第2話 そもそも、株ってなんだろう?

 吟子師匠に飛び降りを止められた僕は、師匠から詳しく株の話を聞くためにファミレスに入っていた。

 夜のファミレスは閑散としていて他に客もいない。

 ドリンクバーを頼んだ吟子師匠は、僕の目の前で嬉々として、ぶくぶくぶく、とメロンソーダにストローから空気を吹き込んでいた。緑の液体が、まるで地獄の釜が煮え滾るみたいに弾ける。

「……それで、あの……吟子さん」

 僕がそう呼ぶと、吟子師匠はストローから口を離し、露骨に不機嫌そうな顔をした。

「ああ? 今何て?」

「え、な、なにか……」

 僕は、まずいことを言ってしまったかと思い萎縮する。すると吟子師匠は、メロンソーダからストローを取り外すと――

「わたしはもうあんたの師匠なんだから師匠のことは師匠って呼びなさい。吟・子・師・匠。いい?」

 そう言いながら、ストローでテーブルをトントンと叩く。

「……はい、吟子師匠」

「よろしい」

 そして、吟子師匠は満足げに、むふー、と鼻息を荒くする。

 どうやら、呼び方がお気に召さなかっただけのようだ。僕はほっと胸を撫で下ろす。

「で、何よ凡太。何か聞きたそうだったけど」

「……あ、はい。その、吟子師匠はどのくらい株に詳しいんですか? パッと見、女子高生にしか見えないんですけど……ってか株ってその年齢でもできるんですか?」

「未成年なら基本的に親権者の同意が必要だけど、何歳だって口座を開くことはできるし、15歳以上になれば取引の主体となって売買することも認められてるのよ。わたしはもう16歳だから何一つ問題ないし、そもそも株の研究だけなら物心ついた時からやってるんだから」

 そう吟子師匠は一息に言い切った。というか、16歳って本当に女子高生だったのか。

「ていうか、あんたこそその年になるまで何してたの。銀行預金しかしてないなんて」

「……その、毎日何も考えずに社畜してただけで……」

 僕が言うと、はあ、と吟子師匠は溜め息を吐く。

「今のメガバンクの普通預金金利、知ってる?」

「いや、考えたことも……」

「年0.001%よ。年0.001%!! つまり100万円を1年間預けても、つく利息はたったの『10円』! しかも、資産を全部現金で持つってことは、インフレリスクに対してノーガードになるってことでもあるわけ。わたしから見たら、資産を何百万も持ってるのに預金しかしてないのははっきり言ってアホね。それに……トマス・ピケティっていう経済学者が『21世紀の資本』って本で言ったこと、知ってる?」

「いえ、全然……」

「『R(資本収益率)>G(経済成長率)』。これは、労働者がどんなに頑張って経済を成長させても、それは資本家が得る資本の成長率に勝てないってこと。つまり、労働者側にいる限り、あんたは永遠に搾取され続ける立場なのよ!」

 吟子師匠は、びしい、と僕にストローを突き付ける。

 僕は、額に飛んできたメロンソーダをおしぼりで拭い取った。

「……なるほど……でも、とにかくわかりました。少しは株を勉強した方がいいんだなって。僕……今まで漫然と生きすぎてたんだなって思いました」

 吟子師匠はそれを聞いて満足げに頷く。

「うむうむ。それじゃ聞くけど凡太、あんたは今、株ってものに対してどんなイメージを持ってる?」

「えっと……映画とかニュースでの知識だと……なんか取引所みたいなところでスーツ姿の人が合図を送ったり、紙束が舞ったりして……」

「うわーーーーっ! 昭和か!!!」

 元号を叫びながら吟子師匠は天を仰いで頭に手を当てた。

「昭和だー……」

「そんなに時代遅れでしたか?」

「そういう『立ち会い取引』は1999年に完全に終わってるの。なんでそうなるわけ? 化石って歩いてるのね……びっくりした……」

 吟子師匠は心底呆れたように呟く。

 なんか、吟子師匠にこうやってなじられるの、ちょっと癖になりそう。

「いい、そもそもね、会社の形態の一つとして『株式会社』というものがあるわけ。株式会社は会社の運転資金を集めるために、『株』を発行してそれを売ることで資金を得ている。株を買った人が株主。そして、『上場』している株が、わたしたちが証券会社を通じて買うことができる株。だからその企業を上場企業、とも言うわけ」

