1話
一切成長しない無駄だと思われていた訓練を、他の兵士の苛立ちも無視してやっていた結果。他の兵士のストレスが爆発し、大怪我を負ったアルス。
複数人にボコボコに殴られ、すぐに医務室に運ばれるも、背骨が折れており身体が一つ足りとも動かせない最悪の結果となってしまった。
しかし、そんなアルスに突然謎の『ステータス』と書かれた文面が表示される。パッと見ればアルスの能力値が示されているようだが、アルスはこれを理解出来なかった。
が、ステータスの中にあるスキルにより、もう一生動かないと思われた身体は完全に復活し、アルスは何が起こったのか不思議でならなかった。
「僕は一体なにをしたんだ? 身体が完全に回復したのは良いけど……このステータスとは一体なんなんだ?」
体に起きている事はいいこと尽くめだが、あまりにも未知なる体験の為、これから何か罰を課せられるのではないか? 何かの烙印なのでは無いか? と気が気ではない。
そう深く考えるアルスへ、大怪我をしたアルスを医務室に運んだ医者が医務室に入ってきた。
そして何も平然とした様子で、ベットに腰を掛けるアルスの姿を見てこれまでに無い程の驚きの表情を向ける。
「アルス君……? 君、大丈夫なのかい?」
医者自身も、もう訓練は出来ないだろうと気絶するアルスに診断した筈なのに、身体を余裕そうに動かすアルスに驚きを隠せなかった。
そう心配の声を掛ける医者だが、アルスは酷く戸惑った表情で医者に詰め寄る。
「先生! 一体僕になにをしたのですか!? 僕自身も当分は治らないと思ってたのに、今、急に身体が回復したんです! それに、このステータスとはなんですか?」
胸倉掴んで詰め寄るアルスを医者は恐らく何か精神的なダメージがあったのだろうと判断し、落ち着かせようとするが、『ステータス』というワードに首を傾げる。
さらにアルスは何も無い空中に向けて必死に指を指して、これはなんだと何度も質問してくる。これに何か幻覚を見ているのでは無いかと医者はアルスの肩を掴み、ゆっくりとベットに戻す。
「アルス君、君はどうやらあり得ないくらいの回復力を持っている様だが……私も君はもう動かないと思っていたんだ。
私は君になにもしていないよ? それに身体は復活しても幻覚もみえているようだね?」
「幻覚……? これを幻覚と言うんですか? そうですか……ならいつ治りますかね」
幻覚といえば様々な種類がある為、患者にしか見えていない物は統一して幻覚だと言ってしまえば、それを完全に現実だと思い込まない限り大抵の人間は納得する。
ただし、幻覚は決していい物ではなく、大抵は患者の精神を混乱させる物が大多数だが、アルスは一瞬だけ混乱するものの、幻覚と知ればすぐに落ち着いた。
アルスの目に見えている物は、そこまで悪いものではないのだろうか? と、医者はアルスの様子が気になり質問をしてみる。
「うーん幻覚は薬を飲めば殆ど抑える事が出来るのだが……アルス君の目には何が見えているのかな?」
「えーっと、自分の名前、レベル、体力、筋力、魔力、敏捷が数値で表示され。
最後にスキルの下に諦めない心と書かれています……。僕、このスキルという物の中にある『肉体的損傷の回復』によって回復したんですよ……。いや! 幻覚なので本当かどうかは分かりませんけどね!」
医者はアルスの目で何が見えているのかを知ると、すこし考えてから一つの仮説を立てる。
「なるほど……うーんアルス君の話を聞く限り、君の名前が表示されている時点ではもしかしたらだけど……アルス君の身体能力が数値として表示されているんじゃ無いかな?
