己を知り敵を知れば

  結果的に言えば、やはり情報を得るという行為は大切だと再認識させられた。


 アルバートの記憶と融合することでこの世界の一般常識を理解したつもりだったが、本の虫になっている間に立派な時代遅れになっていたのだ。


 というより、もはや化石と言っていい。


「つまり、エルメニア帝国が崩壊したのが二千年前ということで間違いないか?」


「そういう建前です。正直に申しまして、ロゼリア神聖帝国が箔をつけるために数字を盛っていると判断したほうがよいかと。エルメニア帝国崩壊後、当時の帝国の大神官が信者を集めてロゼリアを建国したのは間違いない話のようですが……神の声を聞いただの、五千年不滅の約束をしただの、話半分でも言い過ぎな国ですよ。それでも、近隣の歴史書から見るに、最低でも五百年前には存在していたようです」


 それ以上前の歴史は周辺国家の衰亡すいぼうとともに失われていて分からないらしいが、コルネリアは二千年は言い過ぎだと懐疑的だ。


 確かに、宗教が絡むような国であればどんなプロパガンダをしていてもおかしくない。


 そういう歴史は前の世界でも散々見てきた。どんなに優れた宗教であっても、政治と権力が結びつけば醜悪になり下がるものだ。


 いや、むしろ宗教だからこそとも言える。

 腐敗しない宗教など存在するわけがない。


 より権力を、より金を、追い求めた先に自己の増大を招き、宗教は捻じ曲げられていく。

 己に都合の良い改変が横行し、同じ神を信じる者でも教えが異なる。

 その結果が宗教論争であり、宗教戦争である。


 ああ、なんと愚かしいことか。

 馬鹿げた話だが、それは厳然たる事実だ。


 アルバートが鏖殺墓地カタコンベに潜る前、エルメニア帝国の大神官の権力が増大し、帝国皇室との確執が絶望的な状況になっていた。


 じきに戦争が起き、場合によってはエルメニア帝国が地図から消えるなどと噂されていたくらいだ。


 仮にアルバートが鏖殺墓地カタコンベに潜ったと同時に帝国が崩壊したとして、そこから最低五百年。眉唾を信じるのであれば二千年が経過していることになる。


「浦島太郎もびっくりだな」


「は、うらしま……? それはどなたでしょうか?」


「いや、気にするな。ただの戯言だ」


 案ずるなと身振りで示しつつも、二千年という月日にアルバートは眩暈を覚えていた。


 元々アルバートの知識も限定的だった。一介の冒険者に世界情勢の詳細を知る由もない。それでも土台とする情報があるのとないのとではまったく違う。


 これではまるで、まったく知らない世界に放り込まれたようなものだ。


 コルネリアが従順に情報を提供してくれているから助かっているが、それでも足りるとは言えない。むしろ主観混じりの情報では精度の面で不安が残る。


 必死に役に立とうとする少女の情熱には申し訳ないが、アルバートは早々に他の情報源の確保を検討していた。


 そうとも知らず、コルネリアは目を輝かせる。


「そ、それで、呪術王カース・ロード様……我ら眷属、すべからく呪術王カース・ロード様の剣となって戦う覚悟ができております。まずは皆にそのご尊顔を拝謁させて頂ければ幸いですが‥‥その、如何いかが致しましょうか?」


 何を言っているのかよく分からず、アルバートは目を瞬かせた。


 どうにもコルネリアとアルバートの間には相互理解というものが欠けている。彼女が求めているものがよく分からず、どう説明したものかと悩んだが、ふとコルネリアの言葉にひっかかりを覚えた。


