第3話 大門団長に証券口座の開き方を教えてもらう。

 僕は、吟子師匠から渡された地図を片手に持ち、都心から少し離れた住宅街の中を彷徨っていた。

「……この辺のはずだけど」

 そして、目的地で足が止まった。

 『白銀しろがね』という大きな表札の向こうにあったのは――木造の大きな一軒家だった。庭には、今は使われていないようだったが池のようなものまである。ここにこんな家を建てるのに、何億円かかるのだろうか。

「……なんだ、この豪邸」

 だが、僕は同時にどこかうら寂しさも感じていた。吟子師匠からは一人暮らしだと聞いていたのだが、一人で住むにはどう考えても大きすぎる家だ。少しためらってから、僕は門の横にあるインターフォンを押す。

「すいませーん……」

「でーん、でっでっでー、でっでっでー」

 いきなり、どこからともなくスピーカーを介したような音楽が聞こえてきた。ファンファーレのような壮大な……どこかで聞いたことがあるような気がする。なんだ、この音楽?

「ほわんほわん、ほわーん、ほわわほわわーーん」

 そして、音楽はサビのようなトランペットパートへ差し掛かる。すると、二階の窓から突然、ぶかぶかのサングラスを被った吟子師匠が顔を出して――いきなりエアガンを乱射してきた。

 ズガガガガガガガガ!!

「うわわわわわ! うわわわわわ!」

 僕は驚いてステップを踏む。横から爆発音まで聞こえてくる。

「ひい!」

 振り向くと、やはりそこにもスピーカー。僕は精一杯声を張り上げて吟子師匠に抗議の意を示した。

「な、なんですか吟子師匠! いきなりエアガンを乱射して!」

 そこで吟子師匠はやっとでかいグラサンを外した。

「これ? 大門団長リスペクトよ。ちょっと西部警察観てたから」

「……え?」

「知らない? 西部警察」

「あ、あんまり……」

 僕でさえ名前しか知らないドラマだ。確か、石原プロが何十年も前に作ってたドラマだったように思う。てことは、あのサングラスが渡哲也の演じる大門団長みたいだってことか……。吟子師匠の年齢を考えると時代が違うように思うんだけど。

「わたしの弟子になるなら、西部警察は必修科目だから、後で観ときなさい」

「はあ……」

 株と西部警察にどう関連があるのかわからなかったが、師匠が言うのなら仕方がない。

「じゃあ、入り口開けるから、中に入って」

 吟子師匠がそう言うと、玄関の門が自動で開いた。


 庭の中を色々観察しながら扉を開いて家の中に入ると、もう吟子師匠が一階リビングのパソコンの前に座っていた。四面程度の大きなディスプレイが備え付けられていて、いかにもトレーダーの仕事場って感じだ。

「こんにちは、吟子師匠。それにしても立派な家ですね……」

「ま、色々思い出がある家なわけさ」

 吟子師匠は、過去を振り返るような遠い目をした。

 どうやら、ずっと一人で住んでいたわけではないらしい。

「さ、それじゃ、パソコンでやることやりましょ。ここに座って」

「……はい」

 僕は、吟子師匠に導かれ、パソコンの前に向かう。

 その背後で吟子師匠が腕組みしながら、一挙手一投足を見守る形だ。

「あの、吟子師匠。最初に聞いていいですか。証券口座を作るのって、難しいですか?」

「ぜんぜん。手間ってほどじゃないわ。最初にお金を入金する必要すらないし。でも、その手間を惜しんで二の足を踏む人が多いのよね。あ、ちなみに、証券会社には『対面証券』と『ネット証券』の二種類があって、実際に証券マンに話を聞いて口座を作ったり取引するのが『対面証券』。対応してくれる人の分だけ人件費もかかるから、取引した時の手数料とかも高くなるわけ。今どきは、ネットで情報が溢れてる時代だし、スマホでだって取引できるんだから基本は『ネット証券』がいいと思う」

