第4話 憧れの王子と手合わせ
バートランド殿下はお強い。
この国の精鋭騎士ですら、手合わせでほとんど勝てない。
剣技もさることながら、単純な膂力でも右に出る者はなかなかいない。
当然女の私が力で勝てないことは分かっていた。
これまでも屈強な男性騎士に力で勝ったことなどない。
それでもグリーゼルお嬢様を護衛する精鋭騎士として選ばれたのは、その素早さと磨き上げた技巧の高さからだ。
殿下の周りを飛び回り、隙を突いては模擬剣を殿下の体ギリギリに突き刺す。
殿下のお身体に傷を付けるなどあってはいけないが、翻弄するだけで充分だった。しかし殿下はそれを苦もなく剣でいなす。
「どうした? 来ないのか?」
私の様子を伺う攻撃にしびれを切らしたのか、殿下は物足りなそうな声を上げる。
「魔法を使ってもいいぞ」
魔法――この国は魔力に満ちていて、魔法を使える者も多い。
私も例外でなく、木属性の魔力を持っている。
蔓で足止めしたり、傷を縫いとめるような細かいこともできる。
しかし隣国マクスタットでは、この国ほど魔力は多くない。
バートランド殿下は魔力をお持ちなんだろうか?
もしないのであれば、魔法あり対魔法なしという大きなハンデを付けることになる。
そこまで甘く見られているのであれば、正直悔しい。
「魔法を使わない殿下に私だけ魔法を使うなどできません」
殿下のご提案を無下にしたというのに、殿下は嬉しそうに口角を上げた。
「誰が魔法を使えないと言った?」
そう言って剣にボウっと火を灯す。
煌々と燃える剣に照らされて、殿下のお顔が橙に染まる。
「剣に纏わせるくらいならできる」
そう言った次の瞬間、殿下はギラリと瞳を輝かせた。
そして一歩踏み出し私に剣を振り下ろす。
大きな一歩は、易々と私を殿下の射程圏内に入れ、赤く燃える剣が向かってきた。
私はそれをなんとか転がって避け、すぐ様体制を立て直した。
しかしまた今度は横から赤い剣が襲ってくる。
飛んで避け、転がって、また走って殿下の死角に入ろうとする。
それも虚しく私はその剣に翻弄されるばかりで、何もできない。
しかも剣の炎は私の目の前に到達する前に、消えるのだ。
完全に手加減されている。
「ほらお前も魔法を使って応戦しろ」
騎士たるもの、こんな安い挑発に乗るべきではない。
私が尊敬する先輩騎士なら絶対そう言ってくる。
しかも相手は隣国の王子だ。
もし本気を出して、勝ってしまえば…………。
勝ってしまえば?
唐突にバートランド殿下の昔見た悔しそうに剣を振る姿が蘇った。
*****
――カランッ!
屈強な騎士が剣を取り落とす。
「お見事です。さすがはバートランド殿下」
「まだだ! もう一度戦ってくれ。今度こそお前に膝を折らせてみせる!」
まだあどけなさの残るバートランド殿下の声が訓練場に木霊する。
相手をした騎士は、困ったように眉を垂らして苦笑いした。
「何を仰いますか。私は殿下に負けたのですよ?」
騎士の言葉に、殿下は悔しそうに顔を歪めた。
「手加減をしておいて、何を言う」
「ご冗談を。私は充分本気でやっておりますよ」
肩をすくめて笑う騎士は、本気を出す気はなさそうだ。
痺れを切らした殿下は、周りに目を向けて代わりを探した。
「くっ、他に相手になる者はいないのか!?」
それから何人も自分より大きな体躯の騎士を相手に、汗を散らして真剣に剣を振っていた。
*****
屈強な騎士たちが本気で相手をして、王子を傷つけることなど許されるわけがない。
きっと手心を加えられていたんだろう。
それに気づいたから殿下は、歯痒さを感じていたんだ。
だから打ち合いでは勝っていても、まだ足りないとばかりに、真剣に剣を振っていたんだ。
本気で相手をしてもらえないことに、悔しさを感じて……。
幸い私は殿下より弱い。
おそらく私が得意な木魔法を使っても勝てないだろう。
それならば全力で戦ってさしあげるのが、礼儀だ。
体を斜めに傾け、素早く殿下の周りを駆ける!
殿下が炎の剣を振るため足を一歩前に出したところで、木魔法で足を縫いとめた。
空中で足を止められた殿下は、バランスを崩す。
振り下ろす剣がへにゃりと曲がったのを見計らって、素早く方向転換!
まだ体制を戻す前の殿下の懐に入り込み、その首元の手前を目指して剣を振る!!
「クルト!!」
――つもりだったが、届かなかった。
私はジョルジュさんの咎めるような叫び声で、動きを止めた。
しかしそれよりも早く殿下の剣が、私の目の前で剣を止めていた。
まだ煌々と火を放つ剣が、目の前にあり焼けるように熱い。
火を消す余裕をなくす程、バートランド殿下を追い詰めたらしい!
これで殿下にはお楽しみいただけただろうか。
高揚感から顔を上げると、殿下は「あ!」と驚いたような声を上げて剣を引く。
私も殿下を傷付けないように、剣を引くと……なんか焦げ臭い?
どこだろう? と殿下の服を確認するもどこも焦げた様子はない。
その引き締まった筋肉を、少し着崩した上質なシャツで隠している。
私が呑気に観察していると、チリッと鎖骨辺りに痛みが走った。
「あっつ!!」
燃え広がる前に手ではたいて火を消そうとしていると、バートランド殿下は叫んだ。
「レオポルド! 水だ!」
私が手で火を払って消したところで、目の前に水の球が二つ出現する。
「ぶっ!!」
二つの水は私の顔目掛けて襲いかかり、私は水浸しになった。
「大丈夫かい!?」
「すまん!!」
レオポルド様とジョルジュさんが同時に声を上げる。
そういえばレオポルド様も水魔法を使えるし、ジョルジュさんの得意魔法も水魔法だ。
「…………」
着替えは持ってきていないから、王城を汚さないように服を借りないと。
私は水浸しになった自身を見て、心の中でため息をついた。
とりあえず火傷などはしていないことが幸いだ。
「大丈夫です。水を被っただけですし、火も消えています」
私は剣を納め、バートランド殿下に一礼すると、ふわりと背中に上着がかけられた。
高貴な香水の香りに包まれると同時に、上着の重みで濡れた服が肌に張り付いた。
これは間違いなく上着も水を吸っただろう。
「殿下! 服が濡れてしまいます!」
私に上着をかけてくれたのは、バートランド殿下だ。
「元はと言えば、オレのせいだ。着替えを貸そう。オレの部屋まで来てくれ」
私はそのお言葉に耳を疑った。
えぇぇぇぇっ!?!?!?
殿下のお部屋!?!?
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