第3話 仕事を終えて
彼が津山市での仕事を終えたのは、18時。
会社の内部文書作成のため、彼は3冊の本を代表取締役から借りた。彼の両親よりも少し年長で、彼が幼少期を送った養護施設の前施設長(現理事長)と同学年にあたる人物。この代表者は物静かに語るが、言葉にはものすごく力があり、人を見抜く目には半端ないものがある。
ともあれ、その日の交通費等を精算し、日当分を上乗せした現金を得た彼は、津山駅まで移動する途中、隣にできたホテルのWIFI電波を借りてメールをチェックした。そのホテルに併設された系列の居酒屋は、すでに営業を始めている。彼は津山に宿泊するときは、結構な割合でこの居酒屋に来ているが、今日はそのまま帰るため、立寄って一杯飲んだりはしない。
日が長くなってきたとはいえ、雨模様の一日だったこともあり、あたりはすでに暗い。津山駅の改札とホームへの地下通路を経て、彼は帰りの列車に乗込んだ。
雨は、既に止んでいる。
列車は、定刻の18時23分に発車した。彼は列車内で居眠りすることもなく、かといって何か仕事に関わる作業をするわけでもなく、岡山までの67分間をクロスシートのワンボックスを占領して靴を脱ぎ、足を向かいの席に伸ばして過ごした。
この列車は快速ことぶき。岡山までの停車駅はわずかに5つのみ。
往路のバスは岡山市内と津山市内で合計3つの停車場があるが、こちらはそのバスよりもはるかに速く、しかも確実に67分で岡山に至る。よほどのことがない限り、その時間が狂うことはない。加えて、信号にかかることもない。待合せで少し長めに停車するのは単線区間の常で、この津山線もそのような路線ではあるが、幸いにもこの列車の場合、途中の福渡で3分の待合せがあるのみ。
19時30分、快速ことぶきは岡山駅の津山線ホームに定刻で到着した。
この後彼は、岡山駅前のある銀行のATMに寄って用事を済ませ、繁華街のある中央町へと歩いて移動することにした。バスや路面電車に乗ってもいいのだが、そのほうがいいような気がしたからである。
そして幸いにも、晴れの国だけあって、雨はすでに、止んでいる。
雨上がりの宵の口を、彼は、時々行く寿司屋へと向かう。
そのことを見越して、朝出る前に、彼は自宅に確保しているクーポンの冊子を鞄の中に入れている。
不夜城と申すにはいささか暗めな、地方都市の繁華街を歩く。日曜日ということもあって、休業している店も多い。そんな中彼は、十数分散策がてらに歩いて、目的の寿司屋に到着した。なぜか、客数も多い。何とか、いつものカウンターの席が空いていたので、そこに座った。ただし、隣の椅子に荷物を置こうにも、他の客がすでに置いていたため、やむなく、荷物置きのかごをもらって、そのに荷物を下ろした。
彼の隣には、日曜日に来た時によく見かける3人組の男性客がいた。彼より2回り前後年上であろう。見掛けはするが、お互い特に、あいさつするわけでもない。
彼はこの店に来た時、必ず、ヱビスビールを頼む。
この日も彼は、まず、ヱビスビールを頼んだ。
たびたび行く客であるということもあるので、彼が注文を言おうとするが早いか、ビールはすでに、冷蔵庫から出され、栓を開けられるところ。
ほどなくして、ヱビスビールの中瓶1本とグラスが運ばれてきた。
彼は最初の一杯を注ぎ、一気に飲み干した。
そしてさらに瓶から継足し、ゆっくりと飲み始めた。
もっとも、最初の減り具合は早い。
彼は程なくして、料理とともに、ヱビスビールをもう1本注文した。
(続く)
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