聖剣ノ刻

@hajime_nakagawa

「目覚める刀剣」

今から何年前だろうか……。

この世界に、人類の“敵”が現れた。


突如として現れた所謂天敵。名を、“アヤカシ”というそれは、人を喰らい、地を蹂躙し、そして自らは繁殖する。

これに通常の兵器による攻撃は一切として通用しない。反撃の手段を持たない人類は退行を余儀無くされた。


今やこの世界の殆どがアヤカシに支配されている。人類にとって安寧の地は無く、いつ奴らが現れてもおかしくないと、恐怖にかられる毎日を送っているのである。



分厚い雲に覆われた空の下。草木は枯れ、土が露出している。それでも細々と存在するそれはこの世界に何を思うだろう。

一輪の花が、風にそよぐ。そのそばに立つ小さな女の子。この残酷な世界に、それでも生まれた小さな女の子。

人は言う。この世界に生まれることを神に許されたから、今その子は存在する……と。

ならば神は、アヤカシの存在や、彼らが人を殺めることすらもお許しになったというのか……?

何も知らない少女はその一輪の花を地面から抜いた。少女の手のなかで、吹かれる風にそよぐ。

文明をも奪われた人類。少女にとっての家は、使い古し手ボロボロになったテントだけ。食事は国から支給される携帯食のみ。それも年々、量が減っている。

「すい、おいで。」

男の人が彼女に声をかけた。

「パパ。」

「どうした?」

「……さむい。」

少女がそう言うと、カラスの鳴き声が聞こえた。不吉な予感。

周囲が陰っていることに気付く。

「すい、早くおいで…!」

両腕を拡げ、少女をぎゅっと抱き上げる。

「早くおうちに帰ろう。……じゃないと…! “来る”…!」

ボロボロの布切れを取り出し、少女の口もとに当てる。急いで、しかしゆっくり、テントの場所へ向かう。心臓がバクバクと鼓動する。

不自然にできた陰。霧。この予感。間違いない。ついにここまで来てしまったらしい…。“何となく”は覚悟していた。いざとなると頭のなかが真っ白になる。いつも帰りを待つ愛する女性のもとへ、助け合っている彼らのもとへ、その足を進ませる。

何かの気配をすぐとなりから感じる。背中をゾワッとさせ、思わず歩みを止めてしまう。

鼓動する心臓の音が、よく聞こえた。

__ まさか……。

振り向かない。じっとする。

汗が頬を伝う。

何者かの吐息を肌が感じ取った。

ポタッと汗が地面に落ちる。

気配が消えた。

通り過ぎて行ったらしい。

ほっとゆっくり息を吐く。

愛する娘の様子を見ると酷く怯えていたので、大丈夫だよ、と頭を撫でた。急いでみんなのところに戻らなければならない。もうすぐそこだ。陰りがあっても、視界が遮られていても分かる。歩みを進める。

突然発生した濃霧の中は静かにしなければならない。奴らに聞かれるからだ。なのでここに住まう全員、必死に気配を隠そうとしている。だから静かなはず。

しかしそれは違うのだと嗅覚が報せた。鉄の生臭さを感じ取ったのだ。

「嘘だ………。」

ここにいる全員が…“殺された”のか……?

心臓の鼓動が一層強くなる。呼吸が乱れる。視界が揺らめく。頭がいたい。腕が、足が、体が重く感じる。座り込みたい。嘔吐感がこみ上がって来た。手で口と鼻を抑えて頑張る。

バシュンッと音がした。目の前からだ。血の臭い。

ククク…と、喉を鳴らすような音がそれに続いた。

ズシ、ズシ。近付く。

スンスン、スンスン。においを嗅がれている。

目をきゅっと瞑り、いっそどうにでもなれと思った。娘をぎゅっと抱き締める。一向に何も起こらないので、うっすらと目を開けた。

彼は、目を大きく見開いた。

そこにいたのは、四足歩行の3メートル程の大きな化け物。顔が縦と横に割れ、鋭い歯が幾本も現れた。余りにもグロテスクで現実離れしているが、奴の吐く息の湿気を帯びた温もりと酷い生臭さを肌と嗅覚が捉える。脳がその情報をもとに知らせて来た。

