第29話『これからの事』
面白い謝罪会を終え、セレスの屋敷に帰宅している途中。俺は二人から浴びせられた言葉に未だに納得がいっていなかった。
「俺は謝ってほしかったんですが……」
「アルには沢山迷惑もかけてしまったけど、それだけ助けてももらった。なら、謝罪よりも先に感謝を優先するのは当然じゃない?」
まだ謝罪の言葉を貰ってないんだが。感謝を優先したのは良いが、後回しにした謝罪を未だされていないのは気に食わない。早く俺に頭を下げろ。こっちは早く優越感に浸りたいのだ。
「着いたよ。アル兄、お父さん」
セレスが声を上げ、その声に足を止める。目に映るのは街並みにそぐわない木造の極東染みた屋敷である。相も変わらず、馬鹿でけえ。
「ところでこれ、建築代いくらかかった?」
「んん、そうだね。――ざっと白金貨数十枚くらいかな?」
「師匠、白金貨って一枚いくら?」
「金貨で例えると千枚くらいだね。貴族でもそうそう持っている人はいないと聞くんだけどな……ははっ」
遠くを見つめる師匠から視線を外し、屋敷の敷地内へと入る。以前に機能美と評した庭園は、当然だが今も尚その機能美を保っている。この家に師匠が慣れるのは多少時間がかかるかもしれないが、住めば都という慣用句もある。その問題は、時間が解決してくれるだろう。
俺は、こんな家に住み続けるのは御免だが。ご近所の方から奇異の目で見られるのは嫌だ、ウザったいし。
「お父さんの部屋、もう少し広いところにしようか?」
「あれ以上広くなると僕の疲労が溜まるから止めてね」
仲睦まじく話す親子の背を眺めながら、この先の計画を考え始める俺であった。
*
師匠はこれから、セレスと共に王都で暮らすそうだ。あの流れからしたらそりゃそうだろと予想はつくし、さほど驚きはなかった。となると、問題は俺のこれからだ。
このまま俺もセレスのところに居候させてもらう事も出来そうではあるが、それは個人的な問題で無理だ。セレスは師匠への誤解は解いたものの、未だ俺への誤解は解けていない節がある。俺も師匠と同じように秘密を暴露したいところだが、残念ながらそれも叶いそうになかった。
師匠の秘密を受け入れ、前に進むことを決心したセレス。そこに行く着くまでの過程で、アイツの精神的疲労は目に見えていないだけでかなり溜まっているだろう。そんなセレスにさらに追い打ちをかけるような真似は、俺には出来そうになかった。だって、怖いもん。
ともすれば、俺がセレスの傍で安心して過ごせる日は遠い未来の話となるかもしれないのだ。そこまで待って居られるほど、俺は我慢強くない。
「離れるしか、ないよなぁ」
ため息を吐くように呟く。
セレスと師匠の傍を離れ、どこか王都とは違う別の町で静かに暮らす。俺が今立てられる人生設計なんて、こんなもんだ。そして、それが一朝一夕で為せる事でないことも、十分に理解している。だから悩んでいるのだが。
「――考えんの、めんどくさっ」
いい加減、脳を動かす事にも疲れてきた。そもそも今日は、セレスと師匠のせいで面倒続きに巻き込まれているのだ。あの二人に引けを取らない程、疲労も溜まっている。
なら、これからの事は後回しでもいいだろう。今日は疲れた、故に寝る。
視界が暗転し、闇に染まる。そして、そのまま見事に爆睡してしまったのだった。
*
晴天の青空。その下で、屋敷から出てくる人影が一つ。俺である。
「さて、そろそろ動きますか」
朝っぱらからセレスの素振りに付き合わされそうになり、断る事に時間を費やして朝食を食べるのが遅れてしまった。それさえ無ければ清々しい寝覚めだったのに、アイツマジユルサン。
それはさておき、今日は今日の内に済ませておかねばならない事がある。昨日の夜からずっと考えていた、今後の俺の人生設計についてだ。セレスの家で居候するのは無理だし、冒険者として活動を開始するのも願い下げ。ともなると、俺がこの決断をするのは案外自然であったとみえる。
『旅人になる』
言ってしまえば、保留ということだ。セレスの家で居候するのか、それとも冒険者として活動していくのか。その決断は一旦保留して、俺は旅に出る。
旅人は家も必要ないし、経費も案外少なくて済む。それ故に不安定な生活が続くだろうが、その為に冒険者登録を済ませておいたのだ。金稼ぎの方法は掴んでおいた。後は、準備だけだ。
寝袋やら最低限の防具に武器。さらにはポーション等々、必要なものは多々あるが、この王都オルグランデにはそれ等が全て揃ってる。旅立ちの場所として、ここより適切な場所もない、ありがたく活用させてもらおう。
――という心持ちで王都の商店街を歩き回っていた。
