第11話 漫画研究会に入る。
◇中一、春◇
僕は中学生になった。地元の公立中学校に入学した。
筆子もりりかも同じ中学校だった。
中学からは、部活がある。気になったのは、美術部と漫画研究会だった。
筆子がどうするのか気がかりだった。彼女とはクラスが別だった。彼女のクラスに行って、訊いた。
「部活どうする? 何かやる?」
「漫研に入りたいけど、迷ってる……」
「なんで?」
「わ、わたしに、部活なんて、できるのかって思って……」
そう言って彼女はうつむき、押し黙った。
筆子は人づきあいが極端に苦手だ。コミュ障と言ってもおかしくはない。小学校時代はほとんど僕としか話さなかった。僕と話しているときでも、よくどもるし、話し方はとぎれとぎれだ。
彼女は顔を上げて前髪の間からちらっと僕を見た。中学生になっても、彼女の髪型は以前と変わらなかった。あちこち毛が跳ねた黒い髪が腰まで伸びている。小柄で、背もあまり伸びていない。変わったのは服装だけだ。濃紺のセーラー服を着ている。スカーフは薄い青。わりとよくある基本的なカラーの制服だ。
「僕も漫研に入ろうかと思ってるんだけど」と僕は言った。嘘だ。僕は筆子と同じところにいたいだけ。
「え、ほんと?」
「うん」
「春日井くんも入るのか……」
筆子は少し考え込んだ。
「これから一緒に見学に行ってみない?」
「う、うん……。行く……」
彼女はおずおずとうなずいた。
入学式から三日後のことだった。僕は筆子と漫画研究会の見学に行った。
校舎4階の空き教室が漫研の部屋だった。
僕が先頭になって中に入り、筆子はおっかなびっくりといった態で後に続いた。
「こんにちは」と僕は言った。
部屋の中には三人の生徒がいた。男の人がふたり、女の人がひとり。三人とも漫画を読んでいた。部屋の壁沿いには書棚が並んでいて、漫画雑誌や単行本がぎっしりと詰まっていた。
「こんにちは。きみたち新入生かい?」代表者らしい男の人が言った。
「はい」
「入部希望?」
「まだはっきりとは決めていなくて。見学させてほしいんですけど」
「いいよ。まぁ、そのへんに座ってよ」
部屋には普通の教室と同じ机と椅子があって、適当に使っているようだった。僕と筆子は椅子に座った。彼女はまだひと言もしゃべっていない。
漫研の会員たちが自己紹介をしてくれた。
三年生はひとりだけで、山本左近という武将のような名前の男の人。この人が会長を務めている。名前とは裏腹に垂れ目の優しそうな人で、漫画は好きだけど、描かない。読むのが専門だそうだ。文化祭のときに漫研は毎年会誌を出していて、山本会長は漫画の評論を書いているとのことだった。
「感想文みたいなものだけどね」と彼は言った。そして僕と筆子に去年の会誌を一冊ずつくれた。なかなかうまい絵の漫画が載っていたけれど、それは卒業してしまった去年の会長が描いたものだそうだ。筆子はその漫画をじっと見ていた。そして「もういないんだ……」と小さくつぶやいた。残念そうだった。
「僕は気象予報魔法が使えるんだ。普通の天気予報ははずれることもあるけれど、僕の予報は絶対にはずれない。明日のお天気が正確に知りたいときがあれば、訊いてくれ。ただし、わかるのは僕がいるところ限定だけどね」と会長は言った。
二年生がふたりいた。男と女がひとりずつ。
女の人は後藤伊吹という名で、漫画を描く。去年の会誌には十二ページの短いラブコメを載せていた。絵はあまり上手ではなかった。髪型はポニーテールで結び目に大きなリボンをつけている。
「透視魔法が使えるの」と言ったので、僕は驚いた。すごい魔法だ。
しかし、この人がその気になれば、なんでも見られちゃうんだな。うーん、ちょっと嫌な魔法かも。
「この魔法、警戒されちゃうのよね。実際、裸を見れちゃうから、嫌がられるのもわかるけど。でも将来はお医者さんになって、透視魔法をちゃんと活用しようと思ってるのよ。レントゲンいらずで、すぐに異常箇所がわかるから」
なるほど。後藤医院ができたらぜひ行こう。
二年生の男の人は「漆原潔だ」と名乗った。茶色いくせっ毛が特徴的な人だった。
「絵は落書き程度にキャラクターを描くだけ。部室ではたいてい漫画を読んでいるよ」と彼は言った。漫画研究会の部屋だから正確には会室と呼ぶべきなのかもしれないが、なんとなく締まらないので部室と呼ばれているそうだ。
「先輩たちが置いていった漫画本がここには大量にある。今では絶版となった希少本もたくさんあるんだ。ここは漫画の宝庫だよ」
発火魔法の使い手とのことだった。
「百円ライターみたいなものだよ。しょぼくって、泣けてくる」
ちゃんと漫画を描く人がひとりしかいない。それほど活動的なクラブではなさそうだった。
「僕は春日井虹と言います。絵を描くのはわりと得意ですが、漫画のことはあまり詳しくありません。入部するかどうか、まだちょっと迷っています」と僕は言って、筆子を見た。
僕が入部するかどうかは、彼女しだいだった。筆子が漫研に入らないのなら、美術部にしようと思っていた。
「ふ、冬月筆子です……」と彼女は言った。それから僕に向かって小さな声でささやいた。
「にゅ、入部する?」
彼女は入りたがっているように見えた。去年の会誌を両手で握り締めていた。でもひとりで入る勇気はないのだ。
僕はうなずいた。
「入部させてください」
「わ、わたしも……」
「歓迎するよ。うちは一年に一回会誌を出す以外、特に決まった活動はない。部室で好きなように過ごしてもらっていいよ」と会長は言った。
僕たちはその場で入部届を書いた。
その翌日、野村千里という名の女の子の新入会員が入って、会員は全部で六名になった。野村さんはちょっと吊り目で勝ち気そうな感じの子で、赤縁の眼鏡をかけていた。会長は会員が二倍に増えたことを喜んでいた。
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