これは現実である、と。

化け物はその大きな口で、彼らを喰おうと一気に迫った。


しかしその口が彼らを呑み込む事はなかった。炎の如く熱気と衝撃音がした。

ハッと気が付くと、化け物は後方数メートルへとぶっとばされていた。

「待たせたな。」

鞘に納めた状態の刀を手にした男が目の前に立っていた。口には煙管を咥えていたその男は、彼らを安心させるためかニッと笑った。

「ヤツは任せろ。さぁ、早く行くんだ。」

煙管を取り、懐に仕舞う。

「行け!!」

その男が強く言うと、彼らはさっさと離れていった。

少女はその光景を、父の肩から覗いていた。

「さぁ化け物よ。この俺の炎に焼かれるが良い。」

四足の化け物は大きく咆哮し、刀を手にした男性に迫った。

「火炎の妖刀術! “紅葉薙もみじなぎ”!!」

鞘が赤く発光し、男はそれで化け物をぶん殴った。大きな体が吹き飛ばされ、テントをまるで積み木のように崩す。

すぐに起き上がり、男の出方を伺っているのか、その化け物はじっと姿勢を低くした。まるで“猫”のように。

「ここに住んでいた人々のためにも…すぐにお前を倒さねばなるまい。」

男は構えをとった。じっと動かなくなった獲物へ飛び込む化け物。

「吹き飛べ…! “焔緋突えんびづき”!!」

着地する前に真上へ吹っ飛ばす。衝撃波に熱が乗って周辺に轟く。

男は化け物が宙を舞っている愛だに鞘と柄をそれぞれ握り締め、すぐに構えをとった。

「…俺の炎に焼かれる覚悟はできているな……!!」

人間とは思えない跳躍力を見せると、その男は叫んだ。

「火炎の妖刀術奥義! “烈火抜刀れっかばっとう”!!」

ごうっと爆音が鳴った。周辺に再び衝撃波が流れる。熱気が周辺に漂い、まるで火の海にでもなったかのように暑い。

「失せろ化け物! “真朱流咆しんしゅりゅうほう”!!」

打ち上げられた巨体の頭部を、ズバッと一気に斬った。その不思議な“輝く刀剣”によるものなのか、頭を斬ったように見えたが尻尾の先まで綺麗に割られていた。

華麗に着地すると、しゅっと刀を振った。こびりついた化け物の体液をそうやって払うと、鞘にそっと、刀剣を納める。空中から化け物の分割された亡骸が降ってきた。ズシンと音を立て、まだピクリと動いていた気がしたが、すぐに動かなくなった。

「一件落着……。」

男は静かに、ボソッと呟いた。

少女はその男を見て何を思うだろう。

この残酷な世界に生まれた少女は、同じく残酷な世界に生きてた花をその手に摘んだ。その花は、何を思うだろう。

霧が晴れていく。雲が晴れていく。

気が付くと熱気はとうに消えていた。

あれはあの男の戦いぶりで感じたものか、或いは何かの術なのか……。

少女はその小さな手のひらを男に向けた。



人類はまだ、諦めていなかった。

アヤカシに対抗するため、とある鍛冶屋が作り出したという特殊な刀。それが唯一、やつらとやりあうための有効な武器。それを扱うことのできるたった数名の“アヤカシ斬り”。

人類はまだ、諦めていなかった。

まだ抗おうとしていたのだ。


__ そう、“彼ら”と共に。




長い時が流れ、現代。

文明を取り戻した人類はかつてよりも大きく成長し、今日も人間たちはあちこち歩き回って忙しなく活動している。

今やアヤカシの存在も脅威もいつの間にか忘れ去られていた。

新幹線の中から見る初めての街の光景。じっとそれを見つめている制服姿の彼女の名前は白藤凛しらふじ りん。田舎に住んでいた現在17歳の少女だ。青色の髪をポニーテールに結び、そして右目は白い医療用の眼帯をつけている。通常よりもやや大きめなのは、その目を最近怪我したとかそういう理由ではなく、昔からある目もとの傷を他人に見られないように隠しているからだ。

地元では剣道部に入っていた。というのも、育ててくれたおじさんとおばさんに奨められたからだ。

彼女は自分の両親を知らない。訳有りでおじさんたちに預けられていたらしいが、その経緯は一切知らないし、知ろうともしない。興味が無いのだ。

ご飯を食べることができて、住むところがあって、学校に行けて、話し相手がいる。おじさんたちとの暮らしも悪くはなかった。なので捨てられようが何されていようが関係ないと思っていたのだ。

今日、彼女はその親愛なるおじさんたちに言われてとある人に会いに都会に来た。

といっても、その人はこの都会から更にバスで2時程度の田舎町に住んでいるらしいので、この新幹線から降りたからといってまだ到着ではない。

『次は、終点、東都ひがしのみやこ。東都です。お出口は右側になります。お忘れ物が御座いませんよう、御注意ください。西都にしのみやこ線、西条さいじょう線はお乗り換えです。本日も御乗車頂き誠にありがとうございます。またのご利用、お待ちしております。次は終点、東都です。』