「なるほど……」

「メモ、取りなさい。手ぇ、動かして覚えなさい」

「は、はい……」

 僕は慌ててポケットからメモ帳を取り出してメモを書き込んでいく。

 思った以上に本格的でスパルタだ。

「さて、あんたが上場している株を買うとするでしょ。この時、株で利益を得る方法は主に3つある」

 吟子師匠は指を三本立てる。

「まず一つ目。安く買った株の値段が上がったところで売ること。1000円で買った株が2000円で売れたら、1000円の利益が出るのはイメージできるでしょ?」

「はい」

 さすがに、僕でも小学生レベルの算数ができないほどバカではない。

「これが『値上がり益』(キャピタル・ゲイン)。逆に、高く買ってしまったものを安く売らざるを得ない状況になったら、損をするというのもわかるわね。で、収入源二つ目が『配当金』(インカム・ゲイン)。一部の株式会社は、会社経営で儲かったお金を、株主に『配当金』というものを出して還元するわけ。ま、出さない企業もあるけど。この時、投資金額に応じた年間収益の割合を『利回り』って言うんだけど、国内の上場企業の平均利回りはだいたい2%くらい。この時点で年0.001%しか利息のつかない銀行預金に預けてるより雲泥の差ってことがわかるでしょ。そして三つ目は『株主優待』ね。株式会社が会社の商品やらを配ってくれること。ま、これはやってない企業も多いおまけみたいなもんだけどね」

 僕は以前にテレビで、株主優待で生活している人を観たことがあった。なるほど、ああいう感じか。

「株を買うときに、『キャピタル・ゲイン』(値上がり益)を狙って投資するか、『インカム・ゲイン』(配当金)を狙って投資するかをイメージしておくことはとても大事。元々インカムゲイン狙いなら、買った後に多少株価が下がろうがあたふたしないで済むわけ」

「ふむふむ」

「そして、株を取引するためには、まず証券会社に申し込んで、『証券口座』を開設しないといけない。これはまあ、銀行口座みたいなものね」

 そこで、吟子師匠は考え込む。

「うーん、そしたら……ここから先は実際に証券口座の開き方をパソコンで教えた方がいいわね。あなた、後日わたしの家に来てくれる?」

「え?」

 吟子師匠の株講義が今日だけで終わるものと思っていた僕はすっとんきょうな声を上げてしまう。

「僕が吟子師匠の家に……!?」

「当たり前じゃない。どうしてびっくりしてるわけ?」

「いや、その……だって、女子高生の家に行くなんて……」

「……え?」

 すると吟子師匠は急に顔を真っ赤にする。

「は、はあ? あ、あんたまさか、変なこと考えてるの!?」

「……あ、いえ、それはないです。僕、年上好きなんで。吟子師匠のことはまったく女性としては見てないです」

「……あ、そう」

 吟子師匠のしらけたような声が響く。

「それはそれで、なんかがっくり来るな……」

 それから、吟子師匠はまた、テーブルに顎だけ乗せてぶくぶくとメロンソーダをふかしたのだった。



 <今日のまとめ>

 ・株式会社は会社の一形態。一般人は『上場』している企業の株を買うことができる。

 ・株式投資で利益を得る方法は主に三つ。

『値上がり益(キャピタル・ゲイン)』

『配当金(インカム・ゲイン)』

『株主優待』

 どれを目的に株を買うかイメージすることが非常に重要。

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