第15話 文化祭に向かって

 ◇中一、秋◇


 夏休みが終わり、二学期が始まった。

 十一月には文化祭がある。

 漫研は例年、文化祭の日に会誌を発行することになっている。

「会誌の他に、野村さんのフィギュアの展示もやりたいね」と会長が言い出した。

「せっかく造形の魔法使いがいるんだから、その作品を発表しようよ」

 野村さんが目を輝かせた。

「いいんですか? やりたいです!」と彼女は言った。

「でも塗装が済んでいるフィギュアは一点しかないですよ」

 その塗装をしたのは僕だ。

「作品がひとつだと寂しいですよね」

「そうだねぇ。もっとたくさん展示しようよ」

「今から塗装すれば完成する作品が三点あります」

「これからも造ればもっと増えるよね」

 野村さんと会長の話が勝手に盛り上がっている。ちょっと待て。まさかその塗装をするのは僕なのか?

「塗ってないのを発表するのは嫌です。塗装を虹くんがやってくれるなら、人に見せてもいいですけど」

 野村さんは僕のことを下の名前で呼ぶようになっていた。その彼女が僕をちらっと見て、嫌なことを言い出した。フィギュアの塗装はけっこう大変なのだ。あまりやりたくない。僕は僕のイラストに集中して、文化祭に臨みたい。

「春日井くん、やってくれるかい?」と会長が言った。

「僕は会誌に僕のイラストを載せてもらいたいです」

「うん、もちろんだよ。きみのイラストはカラーで会誌に載せようと思っているよ」

「僕は会誌用のイラストをがんばって描きます」

「うん、いいね」

「気合いを入れて描きます」

「うん」

 会長は涼しい顔で僕の話を聞いていた。イラストを描くのに忙しいからフィギュアの塗装はやりたくないと遠回しに断っているつもりなのだが、通じていないみたいだ。

 野村さんがものすごく期待に満ちた目で僕を見つめていた。

「あの、イラストの他に、塗装もやれってことですか?」

「うん」と会長は軽く言った。

 気楽に言ってくれる。やるのは僕なんですけど。イラスト描きとフィギュアの塗装の両方をやるなんて大変だから嫌なんですけど。

「虹くんが塗ってくれないなら、発表しません」と野村さんが言った。

「せっかくの造形美が展示できないのは困るなぁ」

 野村さんと会長のふたりに迫られて、断りにくい雰囲気になってしまった。

「できるだけのことはやってみます……」と仕方なく僕は答えた。

「じゃあ私、がんばります!」野村さんは喜んでいた。

「会誌には冬月さんの漫画を大々的に載せよう」と会長が筆子に向かって言った。

「えっ、わたしの漫画、載せてもらえるんですか?」

 筆子のテンションが上がった。彼女にとっては漫画で忙しくなるなんて、苦でもないはずだ。自分の漫画が印刷してもらえると知って、目をキラキラさせていた。

「冬月さんは二十四枚の漫画を描いているよね。それを載せよう」

「か、描き直します!」と筆子は珍しく勢いよく言った。

「満足できていないところがいっぱいあるんです。人に見せるのなら、全面的に描き直さないと! ストーリーも練り直します!」

「うん。頼むよ」筆子の反応に、会長は満足そうだった。

「僕は去年と同じように漫画評論的なものを書く。後藤さんの漫画と漆原くんのイラストも当然載せる。今年の会誌は充実したものになるぞ」

 筆子が僕に熱い視線を送っていた。

「か、春日井くん、一緒に本が作れるね……」と彼女はささやいた。

「ああ……うん」と僕は答えた。忙しいことになりそうだ。

「野村さん、フィギュアは何作ぐらい造るつもりなの?」

「あと四個ぐらい造りたいなぁ。八点発表したい」

 じゃあ僕はあと七作も塗装するの? 嫌なんですけど……。

「会誌の表紙は誰にやってもらおうかな? 後藤さんか漆原くん、やりたいか?」

 会長が先輩たちに聞いた。ふたりは首を振った。

「となると、春日井くんか冬月さんだが……」

 僕も首を振った。

「冬月さん、頼めるかい?」

「あ、はい。やります!」

 筆子はやる気満々だった。

「これでやることはだいたい決まったね。文化祭は十一月第一週の土曜日だ。会誌の原稿の締め切りは十月半ばになる。印刷に時間がかかるからね。これから一か月半ほどだ。あまり時間はないよ」

 本当に忙しくなりそうだった。絵画魔法をフル回転させないと。

「今年の漫研にアートの魔法使いがふたりいることは、もう校内で有名になっている」

 会長がプレッシャーのかかることを言った。でもそれは事実で、僕と野村さんのことはいつの間にか学校中に知れ渡っていた。

「下手なことはできないよ。がんばろう!」

 かつてなく大変な秋が始まろうとしていた。

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