丁寧なアナウンスが鳴る。最後まで聞くことはなく、彼女は荷物を手に取った。3日分の着替えの入った鞄と、棒状の包みだ。

これは“家宝”らしい。中身は分からない。初めてそう言われて渡されただけだが、これから会いに行く人とはこれが重要なモノになるらしい。

程無くして駅に到着すると、右側の扉が自動で開かれた。席から立ち上がり、駅に降り立つ。

ここが東都の駅。東都の空気。降りてすぐに街を見下ろせる窓を見た。この和の国で最も栄えた街。首都だ。ビルがずらっと建ち並んでいて、まるで蟻の行列みたいに人々が行き交っていた。

これが、都会。

初めて来るが、ワクワクもしなければ緊張もしない。怖じ気付いているわけでもない。都会は案外、何もない。ただただ一人一人が忙しいってだけだ。そんなに急いで……大変だな。

彼女はひとつため息をすると、階段を使って降りていった。


街に出る。

目的地へと向かうバスがあるのは、駅から少し離れたところにある繁華街前の停留所のみだ。いや、他にもあるんだろうが、ここが最寄りだと教えられた。しかしバスが来るのは1時間後。せっかくだから繁華街で時間を潰そう。

徒歩でそこへ向かう。10分か15分位で到着すると、早速その先へ進んだ。

やけに工事中の場所が多い…。何かあるのだろうか…?

少し気にはなったが、関係のないことだ。こまめに時間を確認しつつ、程よく時間を潰せそうな場所を探ることにした。

凛の目に、ある文字が目に入った。タピオカ、だ。

どうやらもう古いらしいが、彼女は一度たりともタピオカの入ったジュースを飲んだことがない。気になって店に入ってみる。

「いらっしゃいませー!」

女性の店員さんが笑顔で声をかけてきた。

「……。」

凛はメニューを見た。

みるくてぃー…とか、バナナおれ…とか、なんだかよくわからないものばかり。

「…お客様……?」

店員さんを待たせるわけにはいかない。慌てて注文を決めようとしたときだ。

「えっと……現在、期間限定のメニューがございまして、よろしければそちらをお出ししますが…いかがでしょうか…?」

店員さんが申し訳なさそうに言ってきた。凛はよくわからないのでコクリコクリと頷いた。

「かしこまりました! それではお会計が__ 。」

財布を取り出し、丁度出す。レシートと一緒に番号札を渡され、レジの前からはけた。後ろに人が並んでいた。金髪でチャラチャラしていて、とても怖そうな男の人だった。チッと舌打ちしたのが聞こえた。その男性の隣には、同じくチャラチャラした女がいた。女は男の腕にしがみついていた。恐らくはカップルだろう。

店員さんに気を遣わせてしまったらしい。



注文したドリンクを貰い、外に出て飲む。確かにもちもちした食感は楽しいし美味しい。けどクセになるとはなんだったのだろうか…。結局よくわからない。

それもそうだろう。クセになってハマりかけていること自身が気付かないうちに否定しているのだから。

飲み終えたゴミはきちんとゴミ箱へ。

まだ数十分は時間がある。また別のお店でも行こうと思った時だ。

「やめてください!」

細い路地から微かに声がした。裏路地、というやつだろう。

こういうところでは怪しい取引か何かしらの犯罪行為が行われているのだとおじさんから教わった。

だからこういうところには行くなと教わったが、先程聞こえた声を無視することはできない。凛は気になって裏路地へ進んだ。

「ちょっと遊ぶだけだって、な?」

「離して! 警察呼びますよ!」

「おう呼んでみろよ。」

複数の男が女の人に集っていた。

「誰か、助けて!」

女の人が凛の存在に気付き、助けを求める。

「あ? なーんだ女子高生じゃん!」

さっき見掛けた金髪と似た雰囲気を感じる。軽い口調で凛のもとへやって来た。

「なになに、君も俺たちと遊びたいわけ? いけない子だね! 体つきも良さそうだし、君も混ざ__ 。」

凛の体に触れようと伸ばしてきたその腕を掴み、一気に背負い投げた。

強かに背中を打ち付け、その男は一瞬で気絶した。

「なっ……!?」

荷物を下ろし、首をコキコキと鳴らす。

ギッと男どもを睨み、構えを取る。

「かかってこい。」

「ハァ? なに、ガキが調子のって。眼帯なんかつけちゃってさ。中二病もここまで来ると大変だね!」

ギャハハと下品に笑った。

凛はニヤリと笑うと、その俊足で男どもに突っ込んだ。反撃する拳をさばき、薙ぎ倒す。呆気にとられる男の懐に入り込み、胸ぐらを掴んで一気に投げる。壁際に立っていたヤツはそのまま勢いよく壁に叩き付けてやる。起き上がれない程の衝撃に、伏して呻いている。

