第3話 憧れの騎士は王子様

「やあ、バート。待っていたよ」

 

 訓練場で待っていたレオポルド殿下は、バートランド殿下を見て手を挙げた。

 それからお嬢様にも近づいて「連れてきてくれて、ありがとう」と優しく声をかけた。

 どこからどう見ても相思相愛のお二人に、お幸せそうで本当によかったと思う。それと同時に違う感情が胸をきゅーっと締め付けた。

 

「それではわたくしはこれで」

 

「待ってくれ」

 

 完璧な淑女の礼をして立ち去ろうとするお嬢様を、バートランド殿下が止めた。

 

 どうして止めるのですか……。

 お嬢様はお二人の邪魔をしないために、身を引こうとしているのに。

 

 元々レオポルド殿下とバートランド殿下は竹馬の友だ。

 それがお二人は同じ方を好きになってしまった。

 ライバル関係になってしまったお二人は、お嬢様がいなければ元の関係でいられる。

 それにご自身も振られた手前、気不味くはないんだろうか。

 

「レオポルドが剣を振るう姿を見たくはないか?」

 

「……でもわたくしが見ていては、気が散りませんか?」

 

「大丈夫だ。まあレオポルドが格好よく勝てる姿が見れるかは保証しないがな」

 

 明るく笑うバートランド殿下に、レオポルド殿下も加勢する。

 

「バートは強いからね。グリーゼル、よかったら見ていきなよ」

 

 クスッと上品に笑ったお嬢様は、二人の言葉に頷いた。

 私はお嬢様をベンチまでエスコートし、その後ろで打ち合いを見守る。


 さすがはバートランド殿下。

 見事な剣捌きに思わず見惚れてしまう。

 騎士としても、一瞬足りとも見逃せない攻防に息を呑む。

 

 やがてカラァンッと剣が音を立てて転がり、それと同時にレオポルド殿下が地面に倒れた。

 お嬢様は不安そうに口元を両手で覆ったが、レオポルド殿下は平気そうに立ち上がり、笑った。


「やっぱりバートには敵わないな」


「当然だ。だがお前も勘を取り戻してきたようだな」


「さぼってたわけじゃないからね」

 

 レオポルド殿下はお倒れになってから、久しぶりに握った剣の腕を取り戻すように訓練を重ねていた。

 私たち護衛騎士も何度かそのお相手をさせていただいている。

 今日はその成果を見せる為に誘ったのだろう。

 剣の達人であるバートランド殿下は、それに胸を貸した形だ。


「しかしまだ物足りないな。護衛騎士のどちらかオレと手合わせしないか?」

 

 その言葉には私も、もう一人の護衛騎士であるジョルジュさんも驚愕した。


「いえ、我々は護衛の任務があります。お誘いは大変ありがたいのですが……」


 恐縮して断るジョルジュさんに、まさかのレオポルド殿下から後押しされる。


「それなら僕がいるから一人ずつなら大丈夫だよ。相手をしてやってくれるかい? 僕じゃまだ力不足だからね」


 確かに以前とは違い、最近は平和なものだから護衛が一人減っても大丈夫だろうが……。

 私が躊躇っていると、息を一つ吐いたジョルジュさんがこちらに目をやる。

 

「クルト、殿下に胸を貸していただけ。その間の護衛は私が引き受けるから」

 

 先輩に指名された私は、断ることはできず苦笑いで肯首する。

 私とジョルジュさんなら、ジョルジュさんの方が強い。

 だから護衛に残るのはジョルジュさんの方が相応しいのは分かる。

 

 しかし! それでも! 憧れの王子様相手に手合わせだなんて!

 舞い上がっていいのか、恐れ慄いていいのか分からない……。

 今までの人生で危機は何度かあったけれど、これほど夢見た状況は一度もない。


 私は一応伯爵家の生まれだ。

 お姉さまたちはレースや刺繍が施されたドレスを見に纏い、大股で歩くなんてことはしない。

 もちろん私もそうなるべく教育された。

 しかし私はそれが窮屈で仕方なかった。


 ある日騎士であるお兄さまに会いに、騎士団の訓練場に行った時、一人の騎士を見た。

 その中では決して大柄ではなくまだ成長途中の青年の剣技に目を奪われた。

 

 美しいと思った。

 屈強な騎士たちに囲まれて、負けたわけでもないのに、誰よりも真剣に剣を奮っていた。

 どこか悔しさすら滲ませるその真剣な姿に見惚れた。


 私も彼の隣に並びたい――そう思った。

 普通の令嬢ならきっとドレスで着飾って彼に気に入られようとするのだろうが、私はそうならなかった。

 ただ彼の剣をもっと近くで見たいと――。


 それから私はドレスを脱ぎ捨て、止められるのも振り払って体を鍛えた。

 お兄さまに隙あらば剣の練習に付き合ってもらって、騎士団に入団するまでに至った。


 その憧れの騎士が今目の前にいる――。


 あの騎士が騎士ではないと知ったのは、本当に最近だ。

 それまでお兄さまに聞いても、「そんな騎士いたか?」と首を傾げるだけだったし、騎士団に入団してからも一度も見かけることはなかった。


 その方が王城に現れた時は、目を疑った。

 一瞬であの時の騎士だと分かった。

 それと同時に王子である彼のお方に並び立つことは、どれだけ剣を極めても不可能なんだと思い知った。

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