第16話 自分の絵と人の手伝いで忙しすぎる。
「とりあえずこの三つを塗装してもらえないかな?」と野村さんは言った。
造形は完璧だけど未塗装な白いフィギュアが三体、僕の目の前に置かれている。
プラグスーツを着た少女、エレキギターを持ってブレザーを着た女の子、日本海軍の戦艦の主砲を装備した娘。
どのフィギュアもアニメ好きなら誰でも知っていそうな有名なキャラクターだ。
「これ、どれもやたらと塗るのが大変そうだね」
僕は及び腰になった。
「そうね」
「これ塗ってたら、一週間や二週間、軽く過ぎちゃうね」
「うん。だろうね」
「お断りします」僕はきっぱりと言った。
「できるだけのことはやるって言ったじゃん~っ」
野村さんが僕に顔を近づけて強く迫った。
「でも、僕の絵を描く時間がなくなっちゃうよ」
「虹くんにはストックがあるじゃない。南極とか百名山とか。私は完成品がたったひとつしかないんだよ~っ。お願い、塗ってください!」
「うっく……」
「造形の魔法使いとしては、それなりの作品を飾らないと恥かいちゃう。助けて~っ!」
「わかった。やるよ」
断り切れなかった。僕は自分の作品をそっちのけにして、フィギュアの塗装を始めた。やるからには手は抜けない。これも漫研の作品なのだ。それも絶品と言っていい造形美のフィギュア。僕は部活の時間、ずっとアクリル絵具を塗り続けるはめになった。
筆子は一心不乱に漫画を描き続け、野村さんは新作のフィギュアに取り組んでいた。
僕は土曜日も日曜日も返上して、七日間でフィギュア三体の塗装を完成させた。出来は悪くないと思う。すばらしい造形に見合う精緻な塗りをしたつもりだ。
「すごーい! 最高の塗りだわ。ありがとう!」
野村さんは大喜びで感謝してくれた。そしてこの一週間で新たに制作したエレキベースを持った女の子のフィギュアを僕の前に差し出した。
「次はこれをお願い」
「待ってくれよ。僕も自分の作品を作りたいんだよ」
「このフィギュアも虹くんの作品だと思ってほしいなぁ。私との合作だよ!」
にこっと笑って、フィギュアを僕に押しつける。押しの強い子だった。
僕は拒み切れず、今度はベースの少女の塗装をすることになった。
「サイドギターとキーボードとドラムの女の子も造るから。それでひとつのバンドが完成するの。それで終わりにするから、そこまではつきあってね」と野村さんは言った。
本当に全部で八体のフィギュアを展示するつもりらしい。僕はげんなりした。
「楽器の塗り、大変なんだけど……」
「うん。造形も大変だよ」
「キーボードとかドラムの塗装、時間かかりそう……」
「そうだろうね。しっかり頼むね」
「あの、僕、遠回しに断ってるつもりなんだけど……」
「えーっ、お願いよ、虹くん! ふたりの美術魔法使いの合作フィギュア、五人のバンドメンバーがセットになった大作、完成させようよぉ!」
野村さんは僕の腕を揺さぶって懇願した。
仕方がない。僕は腹をくくった。
「わかったよ。いいものを造ろう」
「うん。ありがとう! よろしくね、虹くん!」
野村さんが僕の右腕に抱き付いてきた。僕はびっくりした。とっさに筆子を見ると、彼女は脇目もふらずに漫画を描いていた。野村さんはすぐに離れて、何事もなかったかのように、石粉粘土をこね始めた。
ベースを持った女の子の塗装はがんばって3日で終わらせた。エアブラシでベースカラーを塗り、乾かしてから筆で細かく塗り分けていかなければフィギュアの塗装は完成しない。時間のかかる作業だ。ドライヤーを使って乾かしながら、僕は塗り続けた。部室だけでなく、家にも持ち帰って塗り、できるだけ急いで仕上げた。
そしてようやく僕は自分の絵に取りかかれる時間を得た。今まで描いてきた南極や百名山の絵の中からよく描けているものを選んで、さらに加筆して会誌用イラストを仕上げよう思った。
僕はパソコンに向かって絵を描いた。
その左横では野村さんがサイドギターの少女のフィギュアを制作している。それが完成したらまた僕が塗装しなければならない。
右横では筆子が漫画に取り組んでいる。ストーリーで悩んでいるようだ。ネームを描いては破り、描いては破っている。
午後六時に下校。筆子が帰り道で、僕に話しかけてきた。
「『剣道少女』のストーリーを変えたいんだけど、うまくいかないの……」
彼女はあらすじを説明した。何の魔法も使えないヒロインの剣道少女が、瞬間移動して攻めてくるライバルと試合をするというものだった。なんだか筆子とりりかが戦っているみたいだ、と僕は思った。ヒロインは先に一本取られるが、ライバルの行動を予測して、一本を取り返す。そして……。
「そしてどうなるの?」
「クライマックス、思いつかないの……」
「だめじゃん」
「うーん。助けて、春日井くん」
「僕がストーリーとか作れないの、知ってるだろう?」
「うーん……。どうしよう」
「普通なら勝てないよね。主人公負けるよ」
「最後に心眼が目覚めて勝つ……」
「急に心眼目覚めないで」
「気配で敵がどこから現れるか察知する……」
「それ、魔法並みの超能力じゃない? 主人公は魔法使えないんだよね」
僕にだめ出しをされて、筆子は腕組みをして悩んだ。恨みがましそうに僕を見た。そんな顔をされてもなぁ。僕は真面目に相談に乗っているんだけど。
「じゃあいいや、負けても……。ものすごくがんばって戦って、でも力およばず負ける」
負けるのかぁ。それは漫画的にだめだろう。
「ものすごい打ち合いになって、勝つことにすれば?」
「それでいいの……?」
「いいんじゃない。ヒロインが勝たないと漫画にならないでしょ」
「じゃあ、ライバルが瞬間移動できないほどの乱戦になって、勝つことにする」
プロットが決まって、筆子は喜んでいた。
「ネーム描くぞ!」と張り切っていた。
筆子は家でネームを完成させてきたらしく、翌日から漫画専用紙に下描きを始めた。
僕は山岳の絵を描いていた。きれいなイラストを会誌に載せるぞと張り切っていたら、野村さんが「はい」と言って、新作のフィギュアを僕に渡した。サイドギターの女の子だった。
せっかく自分の絵に集中していたのに、また野村さんの手伝いか……。
ふぅ、と僕はため息をついた。
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