普通の女子高生とは思えないくらい、ほんの一瞬の出来事だった。彼女は手をパンパンと叩き、手に付いた埃をはたき落とす。

「あ、ありがとうございます……!」

「あ、いえ。それよりコイツらが寝ている間に早く逃げて下さい。あと、警察呼びましょう。」

「は、はい! あの、お名前を伺っても……?」

「通りすがりのただの女子高生です。そんなのの名前なんて覚えなくても良いですよ。」

「そういうわけには…!」

「……そろそろ私、行きますね。用事があるので。」

凛は地面に置いた荷物を手にすると、ニコッと笑ってその場から立ち去って行った。

裏路地から出て停留所に向かう。

「アンタ強ぇんだなぁ。」

男が声をかけてきた。

同じく学生のようで、見たことない制服を着崩し、凛と同じ棒状の包みを背負っている。

「あなたは?」

「俺は氷川累紘ひかわ るいと。」

彼は名乗ると、あんたは? と言う代わりに指をさした。

「…白藤 凛。」

「白藤さん、ね。剣道やってんの?」

「どうして?」

「俺と同じようなのを持ってる。それ、剣だろ?」

「……さぁどうだか。私は行く。」

「まぁ待て。」

通り過ぎる彼女の肩をぐいっと引く。

「お前、私に何か用なのか? ナンパなら他を当たってほしい。」

「ナンパ…? アンタを? 確かに俺は強い女は嫌いじゃないが……連続で男を投げ飛ばす女はさすがに。」

「じゃあ何だ。」

「…そうだな、俺と戦ってほしいところだけど……あんたも俺も今は難しそうだからな。暇ができたときにそれができたらいいなと思って。連絡先、交換しない?」

「ナンパじゃないか。」

「ナンパじゃないっての。“チョーお強い眼帯女子を口説き落とす”? んーん、ダレトク?」

「悪いが断る。それじゃ。」

凛は冷たい目で累紘を見ると、今度こそ停留所へ向かった。

「……お堅い剣士だねぇ。それもブシドー?」

彼もあきらめたらしく、自分の目的地へ向かった。


*


停留所に来ると、目的地を通るバスが来ていた。危ないところだった。あの男と話していれば乗り遅れるところだろう。

凛は乗車し、整理券を受け取る。案外人はいなかった。

「…ったく……お嬢ったら人使い荒いんだから……。」

ぶつくさ文句を言いながら、銀髪の男性が乗ってきた。

その後もしばしば人が乗って来る。

そのなかに、彼もいた。

「……え。」

「……は。」

累紘だ。

「お前…着いてきたのか……?」

「……ご冗談。あ、移動中なら交換__」

「嫌だ。断る。拒否。」

累紘の言葉を遮る。彼はだよねぇとため息を吐いた。

『間も無く発車いたします。』

ドアが閉まると、間も無く発車する。

どこかのタイミングで累紘は降りてくれるだろうと心のなかで呟く。だがそれは彼も同じだ。一切視線を合わせないよう、2人とも外の世界を同じ窓で見ている。

30分。一時間。一時間半。

どちらも一向に降りない。最初はこの空間に抵抗を覚えたが、時間が経つにつれてそれも気付けば失せていた。

『次は終点__ 。』

結局最後まで一緒だった。

だが降りてしまえば後は違う道を行くだけだ。まさか、そんなまさかそこまで一緒なんてことはない。あり得ない。

料金を支払い、バスを降りる。外の空気を目一杯吸って、ゆっくり吐き出す。肺が新しい空気で一杯になるのを感じ、気持ちよくなった。

「あっ…! でっ……とっ…!」

先に降りていた銀髪の男性がつまずき、転びそうになった。しかし持ちこたえた。あの人も大変そうだ。

累紘も降り、大きく深呼吸した後にストレッチした。

凛はそんな彼を無視し、目的地へと向かう。といっても、ここから徒歩10分の場所だ。10分以内に彼と離れられる。

何の言葉を交わすことなく先へ進む。


「どうしてこうなった。」

累紘が呟く。目的地に着いた。銀髪の男性と、凛もいる。結局最後まで一緒だった。

「お前、私の後をつけているのか……!?」

「うるせぇな…! あんたが俺の行く先にいるんだろうが!」

「完全にお前が狙っているんだろう!」

「んなわけあるか! さっきも言ったろう! あんたを狙ったってダレトクなんだって!」

「白々しいぞお前!」

「そっちこそ!」

