それぞれの思惑
廃都メギナ・ディートリンデ。
名は体を表すというが、廃都という名とは異なり、その都にさびれた様子はない。
多くの呪族が生活するその場所は、人の国家とは違う文化形態を持ちはするが、それでも明確に都市として整備されていた。
その街で何よりも目を引くのは、都市の中央に位置する巨大な塔だろう。
街の建物とは比較にならないほどに高い。槍の穂先を思わせる光を反射しない黒い建造物は、街のどこにいても目に入る。
権力者という生き物は
金があり、時があり、暇を持て余せばでかく巨大な建造物を造り、高みから人々を見下ろしては悦に入ることしか能がない。
この塔もその例に漏れず、権力者の象徴たる存在か。
いいや、違う。
この塔に権力者は住まわず、また象徴としての役割も期待されていない。
ただ街に強固な結界を張る魔法的装置として、また地下に広がる真なる都市への入り口としての役割を期待されているに過ぎない。
ああ、驚くべきかな。
大都市と呼ぶに相応しい地上の都市は氷山の一角でしかなく、真の廃都はその地下にこそ広がっている。
その巨大さは実に地上都市の二十倍という馬鹿げた規模で、およそ現在の技術で同じ物を作り出すことはできないだろう。
そしてその都市よりもさらに地下には巨大な空洞が広がり、そこに
現在はその都度選ばれる呪族の統率者が住まう場所だ。
度重なる改修を経ているが、それでも
特に謁見の間は、大幅な改修が禁じられ、現状を維持する補修作業のみに留められて当時のまま残されていた。
真夏の日中ですら冷たい空気が漂い、ふと気づけば、いるはずのない玉座の主の息遣いを感じかねない。
「何度訪れても身が引き締まるるね。外とははまるで空気が違ううるるね。くひっひ」
伝説の中に存在した偉大なる王の存在を幻視するように、玉座の前で男が言った。
妙に舌ったらずな話し方だが、活舌が悪いというわけではない。人の皮を被った何かが無理矢理に人の言語を真似ている、そんな気配。
それもそのはずで、男は人ではない。
羊のように丸くとぐろを巻くような黒い角が二本、こめかみから生えていることから、黒蟲族と分かる。
神経質そうに体を揺する彼の体はほとんど露出していなかった。
体の線が分からないほどたっぷりと布を使った貫頭衣を着こみ、口元は薄布で隠され、両の手すら手袋で覆われている。全身が黒に塗りつぶされる中で、唯一白銅色の肌が見えるのは目元だけだ。
「ウベルト、は、早いな……」
呼びかけられた貫頭衣の男……ウベルトは振り返り、声の主を視界に認めるや露骨に眉をしかめた。
「こんにちちは、ダナ。くひっ。早いのではななく、あなた方がが遅いんだよ。主命による集合だとというのに、ずいぶんとゆっくりだねね?」
「そ、それは、準備が、色々ある……他のやつも、来てない……」
現れたのは屍狼族のダナ。
この男の場合は活舌の問題だろう、きちんと言葉を発するために、短く区切る癖がある。
遅参は遅参だ、とウベルトの目は語っていたが、それ以上の言葉を重ねないのはダナという男との相性の問題か。
ウベルトのダナを見る視線は嫌悪のそれだ。
青白い肌をさらに蒼白にしたダナは、背中を丸めてきょろきょろと当たりを見回し、入り口に二つの人影が姿を見つけて助けが来たと目を輝かせた。
「い、イグナーツ! り、リーゼロッテ……!」
同じく遅くやってきた仲間を見つけたわけだが、その仲間である二人もダナを見るや嫌そうな顔をしているのだから助けとは言いづらい。
イグナーツは死鬼族の偉丈夫で、服の上からでも筋肉の隆起がよく分かる男だ。
背丈は異常に高く、丸太のような手足が動く度に地面が揺れているのではないかと錯覚してしまう。その姿はまるで筋肉の城塞を連想させた。
もう一人のリーゼロッテは妖剣族の女性だが、女性にしてはやや大きい。身長も、つんと上向く双丘もだ。
褐色の肌に白い髪が映えるが、残念なことに短く刈り込むことで女性らしさはやや減じられていた。それでも、妖艶な上品さを纏う立ち姿は劣情を掻き立てる。背中に背負った身の丈ほどもある無骨な剣がなければ、きっと多くの男が恋を囁くことだろう。