「眷属と言ったか?」


「はい、我々は呪術王カース・ロード様が生み出された呪族の末裔……過去の英霊達には力及ばずとも、呪術王カース・ロード様の眷属である誇りは忘れておりません!」


「ふむ。末裔か……」


 アルバートの時代にも呪術王カース・ロードの眷属と呼ばれる存在はいた。


 数十年、百年の単位で時折ふらりと出現しては、世界に大きな傷跡を残す災害級の化け物達である。


 呪術王カース・ロードの復活まで世界のどこかに居を構えて隠れているという噂があったが、どうやらいまの時代まで生き延びていたらしい。


 コルネリアの言葉から推測するに、恐らくは何者かと戦争中。

 それもひどく劣勢にあるのだろう。


 世界の敵、呪術王カース・ロードの眷属。

 敵対するとなれば人間。根拠地まで攻め入られているとなれば、その戦いは種の存亡をかけた規模のはずだ。


 その裏付けに、呪術王カース・ロードと名乗ったアルバートの登場にこれだけ喜色を示している。


 呪術王カース・ロードへの畏敬というには過剰すぎ、危機を脱する希望ゆえと考えるのが妥当だった。


 そこまで考えてアルバートが懸念したのは、敵の規模だった。


 眷属の力が衰えているという論調だったが、それにしても呪術王カース・ロードの眷属だ。そう弱いとも思えず、ただの人間の力で対抗できるとは思えない。


 アルバートの時代でも、呪術王カース・ロードの眷属に対抗していたのは一般の兵士や国家ではなく、一騎当千の力を持つ個人だった。


 実力はピンキリだが、果たしてどれ・・が来ているのか。


「敵は人間だろうが、眷属達をここまで追い込むとはかなりの強者だろうな。英雄級……いや、聖人級か……なるほどな」


「さ、さすが呪術王カース・ロード様、あらゆることわりを理解される魔導の王と謳われるはずですね! 私どもの窮状をすべてご存じとは……!」


 感動に身を震わせるコルネリアに、少しばかり腰が引けた。


 アルバートにしてみれば得られたピースを繋ぎ合わせて引き出した当たり前の回答だ。


 どれほどの戦力がやって来ているかはわからなかったが、英雄級と口にした瞬間のコルネリアの顔色で違うと理解できたから一段階上の聖人級に言い直しただけである。


 だが、これで人の強さにおける価値観はアルバートの生まれた時代とそう違いがないことが分かった。


 人の最高峰である英雄級、人を超越した聖人級、そして伝説に謡われる規格外達のために無理矢理に作られた王級だ。


 有名な王級だと呪術王カース・ロード聖騎士王ルイン・ロード破壊王バラケロ・ロード暗手王レイム・ロード……どれもこれも人の枠に収まらず、神に近しい力を持つと言われた者達だ。


 彼ら相手に己がどれほど戦えるかは分からないが、そんな奴がごろごろいるわけもない。


 少なくとも、かつての王達は死に絶え、呪術王カース・ロードの時代からアルバートの時代に至るまで、王に至る者は現れていないはずだった。


 さらに言えば、戦力の逐次投入など愚策中の愚策であり、薄氷の上でステップを踏むほどに愚かしい行為だ。世界の敵の眷属を滅ぼすために送られる戦力は人類の最大戦力、またはそれに近しいものと考えるのが妥当だろう。


 いま戦場に姿を見せているのが聖人級であるならば、それ以上の存在はいまの時代に存在しない、または動けない状況にあると推測できる。


 ひとまずの情報整理を終えると、熱っぽい視線に気づいた。

 憧憬、あるいは妄信、その類の瞳に閉口して釘を差す。


「吾輩とて、すべてを知っているわけではない。当たり前だが、知っていることだけしか知らん。現にこの世界の常識をお前に聞いているだろう」


「そんな、ご謙遜されずとも……緊張する私を落ち着かせようという配慮、ありがたく存じます」


「そうか、うむ……配慮か。まあ分かればいい」


 これは駄目だ、折れない。

 アルバートは早々に理解させることを放棄した。


 舐められるならともかく、過大評価をされている分にはまだいい。狂信者とは恐ろしい生き物だと思うが、その反面都合がいいと割り切ることにした。


「ずいぶんと追いつめられているんだろう。ここで時間を浪費するのも惜しいのではないか?」


「仰る通りです。すでに敵軍は呪術王カース・ロード様の都、廃都メギナ・ディートリンデまで1日の距離に接近しています。遅滞戦闘は行っていますが、良くて2日ほどしか時間は稼げないでしょう」


「そうか。ならば早速行動に移るとしよう。軍議を開くゆえ、眷属達を一同に集めよ。遅滞行動も不要、戦闘は避け、全軍を我が元へ参じさせろ。戦闘中止より以降は撤退を優先だ。一兵卒たりと損なうな」


「ははっ!」


 やる気に満ち満ちた表情で踵を返し、コルネリアは颯爽と部屋を後にした。


 自分達のルーツであり、尊敬する呪術王カース・ロードからの直々の命令だ。種の絶滅を確信せざるを得ない状況だっただけに、体の奥底から噴き上がる戦意を堪えることができなかった。


 しかし、そんなコルネリアとは真逆に、当の呪術王カース・ロード……アルバートは冷ややかにコルネリアの背中を見送っていた。

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