第14話『猛牛の笑み』

 剣を振るたびに吐血する。動くたびに骨が軋む。それでも、まだ動けるだろと身体を奮い立てる。


 戦闘の高揚感のおかげなのか、痛みは感じない。戦闘狂になった覚えはないが、今はその狂った痛覚に感謝しよう。


 猛牛は止まらない。こちらが幾ら切り刻もうと、後ろへ引く姿勢すら見せてはくれない。



――上等だ。ひき肉にして肉団子にでもして食ってやる。


 不敵な笑みは崩さない。気迫による挑発は止めない。全ては眼前の猛牛に全力を出させるために。奴の全力を、上から捻じ伏せてやるために。


 この俺の、人生最後の嫌がらせ。成功しようとしなかろうと、諦めないことに違いはない。


「アアアぁああああああ――――!!」


 咆哮する。


 二度目の咆哮に、もう驚くことは無い。木霊した己の咆哮を耳に残し、既に死体と化している身体を無理やり動かす。


「オオオオオオオオオオオ――――――!!」


 それに共鳴するように、俺の宿敵と化した猛牛が声を上げた。


 怯えはしない。そんな弱っちい心は、数分前に捨てている。コイツが止まらない限り、俺が止まる事もない。


 迫りくる斧を剣で受ける。


 突進してくる巨体を、真正面から迎え撃つ。


 過去の俺には出来なかったことを、今の俺は容易くやってのける。嫉妬すら感じるその胆力に、流石は俺と称賛を贈ろう。


 誰からも褒められなくていい。誰からも認められなくていい。


 何故なら、俺が俺を認めているから。


 俺自身の在り方は、最後まで間違っていたのかもしれない。もしも人間が、面倒事を熟していくことで成長していく生物だったのだとすれば、俺はまるで成長出来ていない。


 だが、それで良かったのではないか。


 成長なんかしなくても、俺が俺らしく在れていたならば、それは俺にとって正しい事だ。それがアルキバートという男の生き様なのだと、先程この世界に宣言したばかりの筈だ。


 だから、まだ――


「――終われない」


 俺の今までの人生が、俺らしく歩めたものなのだと、死の間際でも思えるように、まだ。


「遅えんだよ、デカブツ!」


 この命を、終えてはならない。


 *


 猛牛は笑った。


 初めは強者を見つけたと思い、歓喜した。やっと、自らの命を懸けた死闘が出来ると喜んだ。


 次に、落胆した。己が見つけた相手は、ただの見た目だけの弱者だった。踏みつけただけで容易く潰れ、投げ飛ばせば途中で着地することなく奥の壁にぶつかっていた。


 正真正銘の雑魚を目の前に、彼の猛牛は落胆した。


 最後に、狂喜した。あの人間は弱者ではなかった。確かに、探し求めていた圧倒的な強者ではない。けれど、あの人間は命を炎に変えて戦っている。


 あの人間から放たれる凄まじい気迫に、高揚する。自らを修羅と化した者を相手に全力を尽くせるこの幸福感。嗚呼、なんて、なんて――



「ヴォオオオオオオオオオ――――!!!」


 言葉にできない煩わしさを振り払うように咆哮する。


 それでも、人間が威圧されることはない。決して剣を止めず振り続け、決して止まらず攻め続け、決して自らの負傷を顧みることはしない。


 この者は弱者ではない。


 その精神が、その行動が、その凄まじい気迫が。その全てが称賛に値する存在。


 なんて呼べば良いのだろう。


 どう呼べば良い? 己が見つけた、最高の好敵手、宿敵。安い呼び名など付けたくはない。


 ああ、そうだ。こう呼ぼう。









――真の強者、と。


 

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