「あれ? お客人…っすか?」

銀髪の男性が、口喧嘩している彼らに問う。二人の視線は互いからその男性に向けられた。

「し、失礼しました…。私は白藤凛です。」

「俺は氷川 累紘です。コイツにナンパの冤罪かけられてます。」

凛がムッとした。

「ははは…タノシソウ。」

困惑ながらも笑顔を見せる男性。

「自分は小鳥遊煉たかなし れんっす。ここ、月皇つきがみ家に仕えてる者っす。」

男は煉と名乗った。

「つ、仕える…とは?」

「あー……ま、ここで立ち話もなんですし、屋敷に案内しますよ。」

煉はそう言って、凛たちに背中を向けた。屋敷の玄関引き戸の前にたち、片方の荷物を下ろす。がらがらと音を立てながら解放すると、そのまま中へ入っていく。

「煉、使いご苦労だった。」

奥の方からもう一人の声がした。煉と違い、それなりに年齢を重ねた男性のものだった。

「んまぁこんくらい……。それよりお嬢はどこっすか? 客人が来てます。」

「客人…? もしかして白藤様と氷川様か?」

「ええ、その様っすけど。」

「分かった。お通ししろ。」

言われた煉が姿を再び現し、こっちですと手招きした。

凛が最初に入ってから、累紘も入る。

「遠路遥々、ようこそいらっしゃいました。白藤様、氷川様。」

「お邪魔します……。」

凛が言う。

年齢を重ねたその男性は、深緑色の着物を着ていた。スッと綺麗にその場で正座すると、そのまま一度礼をした。頭を上げ、双方の顔をうかがう。

「わたくしは安藤義樹あんどう よしきと申します。現月皇家頭首、月皇陽葵つきがみ ひまり様の__ 。」

「安藤?」

彼の背後から声がした。

急いでバッと振り向くと、そこには何とも美しい女性が立っていた。背中まで伸びる黒色の髪は艶を帯び、透き通るような蒼い瞳を見れば、色とは反対に人としての温かさを感じさせる。

彼女は優しく微笑み、凛たちを屋敷に上げた。

躑躅つつじをあしらった桃色の着物。細々しい細工から見るに、それはまさに“上物”と言うに充分なものだ。

間違いなく上品であることは、その着物が似合う程の…まさしく容姿端麗さから伺える。

しかし先の…安藤という男性の挨拶を遮る辺り……。なんと言うか、普通ではない気がした。

凛はその彼女に対し、ただ者ではないだろうと直感する。

「ご挨拶が遅れてしまいました。私が月皇陽葵つきがみ ひまりです。あなた方をお呼びしたのは、この私です。」

彼女は挨拶したあと、ペコリと頭を下げた。

「さぁ、こちらに。お荷物はそこの煉にお預け下さい。」

にこっと優しく笑んだ。

「さ、こちらに。」

煉に言われ、荷物を預けた。

すると陽葵は、こちらですと言って凛たちを案内した。


大きなソファーに腰かける。凛も累紘も隣同士で少し嫌気が差している。

「……仲が良さそうで。」

陽葵がにこっと笑った。

「どこがですか! / 勘弁してくれ!」

2人の声が重なった。

「何があったのです? お二人は今日、初めてお会いになったのでは?」

「コイツがいきなり声をかけてきたと思えば、いつか試合ができる日のために連絡先を交換しろと。ナンパをしてきたんです。」

凛が累紘に指をさした。

「ナンパじゃない。アンタと試合がしたいと思っただけだ。」

「そこが変なんだお前は。」

「変じゃないだろ。強い奴を見ると力比べがしたくなるもんだ。」

「いーや変だ。普通の人はそんな風に思わない。」

「思うね。古来より和の国の民、主にサムライは常にそうだ。」

「お前の侍へのイメージはどうなっているんだ。」

「うるせぇな。それよりナンパではないことは分かれよ。」

「絶対にナンパだ。」

「んなわけねぇっつってんだろ。」

「ハイハイお二人とも、そこまでです。」

陽葵が手を叩き、2人の言い争いを止めた。

「まず累紘さん。剣士たるもの、強いものに惹かれる気持ちは分かります。私もそうですから。しかし見ず知らずの人にいきなり連絡先を聞くのは確かに変質者です。」

「………ぐっ…すまん。」

「そして凛さん。先程からお話を聞いていますが、言葉遣いが少々荒いようです。初対面の方を相手にする際の言葉遣いではありませんよ? 特に、『お前』という呼び方はいけません。」

