第6話 不機嫌な中州りりか

 筆子とはその後も何度か一緒にスケッチをした。

 十一月になり、街路樹が紅葉し始めた頃、幼なじみのりりかからメールが届いた。

 今からそっちに行っていい?

 いいよ、と返信した。

 僕の家は地下鉄東西線門前仲町駅から北へ十分ほど歩いた住宅街の中にある。築十五年のごく普通の二階建ての住宅だ。豪華でもなく、みすぼらしくもない。

 土曜日だった。僕は自分の部屋でスケッチブックを広げ、筆子と並んで描いた絵を眺めていた。

 彼女と出会って、僕は絵を再開した。絵が好きになったとは言えないが、悪い気分ではなかった。僕は絵画魔法使いだ。絵を捨てるわけにはいかない。再び絵と関わるようになったのは、良いことだと思う。

 りりかが瞬間移動魔法を使って僕の部屋に現れた。突如出現したわけだが、慣れっこになっているので、特に驚きはない。

 僕は学習机の前の椅子に座っていて、りりかは遠慮もなく、僕のベッドにぽんっと座った。いつものことだ。

「虹は冬月さんと友だちになったの?」と彼女に聞かれた。

 僕は首をひねった。

「友だち、かなぁ? そこまで仲がいいわけじゃないよ」

「でもよく話してるし、放課後も一緒にいるでしょ?」

「絵の話しかしていないし、絵を一緒に描く以外のことは何もしてないよ」

「ふーん」

 りりかは腕組みをした。彼女は背が高くて、腕や脚もすらっと長い。きれいな女の子だ。筆子が転校してくる前までは、まちがいなくクラスで一番かわいい少女だった。今となってはどうだろう。筆子が髪を整えて、おしゃれをしたらりりかよりかわいく見えるだろうか。そんなことを一瞬考えて、僕はすぐにその思いを打ち消した。筆子がおしゃれをするなんて想像もできない。彼女は絵に対する集中力はすごいが、他のことはほとんど気にしていないような女の子だった。

「虹は絵をずいぶん長く描いてなかったよね」

「うん。そうだね」

「その虹にまた絵を描かせたって、すごいことだよね」

「まぁそうかも。でもスケッチを数枚描いただけだよ」

「見せて」

 僕はりりかにスケッチブックを渡した。僕の絵を見慣れている彼女は、筆子のように「うまい」とか「すごい」とかは言わなかった。

「冬月さんって、虹としか話をしないね」

「そうだね。いつも落書きしてるから。絵以外に興味はないみたい」

「絵が好きな子だから、冬月さんが気になるの?」

「別に気になんてしてない」

「嘘。虹はよくあの子を見てる」

「そうかな」

「そうだよ」

 僕はとぼけようと思ったけど、りりかには通用しなかった。確かに僕は筆子が気になって仕方がないのだ。

「あんなふうに夢中になって絵が描けたらいいなって思うことがあるんだ」

「虹はあんまり絵が好きじゃないもんね。絵画魔法使いなのに」

 りりかは僕のことをよく知っている。同い年で、家が近くて、保育所も一緒だった。

「冬月さんも虹のことを気にしてるみたい」

 妙に筆子のことばかり話題にするな、と思った。

「冬月さんのことばかり話すね」

 りりかは不機嫌そうに僕の顔をじっと見た。

「帰るわ」

 そしてぱっと彼女の姿は消えてしまった。何しに来たんだ、あいつ。

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