第1話『財布との相談』

「クソッ!」


 碌に整備されていない王都へのデコボコとした道を悪態付きながら歩く俺をどうか責めないでほしい。それもこれも全て、あの人類最弱男のせいなのだ。


 あの時、俺の手は固く握りしめられていて、どんなに開こうとしても絶対に開かせないと思わせるような覇気を纏っていた。だがしかし、それを嘲笑うかのように師匠の手は大きく開かれていた。


 その時のあの師匠の顔。思い出すだけでも反吐が出る。


 まるで花開いたかのように満面の笑みで笑っていたあの顔に殴り掛かりそうになってしまったが、それを辛うじて耐えた俺の理性はとんでもなく良く出来ているのだと改めて感心したよ。


 しかしそれでも、歩いていくうちに景色がだんだんと変わっていく様を感じながら進むのは悪くない。移動することであの田舎村とは木々や生えている草や花の種類が異なってきて、見たこともない花や動物を見れるのはあの田舎で引きこもっていたら絶対にできない体験だ。


 自然に癒され、怒りが柔らんでいく。


 俺がこうして貴重な経験をしている間も、あの師匠はあの家で引きこもっているのだろう。そんな怠惰で退屈な生活ばかりしている師匠は、見方を変えると哀れに見えてくるかもしれない。


 今頃、家の布団の中で悠々と寝転んでいるであろう師匠の姿を思い浮かべると。なんともまぁ。


「――腹立たしい!!」


 その場で地団駄を踏む俺に驚いた鳥たちが一斉に飛び去って行く。


 大体、何故最も被害を被っている師匠を差し置いて、この俺が王都にいるセレスのもとへ出向かわなければならないんだ。理不尽にも程がある。


 あの師匠の、ああいう時だけ持ち前の運の悪さを出してこないのは何かの計算によるものなのだろうか。誠に不愉快である。


 そうして憤慨しながら歩いていくと、遠くにいくつかの建物が見え始めた。小さな家々の集まりのようだが、おそらくは村であることは容易に想像がつく。


 丁度いい。王都へ行く前に装備を整えておくのも悪くない。今の服装のままだと、自分は田舎者なのだと公言しながら歩いているようなものだ。正直、これで王都に入るのは恥ずかしい。


 村の近辺を見回っている自警団らしき男たちに声をかけて、村の中へ入れてもらうよう頼み込んだ。


「おう、是非とも自由に出入りしてくれ。最近村に立ち寄ってくれる旅人とか商人共が少なくてなぁ。不景気ぎみなんだよ」


 だから、何か買ってくれると助かる。と、晴れやかなに笑う自警団の男は、片手を上げて去っていった。なんとも筋骨隆々の男だ。うちの師匠にも見習ってもらいたい。


 お言葉に甘えて、真っすぐに村へと入っていく。見たところ、小さな村ではあったが、俺の暮らしている田舎に比べれば充分都会だ。通り過ぎていく店の多くは、穀物や魔物の肉などが多かったが、しっかりと服屋もあった。


 とはいえ、やはり買えるのならば革鎧程度の防具は買っておきたい。今までの道中では魔物には出くわさなかったが、これからもそうとは限らない。


 という訳で、横目に見える服屋には入らずに、装備屋へと向かっていく。


 装備屋の中は、壁一面を埋め尽くす程の大きな棚にいくつかの剣や杖が置いてある。その棚の向かいの壁には、鎧や盾が立てかけられていて、そのどれもがシンプルな見た目をしていた。


 機能美を極め抜いたような品々の数々に、思わず少しテンションが上がってしまいそうになった。武器を見ただけで興奮してしまうとは、所詮俺もまだ子供か。


「すみません」


 奥に座っているおそらく店主であろう男に声をかけると、とても驚かれた。失礼な。


「い、いらっしゃい。何か御用で?」


「ゴブリンの打撃に耐えられる程度の防具と、安くて切れる剣とかあると助かるんですが、ありますか?」


 店主は即座に立ち上がって、壁に立てかけてある革鎧と、棚に置いてある鋼の剣を持ってきた。わざわざ持ってくれるとは、ありがたい。


「この革鎧なら、ゴブリンの攻撃程度では何発受けても壊れる事は無いと思いますが、流石にミノタウロス程の相手になると傷もつくし壊れます。こちらの剣も、鉄以上の固いものは切ることは不可能です」


 顎に手を当て、思案するように俯く。


 この革鎧は、見たところ結構軽そうだし、実際に店主の言う通りの性能なら充分検討に値する。対して、あの鋼の剣も、鉄以上のものは切れないというが、それは鉄以下のものなら切る事は可能ということ。


 ダンジョン内ならともかく、地上で出くわすような魔物の中で鉄以上の耐久力を持っているのはほんの一握りである。そして、俺がダンジョンへ入るなんてことは天地がひっくり返ってもありえない。


 よって、持ち歩くのは鋼の剣で充分。問題は――


「値段は?」


「え?」


「これらの値段は、いくらだ?」


「は、はい! 銀貨5枚に銅貨12枚になります」


 有り金ギリギリじゃねえか! クソッたれが!


 断ろうとは思うが、この店主の嬉しそうな満面の笑みを見ていると、なんとも良心が痛む。そもそも、一度店に入り、品物を選んだ後で値段を聞いてから断るなんて、自分に金が無いと言っているようなものだ。恥知らずもいい所である。


 だが、この金。あの腐れ外道兼師匠から力ずくで奪い取ったこの金。


 これは王都で旨い物をひたすら食べ歩きするために持ってきた金だ。そう簡単には渡せない。俺にとっての王都での最優先事項は娯楽を楽しむ事。故に、王都で金を大幅に消費することを覚悟してきた。


 つまりこれは、恥をとるか外聞をとるか。


 この恰好のまま恥知らずとして王都に乗り込むか。それとも、ビシッと整った服装で王都を歩き回るか。どちらかだ。


 そして、気づいた時には。


 ――俺は静かに懐から小さな袋を取り出していた。



 


 


 


 


 





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