「遅いよよ、二人とも。くひ」
ウベルトの声には非難の色。
近づくなりダナを邪魔だと突き飛ばしていたイグナーツは、面倒臭そうに頭を掻いた。
「文句を言われても困るな。俺達は前線から舞い戻ってきたんだぞ。これでも早いほうだ」
「その通りですわ。城に詰めているだけのあなた達と比較されても困りますわね」
リーゼロッテも同意した通り、二人はつい半日前までヒルデリク王国軍との最前線で指揮を取っていた。
コルネリアの最優先命令に従って虎の子の飛竜で文字通り飛んで帰って来たのだ。無理をさせ過ぎて飛竜が数匹潰れ、都度乗り換えてきたのに文句を言われる筋合いはないと態度で示すが、ウベルトはそれすら鼻で笑った。
努力は当然、結果が伴わなければ意味がない。
頑張ったから許すなど、ウベルトの辞書には存在しない言葉だ。
「城に着いた後、どこで何をして、していた? 食堂で酒をひっかけていたののは、お前たちではないとでもも?」
その言葉に、二人の顔色が変わった。
どちらも焦りではない。
リーゼロッテは呆れ、イグナーツは怒りだ。
「まぁたやりやがったな、てめぇ。こそこそと人の監視ばかりしやがる陰険野郎が……」
言葉と同時にイグナーツの体を青い光が包む。
全身からにじみ出るほどの魔力だ。
すると、イグナーツの服の隙間から小さな虫が悲鳴を上げて飛び出した。
イグナーツは太い指で器用にその虫を摘まむと、ウベルトに見せつけるように握り潰す。
「痛いなな、くひっ……やめてもらえるか、それ、私の体の一部なんだよよお」
「お前もこれと同じにしてやろうか、あぁ?」
イグナーツの岩のような拳に力が込められ、何かを砕くような奇怪な音が響き渡る。
強靭な筋肉を力任せに圧縮させ、硬い拳を作り上げることで発生している。信じられないことに、ただ純粋な肉体の動作から発生する音だった。
「その言葉、そっくりそのままお返ししするよお」
ウベルトもまた冷やりとした声を漏らすと、両手をわずかに広げた。
しゃらりと金属の擦れる音が鳴り響き、たっぷりとした服の下で何かが
「と、止めなくて、いいのか……?」
「放っておけばいいでしょう。いつものことですし、どちらが死んでも大した問題ではありませんもの。それより、話しかけないでくれますか? 同じ空気を吸うことすら気分が悪いんですの。できる限り呼吸を止めていて下さいませ」
「む、無理を、言う……」
「本気ですわよ?」
彼女が真実そう思っている事はダナにも分かっていた。
ここにいるのはダナを含め、全員が一族の君主だ。
それぞれが一族をまとめる実力者であり、最大戦力。
自身の力に絶対の自信と、種族を率いる矜持を持つだけに、折れるということを知らない。
むしろ自分さえいれば他はいなくてもいいと思っている節がある。
彼らにとって協調性など笑い話でしかなく、どんな死地でも助けを求めることなく、散歩気分で独りで歩き回るだろう。
ただし、ダナを除いてだ。
戦う力ではなく、知恵で君主に選ばれたダナは戦闘力において三人に大幅に劣る。
同じ一族の中で数えても、半分より下といったところだ。
死を越えるごとに力を増すという種族の特性ながら、いつ限界を迎えて死ぬか分からぬがゆえに、死を忌避して逃げ回る臆病者だった。
だからこそ軽んじられているわけだが、ダナはいつものことだと割り切る様に、乾いた笑いを口元に貼りつけて嵐をやり過ごしていた。
だが、いつもなら季節外れの嵐のように長く続くかと思われたそれは、存外すぐに終わった。
イグナーツとウベルトが全身に緊張を漲らせ、いつ開戦してもおかしくないというタイミングで、王座の後ろにある扉が開いたのだ。
王の居室へと続くその扉から出て来るのは、当然呪族の現統率者であるコルネリア・ヘルミーナその人……ではなかった。
男がいた。
真なる闇。
震撼せし恐怖。
あるいは絶望の体現。
彼を目にした瞬間、四人の全身に駆け抜けた感情が如何なるものであったのか。
少なくとも、その男を尋常の存在と思った者は誰一人として存在しなかった。
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