ただアルス君の見ている幻覚は前例が無い。これは単なる仮説として受け取ってくれ」
身体能力の数値化。この仮説を聞くとアルスは大きく溜息を吐く。
「先生の話がもし本当だとすると……僕ってどれだけ弱いんでしょうか……いや、目の前の数値が高いか低いかは分かりませんが、もし低いとなれば、心当たりがあるんです。
僕はこのセレクリッド王国騎士団に十二歳から入隊したのですが……現在の二十歳になるまでの八年間、ずーっと二等兵なんですよね……でも、僕はそれでも諦めません! これより十年、二十年掛かっても、強くなることを目指しますッ!」
幻覚の数値に心当たりがあると言えば、過去八年間も全く成長していないことを打ち明け、それでも諦めないという決心を一気に口にするアルスに医者は戸惑う。
すると、アルスはまた訓練へ行ってきますと言って、医務室を出て行ってしまった。
「あ、あぁ……いってらっしゃい」
そうして医務室を大声で元気よく出て行ったアルス。早速訓練の続きをしようと訓練場に赴くと、アルスに大怪我が負わせた張本人と鉢合わせた。
「あ……」
「あぁ? てめぇ、なに平気で歩いてんだぁ?」
アルスは若干、男の気圧に押されそうになるが、その気圧を押し返す気持ちで、男の目を見て反論する。
「僕が君の前を平気で歩いて何か問題でも?」
「いいや? でもおかしいなぁ。全部の骨をバキバキに折った筈なんだけどなぁ……」
自分は回復した、その程度では何の問題もないとアルスは言おうとしたが、挑発すればまた、二の舞だと回復した事実は言わずに返す言葉無かった。
ただどうして回復出来たのかは言わずに、訓練をすると言って目の前を退いて貰おうと頼む事しか出来なかった。
「僕はこれから訓練するんだ。そこを退いてくれないか?」
「あぁ、良いぜ。でもいつもの訓練場は使うな。別の部屋を作るそこでやれ」
「え? あ、あぁ……」
自分の為、アルスの為とは一言も言っていないが、アルスは男の意外な行動に一瞬戸惑った。
アルスは男の言う別部屋まで案内されると、その部屋は兵士達が使う物置きだった。
当然、その場所は埃が舞い、ごちゃごちゃに物が置き捨てられ、訓練が出来るようなスペースは無いに等しい。
ただ、アルスにはこの部屋でも十分だった。走ったり筋トレ出来るような床のスペースは無いが、いつもやっている素振り程度なら出来ると意気込む。
普通なら不満を抱いてもおかしくない用意された部屋だと言うのに、アルスはこれに大いに笑顔で感謝する。
「すこし狭いけど、ありがとう! 片付ければ十分な広さも取れる。君は意外と面倒見が良いんだね」
その屈託の無い笑顔に男はまた怒りそうになる。『面倒見が良い』と言う言葉が気に入らなかったらしく、自分は自分の為にやったのだと怒気を含んだ声で言った。
「てめぇ、マジでぶっ殺されてぇのか? 俺は単にお前の大声が聞きたくない。視界に入れたくない。邪魔をされたく無いだけなんだよ。次舐めたこと言ったら、マジで殺してやる」
「ご、ごめん……」
「良いから部屋に入れ! もう二度と俺の視界に映るんじゃねぇぞ……」
そうして男はアルスの入った物置き部屋のドアを思いっきり閉めてアルスの視界からもいなくなっていった。
アルスは、同じ階級にいながら視界に映らないなんて出来るのだろうか? と疑問に思いながら。
「さぁ、訓練の再開だ!」
アルスは物置き部屋に散らかって落ちていた丁度良い木刀を拾って、素振り訓練を開始しようとすると、ステータスの文面にまた変化が表れた。
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-能力強化ミッションⅠ-
以下の条件を達成すると能力が強化されます。
素振り100回(000/100)
達成報酬:
体力+1
筋力+1
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「またか……素振り百回で体力と筋力が+1かぁ……馬鹿馬鹿しい。これは幻覚だ! 気にしていたら訓練にならない! うおおぉ!」
またしてもアルスの視界に映る文面の変化。その内容とはたったの素振り100回で体力と筋力が上がると言う。
パッと見ればとても楽で嬉しい物だが、八年間も何も変わらなかったアルスにとっては、嬉しいという感情は浮かばず、あり得ないという思いが浮かんだ。
幻覚は幻覚。例え命を救った効果があれど、信じてはならない。そうアルスは強く思った。
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-ステータス-
名前:アルス
Lv:1
体力:2
筋力:3
魔力:0
敏捷:1
スキル:
《諦めない心》Lv1
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