4話
模擬戦当日。アルスが開催場である訓練場に到着する前から、試合は既に始まっており、自信がある者から名乗り出て、次々と対戦相手が決まる。
自信があっても実力の無さに初戦で敗退する者、自信が無くても圧倒的な力で相手を捻じ伏せる者、そして逆に模擬戦を遊びとして楽しんでいる者。様々な人間がいる。
アルスは強化したステータスに自信はあったが勝てる自信は一切無かった。
いざ模擬戦の会場に入れば、まるで闘技場を彷彿させる大勢の兵士の喧騒がアルスの全身に響き、勝手に脚が竦んでしまう。
本当にこれが正式な模擬戦と言えるのだろうか? まるで、昇級には興味が無く、血に飢えた獣の猛りにしか見えないと。
「うう……なんだこの空気は……初めて模擬戦に挑んだ時もこんな感じだったっけ?」
アルスは模擬戦が初めてと言う訳ではない。八年間の努力の中で何度も模擬戦に挑んだ事はある。
しかし、一度たりとも勝ったことが無く、よってアルスが模擬戦に参加したのは、最後に参加した日から四〜五年振りになる。それまで模擬戦に参加する自信さえも失っていたのだ。
そして勇気を出して一歩踏み出せば、その瞬間、他の多くの兵士の視線がアルスを突き刺す。
喧騒と歓声が響く模擬戦場の中で、アルスのことなど興味はない。そう思っていたが、一度多くの人の目にアルスの姿が入って仕舞えば、その目は一斉ににやける。
「おい、アイツって確かアルスだったよな? すげぇ久しぶりに見たわぁ……」
「今更なんの用なんだろうな? まさか勝てる自信でも付いたのか?」
「はっはっは! それは見どころだぜ! アイツがまたボコボコにされるのを見れるとはな!」
アルスの評判は兎に角、多くの兵士から違う意味で悪い。最弱の騎士と呼ばれ、アルスが模擬戦に参加する度にボコボコに殴られる。
この光景を楽しんでいる人間が大半を占めていた。だれもアルスを心配する兵士は居なかった。
しかしそんな変わらない評判を真に受けては前に進むことは出来ない。アルスはただステータスというこの力を信じて前へ進んだ。
挽回の時だと。
次に名乗り出る者はいないかと、模擬戦の審判は周りの兵士に叫ぶ。そこにアルスは名乗り出た。
「次の相手は僕だ! ……ッ!?」
深く息を吸って、大声で名乗り出るアルス。しかしそんな意気込みも、次に名乗り出た対戦相手に一瞬怯んでしまう。
「なぁに、勝手に名乗り出てんだよぉ〜。俺が気付かないとでも思ったかぁ?」
相手はアルスに大怪我を負わせた張本人であり、同期の人間。階級は同じく二等兵だが、八年間のアルスを知る唯一の同僚の男。
アルスの出会った初めの頃でも既にアルスの正義感が気に障り、気に入られていなかったが、あくまでも同期という理由で友人だった。
しかし、アルスの正義は口だけであり全く能力が無かった事に失望し、それからこの男は、アルスを虐めの対象とした。
その男の名はドロス。
「まさか初戦で君と戦う事になるなんて……でも僕は、今までとは違う!」
「そうかそうかぁ、自信があることは良いことだ。だが、能力が無くちゃあ掲げる正義も意味がねぇんだよ!」
そうドロスが叫んだ直後に審判から始めの合図が下される。
一歩前へ地面を踏み込むドロス。その勢いで高く跳び上がり、全体重をかけた一撃をアルスに叩き込む。
アルスは咄嗟に片手に持つ木剣でその攻撃を防ぐ事しか出来なかった。
「速い……ッ!」
「オラオラァ! その程度かよアルス君よぉ!」
アルスはただドロスに攻撃を与えようと真っ直ぐ木剣を構えるが、次から次へと襲ってくる剣撃になす術が無く殴られ続ける。
その理由はただ単にステータス不足から来ていた。
体力と筋力を重視して強化していたアルスだが、敏捷がほとんど初期と変わらず、ドロスの攻撃を避けようにも避けられなかった。
ただ本来ならドロスの木剣による一撃でアルスは吹き飛ばされていた筈だ。それは体力に理由があり、ドロスの一本一本の重い攻撃は確かにアルスに強い痛みと、衝撃で体が浮くような感覚を与えていたが、決して吹っ飛ぶことは無かった。
そしてどうにも避けられないと判断したアルスはドロスの攻撃に合わせる。
「うおおおぉ!!」
ドロスの連撃に合わせて振り抜いたアルスの木剣は、ドロスの横腹を抉るように直撃し骨が折れる感触がアルスの手に伝わってきた。
「ぐはっ!? な、なんだ今の? へへ、自信が付いたってのは本当の様だなぁ。一瞬意識が飛んだぜ……」
アルスのステータスにある筋力『41』は伊達では無かった。訓練場の木人形相手では一振りでヒビを入れる強さだったが、人間相手では骨を折るレベルだった。
しかもドロスは意識が飛びかける程度。
ドロスの発言と、痛みで横腹を抑える状態にアルスは確信する。
ステータスは自分の身体能力を確かに上げていると。