あの無防備なお嬢様も、今日は居ないみたいだ。正直、助かる。何度もチンピラに絡まれる美少女を救ってると、いつの間にか主人公にでもなっちまいそうだからな。童話の主人公みたいな、面倒な事態に巻き込まれるのは御免だ。
「って、流石にそう何度も絡まれるような間抜けじゃねえか。あのお嬢様も」
もしまた絡まれてる現場を見たら、今度こそ知らん顔してやる。ま、金が絡めば話は別だが。
と、思考を巡らせていたところで同時に進ませていた足が止まった。
「――おぉ? えらく豪華な防具屋だな」
横目に映る店の数々の中でも、酷く目立っている防具屋が目に入った。どこぞの『剣聖』の屋敷とはまた違った感じで浮いているその店は、やはりこの商店街のどの店よりも豪華な装飾がしてあった。
豪華さがその店の良さ、とは限らないが外れである可能性も低い。貴族が使う商店なんかは、どこも豪華で質が良い。なら、この店もそれに含まれていると判断してもいいだろう。
なんて御託を並べてもいいが、兎にも角にも店に入らなければ店の質など分かる筈がない。
「てなわけで、失礼するぜ」
防具屋に入り、初めに感じたのは入った事を後悔する程の熱気だった。銭湯でもここまでの熱気はない、筈だ。行ったことないから断言できないが。
「――まさかまさかの、防具屋じゃなく鍛冶屋かよ」
「いや、防具屋ってのも間違いじゃないぞい。安心しなされ」
思わず漏らした独り言に反応してくれる声が一つあった。気の良い奴だなと声のした方を見ると、そこにあったのは、
「うおっ! 巨人族!?」
「ほっほっほ、巨人族なら最低でも身長10メートルはあるじゃろうて」
と、身長2メートルは有るであろう巨体の男が言っている。片目に眼帯を付けているその男は、おそらくはこの店の店主であろう。
まさか、こんなにも豪華な装いの店にこんなにも厳つい店主がいるとは、世も末だ。
「ま、いいや。おっさん、丁度いい手ごろなが防具と剣あれば、見せてほしいんだが、良いか?」
「ふむ、丁度いい、か。『丁度いい』の基準を聞いてもよろしいかの」
「ゴブリンを一刀両断できる感じで、片手剣。そんで防具の方は、小回りの利く軽装の革鎧。って感じが、俺の『丁度いい』だ」
「心得た。ちと待ってもらえるかの、今持ってくる」
俺の言葉に頷きを返して店主は店の奥へと入っていった。その間に俺は店内に置いてある防具と武器に視線を向ける。
目に映る剣や盾は、やはり質が良かった。防具も良い素材を使われている一級品ばかりだ。買う奴は余程の金持ちだろう。だが、それらの武器、防具は店の外装の豪華さとは一変して無駄な装飾のない素朴な物ばかりだった。
それこそ、機能美と評されるべき品々だ。
「戻ったぞい」
「ああ、どうも」
「これが、ご注文の品じゃ」
「お、てっきり何品か持ってくるかと思ったら、武器防具合わせて二品しか持ってこないとは。余程、自分の審美眼に自信があるんだな」
「ほっほっほ。この商売方針で失敗したことは未だ無いのでな。もちろん、不満であれば他のを持ってくるぞい」
「ははっ、そいつはありがたい。――って」
手元で受け取った武器防具に目を移し、一瞬唖然とした。なぜなら、それらは見覚えのある品だったからだ。
一回目に王都に来る前、道中で訪れた村で買った鋼の剣と黒い革鎧。それが、手元にあった。
「ちょ、こ、これって」
「あ~、流石に分かるのじゃな。そう、これは『剣聖』セレスの着けている防具をモチーフにして作り上げたものなのじゃ」
「い、いやちが――、え?」
「じゃから、『剣聖』の着けている防具と同じじゃと言ったのじゃ。ま、『剣聖』のとは素材の質が違うから、デザインが同じだけじゃが」
『剣聖』が着けている防具と同じデザインということは、前にこれを着けて王都を回ってた俺はセレスの真似っ子みたいな感じだったという事か。うわっ、やだ。
だが、問題はそれじゃない。この剣と革鎧がここにあるという事は、
「アンタ、王都の近くにある村の事、知ってるか?」
「――何じゃと?」
店主は途端に眉間に皺を寄せた。
「お前さん、知っておるのか? あそこは『姿隠し』の結界が張ってあった筈なのじゃが」
「『姿隠し』? んなわけねえだろ。あそこを守ってた自警団の人達は人が寄り付かなくて困ってると言ってたぞ」
あの村で財布との相談をしたのはよく覚えてる。自警団の男と話したのも、俺の記憶違いでなければ間違いない。故に、このおっさんの言っている事は何一つとして信じる事はできない。
と、思考をまとめていたところで、
「あたり前じゃ。あの村の連中には結界の事は知らせておらんからの」
店主はしれっとした態度でそう言った。
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