「………すみません…。」

「お二人とも、謝るべきは私ではありませんよ。」

「………………。」

2人が互いの顔を見ると、静かに頭を下げた。そして表情から幾分か反省していると互いに察した。

「……そういえば陽葵さん…。どうして……ひ、かわ…さん……が剣道部の剣士だと分かったのですか?」

言いにくそうに凛が問う。先までにらみ合いをしていた相手をすぐに呼ぶ気にはなれないのだ。

「私たちの御家には共通点があります。まず、あの棒状の包み。あの中は抜けない刀、ですよね?」

「…あれの正体を知っているんですか?」

累紘が問う。

「ええ。あれは、大昔から存在する呪われし刀。“妖刀”です。」

「よ、妖刀……??」

2人が思わず立ち上がった。

表情を変えず、彼女は続ける。

「その刀についてお話ししましょう。今から約50年前まで、アヤカシと呼ばれる異形により、この世界は蹂躙されていました。その存在が確認されたのは、最も古くて江戸時代中期。それからは出没して世界を満たしたり、忽然と姿を消えたりを繰り返していたのです。」

陽葵が話していると、小声で入室の挨拶して煉がやって来た。お茶をそれぞれの前に出すと、彼はそのまま陽葵の隣に座った。

「アヤカシ…とやらの話はよくわからないが……最後に存在を確認して、それで現在に至るまで出現していない、と?」

累紘が言う。

「そうです。しかし最近……。」

陽葵の表情が陰った。察した煉が代わりに続ける。

「最近、50年ぶりにアヤカシが出現したんすよ。しかも結構大きいヤツ。ガシャドクロっつーんですが、でっかい骨だけのアヤカシで、人間を掴みとってはパクッといっちゃうヤツなんすよ。まぁ…なんというか……お嬢のお父様…つまり、ここの前の親方様がそのアヤカシに……。ほら、さっき行ってた繁華街。やけに工事中の場所が多かったでしょう? アヤカシが暴れまくったせいっす。」

「……ほんとに……?」

凛が陽葵に問う。暗い表情の彼女を気遣い、煉に視線を向けた。

「あれ? もしかしてお嬢と同じく何も知らされてない…?」

煉が問うて来た。

「……待ってくれ。もしかしてあれか? 霧が出たら静かにしないといけないという教えを母親からされた。熟れた果実のような甘い臭いがしたら鼻をつまむ、とか。それって……?」

累紘が言う。

「あ、それっす…。霧はアヤカシが現れる前兆。臭いは…確かアヤカシの元締めみたいなヤツが発するやつっすね…。俺もそんな詳しくないっすけど。」

煉はそう返すと、苦笑いして後頭部をかいた。

「…アヤカシを倒せるのは、この世界に存在する8本の妖刀だけ。一応ある程度のアヤカシなら、準妖刀っつって量産型の刀でも倒せるんすけど…上等とやりあえるのは基本的にその8本だけっす。烈火、氷結がそれぞれ2本。疾風、迅雷、燦爛さんらん晦冥かいめい。今ここには、唯一2本ずつ存在する烈火と氷結が揃ってます。白藤サンとうちのお嬢が烈火。そんで、俺と氷川サンが氷結っす。」

「それぞれ意味があるんですか?」

「よくぞ聞いてくれました白藤サン! どの属性よりも攻撃に特化している烈火を継ぐ2つの御家…。その傍に在る氷結は攻守ともにのバランス型と言われているっす。炎は希望で、氷はその盾。まぁ早い話、俺、小鳥遊家は昔から月皇家に仕えていて、そして氷川サン家は昔から白藤サン家に仕えていたんすよー!」

「……ハァアーーーッ!?」

煉の説明を聞いたあと、凛と累紘の声がまた重なった。

「これが従者!? / これの従者!?」

互いに顔を見た。それぞれ驚きのあまりに目を丸くしていた。しかし驚きだけではない。軽く絶望にも似た嫌な感情を覚えたのだ。

「おふおふ…お二人ともお嬢のお話をもうお忘れに……?」

「冗談じゃない……! だいたい、ほんとに古くからの家臣ならどうして私の近くにいなかったと!?」

「そうだ! 古くからの家臣なら…これの近くにいるのもあれだけど。」

「双方とも落ち着いて下さいよ……。んなこと自分が知るわけないじゃないですか……。むしろこっちが聞きたいくらい。そのなかのひとつとして……例えば白藤サン。その目、どうしたんすか。」

