第30話『旅立ちの門開き』
「ど、どういう事だよ。し、知らせてないって、結界の内側の奴らがその結界の存在を知らないってのか?」
「じゃから、そうじゃと言ってるじゃろ」
平気でそう言い放つ店主に、少しばかりの不気味さを抱いた。立った鳥肌を摩り、引き攣りそうになる口を無理矢理堪えて耐える。
「ず、随分と不親切じゃねえか。俺は構わねえが、もしアイツ等にバレた時にどれだけの怒りを買うかが目に浮かぶぜ」
「ふん! もし奴等が襲い掛かってきたら、この儂が全て蹴散らしてやるだけじゃわい」
嫌悪感を隠そうともせずに店主は顔を顰めていた。その理由はなんなのか分からないし、聞きたいと思えるほどの好奇心もない。どちらかというと、聞きたくないと言う方が今の俺の心情を表すには持って来いの言葉だ。
「ま、まぁそれはそれとして、だ。この剣と革鎧がその村で売られていた。何故か知ってるか」
「ほお、つまりお主はそこでそれと同じものを買った事があるという事じゃな」
「隠す必要もねえからな。ああ、そうだよ」
店主は髭の生えた顎に手を当て、考え込むように数拍置いた後、
「――彼奴じゃな」
「誰だよ」
「儂の弟子が、そこに居るのかもしれんな」
目を細めてそう言った男の雰囲気が、どことなく変化したような気がした。
「アンタの、弟子?」
俺が何事か口にする前に、店主は店の手前に置いてある武器の中から大斧を取り出す。その光景に俺はとあるダンジョンでの出来事を思い出し遂に顔を顰めてしまった。
脳裏に過ぎった猛牛の姿を頭から追い払い、斧を担ぐ店主の男に片眉を上げる。
「どうした? どこか戦いに行く用事でも出来たか?」
「今、出来た。お主のおかげでな」
先程までの親しみやすい様子とは打って変わって、猛々しい野獣染みた笑みを浮かべ、店主の男はこちらに目を向けた。その闘気に満ちた目に、背筋が凍る。
「儂の名はガルマ・ゼントール。『轟雷』の二つ名を持つSランク冒険者じゃ。今回の事は感謝するぞ、若者よ」
「Sランク……?」
驚愕し、呆然とする俺に目の前の男――ガルマは言った。
「儂はちょっと野暮用で出てくるのでな。若者よ、店は閉店させてもらうぞい」
「お、おう。了解した」
*
「ってなわけで、ちょいと急なんだが、俺は旅に出ます」
「本当に急だね」
「急すぎない!?」
頬を引きつらせる師匠と叫び声を上げるセレス。そして両方の反応に俺は小さく笑う。前のめりになってセレスは、
「ど、どうして旅に出るの!?」
「ずっと此処に居るのは気が引けるからな。また面倒に巻き込まれんのも御免だし」
「うっ!」
痛いところを突かれた、というようにセレスは胸に手を当てた。今気づいたが、コイツ家を出た時からあまり成長してねえな。どこがとは言わねえが。
「……アルの事だから、止めても無駄だね。もう準備も終えているんだろう?」
「はい。滞りなく」
「はぁ、可愛げがない」
男に可愛げを求めてどうすんだ、この阿呆は。
だが、結局は二人とも俺の旅立ちを認めてくれるようだった。セレスの方は若干ごねていたが。師匠と共に説得し、なんとかセレスの了承を得たのだった。
そして、翌日。荷物をまとめて王都の検問所前に立つ男が一人。言うまでもなく、俺である。門前が人であふれる前に、朝一番に門が開くタイミングでこの王都を旅立つ為に、こうして門が開くのを待って居るのだ。
「荷物って案外小さくまとまるもんだな。
「はいのう? って何」
「この背負ってる袋の事だよ」
「へー」
アホな質問をしてきたセレスが質問をした癖に興味なさげな返事をした。腹立たしい。
そんな風に他愛もない会話をしている内に、とうとう門の開く時刻になってしまった。王家の紋章が描かれ、門を封じていた壁が、徐々に上へと上がっていく。
眼前から壁が消え、果てしなく続いているかのような道が見えた。吹き込んでくる暖かな微風に目を細め、終わりの見えない道を眺める。
「――お別れだな、セレス」
「――うん」
「もう手紙は送ってくんなよ。誰も見てくれねーぞ」
「分かってるよ。私、馬鹿じゃないから」
「父親を勝手に強者だと勘違いする奴は馬鹿で十分だ。バーカ」
「むっ! そういう口の利き方、初対面の人とかにしちゃダメだよ?」
「しねーよ」
他愛のない、いつも通りの言い合いに愛おしさを覚えた。俺の妹であるセレスは、確かに化け物で末恐ろしいが、それは確かに妹だった。
その事実を、現実を、この再来の王都で味わえた。嬉しいとは思わない、面倒だとすら思う。されど、愛おしい俺の妹が、セレスだ。
――嗚呼、ここに来ておいて良かった。
「じゃ、行ってくる」
我が妹に背を向け、王都の門を抜ける。振り返らないし、もう会えないという感傷に浸る事もない。それが俺らしさだし、俺等らしさだ。そう思っていた。
「――いってらっしゃい!!」
響いた大声に、肩を跳ねらせて後ろを向いた。そこには、こちらに向かって大きく手を振って、泣くのを必死で我慢しているかのような妹の姿があった。
「――ったく、変わらねえな」
そんな懐かしさの感傷に浸り、口に笑みを描いて手を振り返した。
第二章『完』
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