第12話 漫研の活動

「ぶ、部室で漫画描いていいですか?」と筆子が会長に聞いた。

「もちろん」と会長は答えた。それはそうだろう。ここは漫画研究会なのだから。

 僕は漫画を描く気はなかった。ストーリーを作る才能が僕には皆無だったからだ。中学生になったら、イラストを描こうと思っていた。将来イラストレーターになれたらいいな、とその頃僕は漠然と思っていた。

「イラスト描いてもいいですか?」と聞いた。

「何してたっていいよ。漫画読んでてもいいし、おしゃべりしててもいい。ここは溜まり場みたいなものなんだ」

 ゆるいクラブだった。

「が、画材買いに行きたい……。春日井くん、一緒に行ってくれる?」と筆子が言った。

 僕はうなずき、ふたりで地下鉄に乗って都心の大きな文具店に行った。筆子は漫画専用紙と製図用の黒インクとGペンとペン軸を買った。小学生のときはノートに鉛筆で描いていたけれど、これからは本格的な道具を使って描くつもりのようだ。

 僕も新しい描き方を試そうと思っていた。パソコンとペインティングソフトを使ってイラストを描く。両親にその希望を伝えると、僕の絵のためには出し惜しみをしたことのない父と母は、すぐに一番モニターの大きなノートパソコンを買ってくれた。プロが使うようなソフトとペンタブレットも与えてくれた。僕はそれを部室に持ち込んだ。

「ふたりともすごいねぇ」筆子の画材と僕のパソコンを見て、会長が言った。

 先輩たちは漫画を読んだり、おしゃべりしたりしてまったりと過ごしている。そんな中で、筆子は猛然と漫画を描き始めた。無駄話はしない。会員となっても、他の会員と話すことはほとんどなかった。僕としか話さない。

 筆子は相変わらず筆子だった。

 彼女は小学生のときに描いていた野球漫画ではなく、新作を描こうとしていた。今描いているのは剣道ものだった。

「なんてタイトル?」と僕はたずねた。

「剣道少女……」と筆子は答えた。

 彼女はプロの漫画家がやるようにまずネームを描いた。ネームとは漫画の設計図のようなもので、コマ割り、キャラクター、セリフなどを鉛筆でラフに描いたものだ。

 魔法を使えない剣道少女が、剣道に応用できる魔法を使って攻めてくるライバルたちと戦うというストーリーだった。

「筆子、この主人公って、筆子そのもの?」と僕は聞いた。小五の夏頃から、僕は彼女を「冬月さん」と呼ぶのをやめ、「筆子」と呼ぶようになっている。

「そのものではないけど……」彼女はいったんことばを切って、首を傾げた。「す、少しは自分が入っているかも……」

 少しではなく、筆子のコンプレックスが物語の核になっていると思ったけれど、それを指摘するのはかわいそうな気がしてやめた。

「また長編になるのかな?」

「短編では終わらないと思う……。でも、インクでちゃんと描くと鉛筆より時間がかかるから、そんなに大長編は描けない……」

 とりあえず筆子は導入部を二十四ページでまとめ、漫画専用紙に下描きを始めた。

 僕もノートパソコンでイラストを描き始めた。自分が美しいと思う絵を描こう、と思った。いろいろ描いて、僕のオリジナルの絵を模索するつもりだった。

 まずは、南極の絵を描いた。何を描こうかと考えていたとき、書店で南極の写真集を見て、その氷の美しさに魅せられたからだ。南極の氷は青く白くきらめいて、宝石のようだった。僕は衝動的にその写真集を買った。

 写真を参考にして、南極の風景とそこにいる愛らしいペンギンを描いた。パソコンで描いても、僕の絵画魔法は有効だった。ソフトを使いこなしているとは言えなかったが、基本的な機能だけで、まずまず見れるイラストが描けた。

「うおっ、春日井くん、うまいな!」

 僕の絵を見て、先輩たちが驚いた。同級生の野村さんもびっくりしていた。

「うまくないです。僕、絵画魔法が使えるんです。この程度、あたりまえです」

「絵の魔法使いなのか」

「はい」

「画家になるのかい?」

「まだわかりません」

「今年の一年生はすごいな。冬月さんもなかなかすごいし、野村さんも……」

 もうひとりの一年生、野村千里もアート系の魔法使いだった。

「私、造形魔法使いなの」と部室で何かのキャラクターのフィギュアを造りながら、彼女は言った。

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