真の強者は気迫だけで決着をつけるものである
タラレバ
一章 日常の崩壊
プロローグ
子供の頃は誰もが夢を見て育つ。その時間がどれだけ大事なものだったのかは成長しなければ分からないという。人間とは、なんと不憫で皮肉を極め抜いた生物なのだろうかと自分勝手な解釈を広げる今日この頃。
この一週間全く雨が降っておらず、俺の心模様と相反する快晴な青空はいつまでも世界の天井に描かれているままであった。そろそろ神様でも信じて、雨を降らしてくださいと祈ってみようかとも考えるが、そんな考えは音速で頭の中から捨てられた。
神様なんてものはいるのかどうかも分からない。だというのに、何故そんなモノの為にお供え物やら信仰やらを捧げなければならんのか。理解に苦しむ。
宗教を否定するわけでは無いが、せめてもっと現実味のあるものを信仰すればいいのに、と思ってしまうのは俺の正直な心が悪いのだろうか。
もし今、俺唯一の話し相手である妹弟子がいたのなら、何の生産性もないこの無駄話を存分に聞かせてやるところだった。そして、只今俺の心に大雨を降らせているのも、この妹弟子であったのだ。
「で、師匠。あの邪魔で面倒極まりない俺の妹弟子。もとい師匠の一番弟子が旅立ってから早三年、噂がここまで広がってきてますよ」
部屋の隅で縮こまっている師匠兼俺の育て親に声をかける。あの妹弟子の噂が広がり始めてから師匠はろくに外へ出れていない。それが何故かというのは、どうせ今から師匠が言うので俺は口を閉じておこう。
「そ、そそそそそうなんだよ。なんで僕が『世界最強の剣豪』なんて呼ばれてんの。ふっざけんなよ! 僕はただの三流剣士だっての!」
というわけだ。ぶっちゃけ言うと俺たちの師匠は弱い。俺より弱い。ゴブリンより弱いかもしれん。そのぐらい弱い。
そんな風に、自分に剣の才能が全くない事に気が付いた師匠は剣豪への道をすっぱりと諦めて田舎でひっそりと隠居暮らしをすることを深く決心していた。だが、目的の田舎に向かったその先で思わぬ出会いをしてしまう。言わずもがな、俺と妹弟子の事である。
原っぱの中に捨てられていた妹弟子と、後に山の中に捨てられていた俺を見つけ出し、拾った師匠は、俺たちを育てていこうと結構素早く決断したらしい。この話を聞いた時、俺は思った。この人、判断間違えたな、と。
師匠は自分の事を少しでも世間に知らしめたかったと、自分の自己顕示欲が発端で俺たちを育てていたと妹弟子が旅立つときに言っていたが俺は信じない。
そこまで自己顕示欲のある奴がこんな田舎で細々と暮らしている筈がないし、そもそも師匠が異常なまでのお人好しであることを俺は知っている。このことを師匠の自己顕示欲発言の後に付け加えてやったら、妹弟子がやたらと師匠をキラキラとした目でみていたよ。
あんな化け物に尊敬の念を抱かれている師匠の事が中々哀れに思えたね。
「それにしても、あのセレスがここまで有名になるとは。流石に予想外でしたね」
「うん。まぁ、あの子にとんでもない剣の才能があるのは知ってたけどね。だからあの子を冒険者にさせたんだし」
師匠が蹲りながらも発した返答に、俺も納得したように頷く。
師匠の言う通り、俺の妹弟子こと『セレス』には剣の才能があった。アイツが三歳の頃には既に山の中にいるゴブリンの集団を切り伏せていたし、七歳になった時には大の大人をペシャンコに潰してしまうミノタウロスと互角に渡り合っていた。
まだまだアイツの武勇伝はあるが、流石に人外な奴の話を延々と話し続けるのは疲れるのでここまでにしてもらいたい。なに、どうせアイツのことだ。また噂話が風に乗って運ばれてくるのは目に見えている。その時にでも、話す機会はあるだろう。
問題は、あの怪物がSランク冒険者にまで上り詰め、『剣聖』なんて称号まで手に入れている事。果てには師匠のことを世界最強の剣豪だと称し、その噂を広めていることにある。
誠に遺憾ながら、ついでに俺の噂も少し出回っている。これに関しては完全なとばっちりである。
まぁ、師匠に比べれば全然なので、最早気にするまでもないが。
「まさかあんなに有名になるなんて……弱ったなぁ」
頭を抱えて唸る師匠を見て思う。出来れば俺の知らぬところで弱って欲しい、と。
師匠の事を憐れむことに躊躇はないが、この人に拾われてしまった挙句に巻き込まれてしまっている俺も大概哀れだ。いや、草原に捨てられていたセレスと違い、山の中に捨てられていた時点で俺って結構可哀そうなのかもしれない。
そう考えると、今目の前で悩みを膨らませている師匠の事が途端にどうでもよくなってくるね。むしろ、そんな事でうじうじと悩むなよ、という感じだ。
「酷くない!? これでも僕師匠なんだけど!」
眼を見開いて声高く反論してくる師匠の声に耳を塞ぎ、思案する。
流石にこれ以上噂が広がるのはまずい。そろそろ王都から師匠の事を尋ねに来る猛者共あるいはスカウトマンが来てもおかしくない。面倒この上ないことに、おそらく俺にもスカウトマンは来るだろう。この問題を解決する為には、誰かがあのセレスに噂を流すことを止めさせなければならない。
その『誰か』というのは、必然的に俺か師匠のどちらかという事になるわけで。
「師匠、じゃんけんで決めましょう」
「嫌だ! 僕がじゃんけん弱いの知ってる癖に!」
「だからやるんだろうが!」
「ひどい! あとせめて敬語は使って」
俺が大きく拳を振り上げたのを見ると、師匠もそれにつられたように握りこぶしを作って腕を振り上げる。互いに睨み合い、間に火花を散らせる俺と師匠。
この一世一代の大勝負、絶対に負けるわけにはいかない!
「最初は、グー!」
「じゃん!」
「けん!」
「「ポン!!」」
そしてこの日。俺は本当の意味で、この世に神など存在しないことを知った。
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