第一志望校はとある都立高校だった。そして筆子の第一志望の私立高校を滑り止めに選んだ。りりかの第一志望校は僕の第一志望と同じ高校だった。順当にいけば、僕とりりかは同じ高校の同級生になれるはずだった。ふたりともそこに合格できる学力があった。

 しかし志望校受験の日、僕はインフルエンザにかかり、受験できなかった。

 四十度近い高熱を出し、寝込んだ。他の受験生に病気をうつす危険もあるから、無理をして試験会場に行くわけにもいかなかった。僕は試験を受けずして落ちた。

 そして滑り止めに受けた私立高校には合格した。筆子も受かった。僕たちはまた同じ学校に通うことになったのだ。その結果を筆子は喜んでいた。

「よかったねぇ、虹くん」

「僕は志望校に落ちたんだよ。よかったなんて言わないでくれ」

 中学校の廊下で立ち話していた僕と筆子のそばを、りりかが通りかかった。

「あなたたち、縁があるのね」と彼女は言った。

「あたしと虹には縁がないのかなぁ」

 彼女はがっかりしていた。僕と同じ高校に通うことを楽しみにしてくれていたのだ。

「縁がないなんて言うなよ。長いつきあいじゃないか。いつでも僕の部屋に瞬間移動してきていいから」

「えっ、な、中州さん、虹くんの部屋に通ってるの……?」と筆子が驚いて言った。

「通ってるっていうか、たまに来るだけだよ」

「通ってるって言えば、虹が冬月さんの家に通ってるじゃん。毎日のように行ってるんでしょう? 漫画手伝ったり、勉強教えたり」

 そのとおりだった。中三の夏休みから受験の前まで、僕はよく筆子のマンションに行った。

「冬月さんが高校合格できたのって、虹のおかげじゃないの?」

「そ、そうかも。虹くん、ありがとう……」

「どういたしまして。また同じ学校だね。これからもよろしく」

「うん」

 卒業式の前日、僕と筆子は漫研の部室に行った。この部屋で筆子は百枚以上の漫画を描き、僕は五十枚ぐらいのイラストを制作した。フィギュアの塗装もした。会誌を三冊作った。先輩や後輩、そして筆子との交流を深めた。たくさんの思い出をここで作った。でももう来ることはないだろう。

 翌日、体育館で卒業式が行われた。僕も筆子もりりかも卒業証書をもらった。筆子は泣いていた。わりと泣き虫な子だ。

 漫研の後輩たちが「卒業おめでとうございます」と言ってくれた。そして花束をくれた。

「ありがとう。漫研を続けてね」と僕は言った。

「まだ……ここにいたいよぉ……」と筆子は泣きながら言った。

「先輩たちがいなくなると、クオリティ落ちちゃいます……」と兵藤さんが嘆いた。

「弱音を吐くな。来年もいい会誌を作るよ!」と新会長の双葉くんが言った。

「安心して卒業してください。次の文化祭にはぜひ遊びに来てください」

「うん。楽しみにしてるよ」

「あたし、また四コマ描きますよ」と井上さんが言った。

「うん。がんばってね。三人とも、期待してるよ」

「さよなら、みんな……!」

「先輩、お元気で! ありがとうございました!」

 僕と筆子は三年間通った中学校の校門を万感の想いで通り過ぎた。

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