第2話 イライラ、イライラ・・・

 歩くこと数分、彼はバス停に到着した。そのバス停の背後には、トマト銀行の本店がある。だが、そのバス停は、「南方交番前」と言われている。

 彼はそのバス停の岡山駅方面への時刻表を見た。


 今日は津山まで、バスで出向く予定。

 列車のほうが本数がはるかに多いのだが、バスのほうが運賃が幾分安いし、乗車中にネット環境があるため、いくらかでも仕事になるから。

 津山行バスは、天満屋バスステーションを10時15分に出発する。

 彼は、南方交番前という、トマト銀行の本店前にあるバス停から岡電バスに乗って、天満屋に向かうことにした。

 幸いにも、バスは定刻より約1分遅れただけでやってきた。

 これなら十分間に合う。

 彼は、そう踏んだ。

 そして、バスの一人席に腰掛けた。


 この日は、あいにくの雨模様。

 岡山は晴れの国と言われるが、それだけに、雨でも降ろうものなら、自家用車の数が晴れた日よりも増えてしまう。しかも今日は、日曜日。バスが、ある地点から思ったように進まなくなった。信号にも、引っかかる。さらに悪いことに、途中のバス停で降りる人もいる。彼が目的地に着くまでの4か所中の3か所で、乗降があった。柳川の交差点前に至っては、そのまま行けば青信号で渡れるところを、降車の年配女性2名のおかげで、また、赤信号になって引っかかってしまった。

 

 彼は、少しずつイライラしてきた。

 

 携帯電話の時計を見る。

 かつて彼は「鉄道時計」と言われる懐中時計を持ち歩いていたのだが、重く、ズボンのポケットが破れることも多かったこともあり、携帯電話を持ち出したころから、時計を持ち歩くことをやめ、携帯のデジタル文字で時刻を確認するようになった。

 しかも彼は、金属アレルギーの気があるから、眼鏡も金属者のフレームは一切使用しない。腕時計もまたしかり。カフスボタンに関しては、皮膚から幾分離れるので、特に荒れたりしないから問題はない。とはいえ、腕回りの短いシャツは使えないし、在庫もない。


 さてさて、携帯電話の時計を見ると、10時10分を回り始めている。

 彼のイライラは、さらに募る。

 天満屋バスステーションの手前のバス停でも、止まるのに少し戸惑っただけでなく、乗降後にまた、目の前の信号が赤になるという目に遭わされた彼、いよいよ、イラつき感を強めた。そしてついに、叫んだ。

 とはいっても、人の迷惑にならない程度にである。そもそも、こんなところで叫んでみて、それでどうにかなる話でないことぐらい、彼はもちろんわかっている。


 なんとか、信号が変わった。

 天満屋バスステーションに、そのバスは入線した。

 それと同時に、止まっていてほしいバスが、既にバス停から消えたのを、彼は確認した。よく見れば、バス停を出て岡山駅方面に向かっているではないか。


 怒りを通り越した彼は、腹をくくった。

 まあしょうがない。次の快速列車で行けば、少し遅れるぐらいで行けよう。

 それで十分、間に合うから、構わん。


 天満屋バスステーションでの乗降者を終えたバスは、再び走り始めた。さっきのバスと同じ道を、このバスも走っている。イオンモール岡山前のバス停でも、乗降に少し手間取ったが、何とか、岡山駅に着ける。

 彼は、ふと左側を見た。

 何と、乗る予定だった津山行のバスがいるではないか!

 しかも、同じ信号で引っかかっている。

 信号が青に変わった。

 西口方面へと左折する津山行バスと、岡山駅前のバスステーションに入るこのバスは、それぞれの目的地へと向かう。彼は、岡山駅前に到着したそのバスのICカードタッチのパネルに自分の持っているICカード(ハレカ)を叩きつけるようにかざして、バスを降りた。


 その後、彼は地下に向かう階段を降り、地下道を、西口のバス停へとひたすら走った。年齢のこともあってか、日頃の疲れもあってか、足腰にこたえる。彼が若い頃、青春18きっぷなどで列車の旅に出て、長時間停車の駅で硬券の入場券を買うべくホームや跨線橋を走っていた頃のように、ひたすら、走った。

 だが、「往年の勢い」は、もうない。

 それでも、何とか、西口側のバス乗り場前まで来た。

 

 幸いにも、あのバスは止まっている。

 しかし、困った!

 彼は朝から、コーヒーのペットボトルを飲んでいた。

 そのためか、尿意が限界まで来ている。

 目の前には、幸いにもトイレがある。

 彼は、ためらうことなくトイレに飛び込み、用を足した。

 出られたら、しょうがない。この後の快速ことぶきで津山に向えばよい。

 それでも何とか・・・!


 手を洗う間もなく、彼はトイレを飛び出した。

 バスはすでに、乗り場から出ていた。

 しかし、しかし、しかし・・・、

 幸いにも、バス停に向かう横断歩道の前で、一時停止していた!


 彼は、バスの出入り口で運転手に合図した。

 幸いにも、ドアが開いた!

 「これ、津山行ですよ」

 年配の運転手が告げた。

 「はい、これで宜しくおねがいします」

 「じゃあ、どうぞ」

 かくして彼は、津山行のバスに乗車できた。

 そして彼は、津山まで約90分、バスの最前列左側の席に陣取り、リクライニングシートをいささか倒して、タブレットでネット情報を検索しつつ、時には休みつつ、車中の人として過ごした。


 バスは、無事に津山駅に到着した。

 客は、7人か8人ほどだった。

 手前の津山バスセンターで降りることも可能だが、この日は、全乗客が津山駅前まで乗車した。

 彼は、すべての乗客が降車した後、運転手から乗車証明書を発行してもらった。

 これは、会社の経費精算のためである。


 運転手氏は、彼に声をかけた。

 「いやあ、今日は岡山駅前に到着した時点で2分遅れていたからねぇ。とりあえずお客を乗せて出発しようとしたところでしたわ。それにしても、ぎりぎり間に合って、よかったですな」

 彼は、答えた。

 「こちらとしては天満屋で乗るつもりでしたが、岡電も遅れていまして、まあ、しょうがないかと思っておりましたが、幸い、イオン前で見かけましたから、いちかばちか、西口に走ってみようと思って、でもまあ、トイレはしゃあないと思ってトイレに行って出たら、あそこで止まってくれていたから、本当に、助かりましたよ・・・」


 その後彼は、駅前に数年前に開店したカフェに行き、アイスコーヒーと「おぐらトースト」を頼んで、昼食代わりにした。というのも、彼は朝6時に開店する朝ラーメンの店ですでにラーメンと卵かけご飯を食べていて、それほど空腹感がなかったということと、13時から約3時間ほど、高校生の地歴公民に関わる指導があるため、食べ過ぎて眠くならないように。ざっと、そのような事情があったからである。

 少しの時間、彼は次作の最終校正を手掛けた。あまり時間がないので、形式面のミスがないかどうかをチェックするにとどめた。前回の修正依頼箇所が修正されているかどうかは、先日出版社からメールで送られてきた段階で、既にチェック済。やるべきチェックは、ごくごく短時間で終わらせることができた。

                           (続く)

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