「なるほど……『ネット証券』で検索、と……。わわわ、吟子師匠、証券会社がいっぱい出てきましたけど……ど、どこにすればいいんですか?」

「どこのネット証券にするか……まあ、色々あるけど、素直に大きなとこにしとけばいいんじゃない。ちなみに日本での口座開設数は1位がSBI証券、2位が楽天証券。その辺りは競って手数料を下げたりしてるから好みで決めれば? いっそ、『やさしい株のはじめ方』みたいな解説サイトを見て、キャンペーンをやってる会社とかで選ぶのもいいかもね。後々証券口座は複数開くことになると思うし」

「え、口座って複数開けるんですか?」

「銀行口座だって、一人がいくら開いてもいいでしょ。あ、後日説明するNISA口座は一人につき一つだけどね。じゃあ、証券会社のホームページに行って」

 そして、僕は適当な証券会社のホームページに飛んだ。

「『口座開設』ってのがあるでしょ。そこに行って」

「はい」

「そしたら、氏名とか生年月日とかを入れる欄が出てくるから入れて。マイナンバーカードは持ってるって言ったわよね?」

「あ、持ってきました」

 去年、マイナポイントとかいうキャンペーンに合わせて作るだけは作ってあったのが幸いした。

「うんうん。じゃあ、そのカードの画像と、自分の写真をスマホで撮ってアップロードする感じね」

「なるほど、じゃあまず、自分で写真を撮影して、アップロード……」

 僕が自撮りしようとしたその時だった。

「あ、撮ってあげる」

 吟子師匠が手を差し出す。

「は、はい、よろしくお願いします」

 こういう時に、師匠がいることのありがたみを感じるな。

 僕は、吟子師匠に自分のスマホを渡し、びしり、と背筋を伸ばす。

「じゃ、じゃあよろしくお願いします」

 そして、吟子師匠はカメラのボタンに手をかけ――

「はーい、アヘ顔ダブルピース」

「……えっ、えっ……?」

 僕は、慌てて白目を剥き、舌を出し、両手でピースを作って吟子師匠のカメラに向ける。

「ぶふーっ」

 吟子師匠が吹き出す。

「あはは! 本当に! こいつ、本当にやりおった! あ、アヘ顔ダブルピースで! アヘ顔ダブルピースで証券会社に写真を送ろうとしておる!」

「か、からかわないでください!」

 吟子師匠にたっぷりからかわれた後、気を取り直して僕は真面目な写真を撮る。

「これでよし、と……じゃあ、口座開設に戻って……あ、師匠! この選択肢がわからないんですけど」

「んー?」

 そこには、口座を開くときの選択肢が三つあった。

 ・『特定口座 源泉徴収あり』

 ・『特定口座 源泉徴収なし』

 ・『一般口座』

 すべて聞き覚えのない言葉で意味がわからない。

「この違いがわからないんですけど……」

「なるほど、初心者にはわからないわよね」

「……もうやめたいです」

「速いな! 意気地なし!」

 そして、吟子師匠は僕に言った。

「んー、これね、あたしの持論だけど、迷ったら『特定口座 源泉徴収あり』でいいと思う」

「これって、どう違うんですか?」

「まず、『一般口座』は自分でめんどくさい税金の計算をする設定。これは基本的に法人とかが使うもので、個人が作るメリットはほとんどない」

「はい」

「で、選ぶべきは特定口座の二種類なんだけど、この中で『源泉徴収あり』を選ぶと儲けが出る度に税金が自動で徴収される。20%ちょっとね。ただし、どんなに儲けても確定申告は必要ない。『源泉徴収なし』は儲けが出た時には源泉では引かれないけど、年間で20万以上儲けた時に確定申告が必要となる」

「そしたら、もし20万以上儲けが出なかったら、なしの方がいいんじゃ?」

「んー、でもあたしが教えるんだからそんなのすぐ越えるでしょ。それに、20万以上行っても確定申告すればいいや、なんて考えてると落とし穴があるわ」

「え?」

「あんた、会社辞めたんだから自営業になるわけでしょ? そしたら、『源泉徴収なし』を選んだ時は、確定申告した時にその所得が総所得の中に参入されてしまう。つまり、国民健康保険料やら住民税やらががっぽり取られちゃうってわけ」