凛の目を見て煉が問う。

彼女は言いたくなさそうに口を閉ざした。彼はため息を吐くと、続けた。

「今回お二人をここにお呼びしましたのは、アヤカシ再起を封じるために協力してほしいからっす。月皇家と白藤家は共にアヤカシの脅威から民を救ってました。言わばアヤカシ斬りの二柱。今一度ここに集結し、現世に蘇った異形から人々を守るために戦って欲しいんすよ。ね、お嬢?」

陽葵を見る。彼女は暗い表情ながらも無理に笑んだ。

「……はい。煉、ごめんなさい。あなたに最後まで説明させてしまって…。」

きごちない笑顔で彼に言う。

「無理しないで下せぇ…。お嬢が無理しない為に、俺がいるんすからね?」

煉はそう言って、手前に出したお茶を彼女に差し出した。

陽葵はそれをそっと受け取り、一口だけ飲んだ。

「ありがとう、煉。」

「いーえ。」

彼は嬉しそうに笑った。

「……お二人とも。どうか私たちにお力をお貸しください。」

彼女の頼みに、凛たちはすぐに返事を返せなかった。それはなぜか。少なくとも凛の中でいくつか疑問が湧いてきたからである。

まず1つ。アヤカシの起源は何か。

2つ。何故準妖刀というものはあるのに、8本しかないという妖刀はもっと量産されないのか。

3つ。そもそも妖刀とはどういったものなのか。

ほかにもあるが、引き受ければいくつか晴れていくだろう。だが1つ。今ここで明らかにしてほしいことがあるのだ。

「……死にますか?」

戦死するか、だ。

世を蹂躙するような連中が相手だ。正直、聞くまでもない。それにさっき答えを聞いた。

陽葵さんのお父さんは、50年来に現れたアヤカシにより、“殺された”のだ。

陽葵は静かに、こくりと頷いた。

「準妖刀使いのアヤカシ斬りも、何十人と葬られました。これまでの歴史で言えば、数え切れないくらいにまで……。アヤカシとの戦いによって、多くの戦死者を出してしまいました。8本の妖刀を継ぐ者たちも、同じく……。」

陽葵が申し訳なさそうに事実を伝える。

累紘のため息が隣から聞こえた。

「なぁ月皇のお嬢様。俺たちは学生なんですよ? どうして俺たちがやらなければならないんです? そもそも烈火とか氷結? 以外の妖刀使いはどうしているんですか。」

彼の声には不満から来る苛つきを感じさせた。

「アヤカシ斬りは、実は政府公認の組織なんです。秘密裏の組織ですけど。それで、8本の妖刀使いは各所に配置されています。アヤカシはここだけに現れるわけではありませんから。東西南北、昼夜問わず。だからいつでも迎撃できるよう、全国に散っているのです。」

「そのうち4人がここに? というかそうでなくても烈火と氷結が常に一緒なら尚更人手が足りないと思うんだが。協力しても、意味がないのでは?」

「おっと。この先の話は“一応”対アヤカシ防衛作戦の情報っす。先にも言いましたように、アヤカシ斬りは秘密裏の政府組織。こういう話は機密情報なんすよ。つまり、軽々しく教えられない、と。」

「何をどうするか分からないのに協力してほしい、と?」

「何をどうするか決まってなかったら、それ“作戦”って言わないっすけどね? 決まってるから“作戦”なんすよ?」

「悪いけど俺は降りる。死にたくない。」

累紘が言った。

「お、おい……。」

凛が彼を説得しようとしたが、煉が口を開いた。

「それでも良いっすよ。ただ、条件があるっす。」

「降りるのも条件が?」

「そりゃそうっすよ。俺たちはサムライ。敵前逃亡するサムライがどうするか、知ってますよね? ハラキリ。切腹っす。」

「は…!?」

累紘の背を冷たいものがなぞった。

「俺の氷結は俺しか使えない。お嬢の烈火はお嬢しか使えない。まず継承の儀を執り行って貰うっす。その段階でハラキリしてもらうって話__ 」

「まてまてまてまて! それじゃあ端から選択肢がないってことか!?」

「やだなー選択肢はありますよ? 自分が戦うか、自死して次の世代に託すかっす。まぁ学生だから子供とか弟子とかまだいないと思うんで……ハッキリ言って今それ選んだら無駄死にだし、国にとってどころか人類にとっての大損害になるだけっすけど。」

「どっちも死じゃないか! というかやっぱり選択肢がないじゃないか!!」

「……人殺しを何とも思わないような敵が目の前までいるってーのに、戦わないで生き残れる道があるなら教えてほしいもんですよ。戦えば生き残れる“かもしれない”。でも戦わなければ死“しかない”。“か、さもなくばか”……つってね。」