「なら、このまま畳み掛ければ! せぇや!!」
自分の筋力でここまで相手にダメージを与えられるのなら、次に二〜三撃与えれば倒せる筈だ。このアルスの考えは正しいものではあったが、例えステータスが幾ら優れていても一つだけ不足があれば、それに勝る事は出来ない。
アルスのその一瞬の油断は、せっかく良い一撃を与えられたこの戦況を大きく変えてしまった。
アルスの大振りにドロスは、後ろ回し蹴りの要領で攻撃を躱すと、同時にアルスの頭部。こめかみに蹴りを食らわせた。
「がっ!」
勢いの付いた蹴りがアルスの頭をど突く。まるで金槌で殴られたような衝撃で、一瞬立ち眩みを起こす。
視界がぐらぐらと揺れ、立ち直るのに時間が掛かった。
が、そんな回復を待ってくれるはずも無く、ドロスの木剣の柄による追加攻撃。立ち眩みを起こすアルスの後頭部に木剣の柄を突き落とした。
「がはッ!」
ドロスはアルスの後頭部を狙えば、喉、脳天、腹部、足や腕の関節と、確実にアルスの動きを鈍らせる部位を殴り続けた。
アルスはこれを一つも避けられず、遂に膝を地面に着く。
「全く痛えことしてくれるじゃねぇか。此処は模擬戦場なんだ。虐めじゃねぇ。正当な理由でお前をぶっ殺してやる。
てめぇの頭をこれでかち割ってやるよぉ! 死ねええええ!!」
ドロスは大声で叫びながら膝を着くアルスの脳天に向かって木剣を振り下ろす。これは、最早相手を倒す気ではなく、殺す気で振り下ろされる一撃だった。
体が動かず頭垂れるアルスにとってはこの一撃は当たれば死んでもおかしくは無い。
だがアルスは諦めなかった。ドロスの木剣が振り下ろされると同時に、絞り出すように声を上げ、傷ついた体を無理やり動かす。
そして、しゃがんだまま木剣を思いっきり横へ振り切った。
「うあ“あ"ああぁ!」
横へ薙ぎ払うように振り切るアルスの木剣。動かない身体を無理やり動かした時の力は凄まじく、死ぬ訳にはいかないという必死な想いが、ドロスの攻撃を弾き、思いっきり吹き飛ばした。
「なっ!? ぐあああぁっ!」
筋力ステータスの力もあるが、それ以上に強い想いが力となり、アルスはステータス以上の力を引き出した。
それに吹き飛ばされたドロスはあまりの衝撃に。完全に勝ったと思った攻撃だったので、アルスの反撃は想定していなかった。
予想外の反撃。もし予想出来ていたなら、多少の衝撃の緩和もできたかも知れない。
しかしドロスにはそれが出来なかった。
まともに横腹から食う衝撃は、肋骨を数本も折る程だった。
そして勢いよく吹き飛んだ後に地面に激突する背中。
あまりの痛みという前にドロスは立ち上がる気力も無くして、気絶した。
「はぁ……っ! はぁ……っ」
大きく息を整えるアルス。ドロスに決定的な打撃を与えられたものの、それ以上に身体を動かす力は無く、意識は朦朧としていて、地に伏せる寸前だった。
そこで思い出したかのように発動するスキル。
《諦めない心》
[効果]肉体的損傷の回復:大
アルスの戦闘で傷付いた体や折れた骨がみるみる回復していく。スキルによる回復効果が発動してから、ものの数秒でアルスは何事も無く立ち上がれる程にまで回復した。
その戦闘の一部始終を見ていた他の兵士達。ドロスがアルスに負けたという事実に一瞬の静まると、一斉に歓声を上げた。
「うおおおぉ! すげぇ、アルスが勝ったぞぉ! でも一体どんな裏技使ったんだ!?」
「おいドロス! 何寝てんだ! 早く立ち上がれぇ!」
「まぐれでもすげぇや。絶対ドロスが勝つと思ってた!」
ドロスが負けた。アルスが勝った。でもまぐれだ。何か裏技を使ったに違いない。
誰一人アルスの勝利に実力で勝ったと言う者はいなかったが、この歓声にアルスは悪い気はしなかった。
さて、次の対戦相手は誰だ? そう誰もが思った瞬間だった。突然アルスは力が抜けた様に地面に倒れ込む。
ステータスにいくら体力があれど、スキルで傷が回復しようが、アルスはあくまでも人間である。
ステータスの体力でスタミナの上限が上がってもそれを回復させる方法はただ一つ。休息だ。
アルスはそのまま地面に伏せたまま、模擬戦の結果は一勝零敗に終わり、他の兵士に休憩所まで運ばれるのだった。
そうして休憩からアルスが目を覚ますまでの間、ステータスにまた一つ変化が表れた。
-特殊条件達成-
以下の条件を達成した事で能力が強化されました。
・戦闘形式問わず、人間相手に1回勝つ
達成報酬:
・Lv+1
・スキル《勇者の闘志》を獲得
-ステータス-
名前:アルス
Lv:2
体力:38
筋力:41
魔力:8
敏捷:11
スキル:
《諦めない心》Lv1
《訓練補助》Lv1
《勇者の闘志》Lv1
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