「あ、そうか」

 会社員をやめたばかりで実感がなかったけど、これからはそういうものも払っていくことになるんだな。

「『特定口座 源泉徴収あり』にしておけば、株の儲けは所得に参入されないから住民税とかも少なくて済む。ちなみに、前回説明した『配当金』も口座内で受け取る設定(株式数比例配分方式)にしておけば、さらにめんどくさくないからおすすめね」

「はい……よしっと」

 そして僕は、先ほど撮った写真をアップロードして申請ボタンを押す。

「これでできた……のかな」

「はい、おめでとう。マーケットへの一歩ね」

 吟子師匠は、僕に向けてにっこりと微笑んでくれた。とても優しい笑みで。

「じゃあ数日経って、封筒とか必要書類が届いたらレッスン2に行きましょう。ま、それはオンラインでいいかもだけど」

「これで、申し込めたのか……」

 思ったより簡単だった。確かに、これだけのことを僕は今まで知らなかった。いや、知ろうともせずにいたのだ。

「ねえ凡太。あんた、株って、ギャンブルだと思ってる?」

 吟子師匠はいきなりそんなことを聞いてきた。

「え? 違うんですか?」

「ギャンブルじゃないわ。だって知識さえあれば勝てるんだもの。逆に言うと……ギャンブルだと思って相場に挑む人が負けるのよ」

 その言い方に、少し身震いする。逆に言えば、知識もなしに飛び込んではいけない場所だということかもしれない。大変なところに来てしまったような感覚。

「あの、吟子師匠、このあとは……」

「あ、ちょっと待って、電話が来たから――」

 ビットチューンで、西部警察のメロディが流れる。すると、吟子師匠はスマホを取り出して通話に応じた。

「……何よ。え? 全然大丈夫だってば。そんなに心配しないでも……これから来るの? まあいいけど」

 そして、いくらかの会話の後、吟子師匠は通話を切る。そして、僕に向かって言った。

「……めんどくさいやつが来るみたいだから、凡太、あんたはすぐ帰って」

「え?」

「見つかると色々とめんどいことになるの。はやくはやく」

「あ、ちょっと、ぎ、吟子師匠!」

 そして、僕は背中を押され、気が付くと追い出されるように吟子師匠の家から出されていた。

「なんだってんだろう……」

 ま、申請はしたんだし、あとは書類とかが到着するのを待つだけか。

 そして僕が帰り道をとぼとぼ歩き出した。その時だった。

 道の向こうから、一人のイケメンっぽい若い青年が吟子師匠の家の方に向かって来る。

 その青年は、道をよけることもなくまっすぐ歩いてくると――僕にそのままぶつかった。

「あ、いた、すいません……!」

 思わず、僕が謝ってしまったその時だった。

「なんだ、お前」

 凶悪な目付きで青年が僕を睨んできた。

 え、ていうかなんでこの人、明らかにタメ口なの? どうみても僕の方が年上だよね?

「いえ、特になにも……」

「……悪いな。俺は急いでるんだ。……師匠の危機なんだ」

「どうもすいません……」

 また謝ってしまった。

 そして、青年はスタスタと歩き去っていく。

 それにしても、この人にも師匠がいるんだ。最近は多いんだな、弟子を取ってる人。

「はあ」

 僕は、空を見上げる。

 昼間の月が、大きく浮かんでいた。

 結婚詐欺で人生に絶望して死のうとしていたはずの僕。

 だけど、なんだかあっという間に、変なところに来てしまった。

「……なんなんだろうな、この数日は」

 だけど、正直なところ――

 少しだけ、わくわくもしていたのも事実だった。


 青空を透かして月が、まるで僕を嘲笑うかのように白く光っていた。


 <今日のまとめ>

今回は証券口座の開き方でした。初心者が証券口座開設の時に悩むのは

「特定口座 源泉徴収あり」

「特定口座 源泉徴収なし」

「一般口座」

の違いかと思います。ですが、迷うくらいなら「特定口座 源泉徴収あり」でいいと思います。サラリーマンの人でも確定申告の作業をカットすることができます。

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