煉が冷たく言う。

「…………。」

彼の話を聞いて、累紘が息を呑んだ。

「私は……やります。」

重たい空気のなか、凛はそう言った。

「アヤカシとか見たこと無いけど…何も分からないまま殺られるくらいなら……私は少しでも抗いたい。」

「凛さん……。」

彼女の眼差しは揺るぎ無い決意…なんてものはなかった。どこかまだ迷いが残っていながらも、その言葉に嘘はないだろうことは力強さから分かる。

「……分かった、分かった。正直俺も死ぬのは御免だ。でも、どうせ死ぬなら思う存分暴れてからが良い……かも。」

累紘が言った。不満は拭いきれて無いだろうことが、その苦しそうな表情から伝わった。今すぐ拭えと言うのも無理な話だ。

「イチオー、まとまってくれたみたいっすね!」

煉がにこっと笑った。

そういえばこの人は目付きが悪い。だから、切腹するしかないとか言われた時の威圧感が半端なく感じた。威圧をかけている自覚は無いだろう。

「感謝します、お二人とも…!」

陽葵が立ち上がり、まずは凛に手を差し伸べた。その手をぎゅっと握り、2人は握手を交わす。

「アヤカシと戦うためのご教授、よろしくお願い致します。」

凛が言うと、

「はい、もちろんです。」

と陽葵が笑った。



◇???

広大な竹林の中に精神を統一させている者がいた。そよ風で竹林がざわめく。これが今後起きる不吉な予感を感じさせた。

「あず様。」

黒い衣に身を纏った男がその者の背後に姿を現した。

「おや? もしかして召集?」

視線を合わせず聞く。

「はい。月皇様と白藤様がお揃いになられたと。」

「予想より遅かったなぁ。……というか、あの白藤さんが? へぇー……復帰するんだね。まぁ、やられっぱなしじゃ終わらないって信じてた…って言っとこうかな……。集合場所は月皇家のお屋敷だよね。」

「はい。」

「分かった。今から行く。」

「御意。」

男がフッと姿を消す。

精神を統一させるつもりが、ざわめく竹林のせいで殆んど集中できなかった。

そのうえ召集の命令が来ては逆らえない。

「さて、いきますか……。」

その者、くノ一忍者の女は颯爽とその場から立ち去る。まるで最初からそこにいたのは影だと言わんばかりの神業だった。



◇???

密閉した空間に、“彼”はいた。

エレキギターの調子を整えて一曲歌おうと思っていたので、誰の迷惑にもならないところにいたのだ。コードを繋ぎ、いよいよ弾き始めるというタイミングだった。

煌電こうでん様!」

出入り口を勢いよく空け、派手な格好の男が入ってきた。

「…チッ……お前…そろそろってところで邪魔してきやがって。何の用だ。しょーもねぇことなら、マジに潰すぞ。」

興冷めさせられた彼は不機嫌そうに言った。

「それが、月皇様から召集のご命令が!」

「ア? 月皇からだ?」

「はい!」

「マジでめんどくせぇ…。が……逆らうわけにもいかねぇ…。オイお前、全員に伝えろ。とっとと支度しろってな。それも、“大マジ”でな。」

「はいっ!!」

足音が小さくなる。

ギターを置き、代わりに鞘に納められた刀を手にした。



◇???

屋敷の2階から町を見下ろす白い髪の男。腕を組み、仁王立ちして堂々ているそのサマはまさに“おとこ”。しかしその顔は見たものに爽やかな印象を与えるだろう。

彼の隣には似たような容姿の男が跪いていた。させられているというわけではなく、心から敬愛しているのがその姿勢の美しさから分かるだろう。

「ムッ。いよいよか。」

仁王立ちしている男が言う。

「…みたいだねェ…。」

顔を上げ、がら空きである彼の背後に視線を向ける。

すすむ様! 大我たいが様! 月皇様から召集のご命令を頂戴しました!」

「…ウム。 デアルカ! 分かった!! 今から出よう!!!」

「にーに、町の方向に言ってどーすんのォ。」

「ワッハッハッハッハッ! これはこれは失礼した! さ、準備にかかろう! 大我、皆に伝えてくれ。今から月皇家に移動する!」

「はァ~い…わかったよにーに。」

大我と呼ばれた彼はゆるりと立ち上がると、その場から立ち去って言った。

「……アヤカシ再起…。なんとしてでも封じなければならない……。今度こそ……我らの手で……!」

万と呼ばれていた彼はその大きな手のひらを太陽に向けると、ぎゅっと握りしめた。

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聖剣ノ刻 @hajime_nakagawa

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