小ネタ 6 (時代小説風 (?) ゲンシンとシオンとツブラの玉と)

花が綻ぶ卯月の時節。

巳の国イザナは、春の嵐の最中である。


桜の花びら舞い散るクロサギ城、その夢の通い路の如く麗らかな廊下を一人、浅黄色の羽織を纏ったサムライの青年が歩いて行く。

青年―――シオンは、普賢一刀流の屈指の剣士である。彼の眼光は、天の覇を取る大鷹でさえも怯むほどに鋭く、厳かな威圧感は身体から溢れん程だ。

正に、サムライそのものを現した堂々とした姿である。


シオンは無礼を避けるため、羽織に付した花びらを払い、謁見の間の襖を開け主君の元へ赴いた。


「ゲンシン様。シオン、ここに登城仕とじょうつかまつりました」


そう言ってシオンは平伏し、両手を畳みについてこうべを垂れた。


「うむ、苦しゅうないぞ。おもてを上げるが良い。」


高座の上で胡坐をかいたまま、シオンの主君――――イザナの国主ゲンシンは、シオンに向かって言い放つ。

その言葉を受けてシオンは、はっ、と一言だけ発し顔を上げ、ゲンシンの方を向いた。

そしてシオンは、主君の次の言葉を待つ。


「お前を呼んだのは、他でもない。ちい、と頼むことがあっての。あの、ミグランスから来ておる剣士の―――――何といったかのう?」


「アルドの事でございましょうか、ゲンシン様」


「そう、そうじゃアルドじゃ。そのアルド絡みじゃて、な。確かお前の友でもあったろう? そこでシオン、お前に一働きしてもらおうと思っての。」


「はっ。殿の心の赴くままに――――如何いかようにも致しましょう。」


「うむ。お主、あのアルドが集めておるなるものを、知っておるか?」


シオンの応えに満足そうなゲンシンが、髭をいじりって話し始めた。


「はっ。確かノポウ族が持つ、希覯きこうな品々との交換に用いておりますが…」


その言葉にゲンシンは目を細めながら、どこか残念そうにシオンをねめつける。

そして、


「交換、か。つくづく物の価値の分からぬ若造よ。」


と言ってから、くく、と声を漏らした。

ゲンシンは、下卑た態度を憚ることなくアルドを――――曲がりなりにも部下であるシオンの仲間を――――くさしている。


「まあ良い。そのツブラの玉をアルドの手から――――ワシの元へと運んで欲しいのよ。用はそれじゃ。」


「はっ。してゲンシン様、それは……アルドに金子きんすを渡し購入……或いは奪ってこいとの事で―――」


ツブラの玉は、手に入れるには限りのある物品だ。

それと交換する品々は、どれもアルドの旅にとって大変な助けとなっている。

故に金では、釣り合わぬのだ。

アルドはくみしやすい相手ではある。

頼めば斟酌しんしゃくもしてくれようが、しかし金での交渉は難儀する公算が高い。


さらに言えば、ゲンシンは……有体に言ってしまわば、下衆ゲスな国主である。

そもそも素直に金を払うという素直な心は、母親の腹に置いてきたような男だ。

――――なれば奪取してこい。と……そう話が流れていくであろう、とシオンは予感していた。


「これ、シオン。奪うなどと人聞きの悪い事を言うでない。ちょっと借りるだけじゃ。」


だが、そうではないらしい。

ゲンシンの言葉は、情けを持たぬ部下を躾けねばと言わんばかりの、窘めるような物言いであった。


「なぁに、用が済めば返すわい。それまで貸してくれるようアルドに交渉して欲しいのじゃ。」


「はっ。畏まりました。交渉のために一つ、御無礼を容赦して頂きたいのですが……殿の用とは一体何でございましょうか?」


シオンは、何故ゲンシンがツブラの玉を欲しているのか、その訳を問うた。

借りるとなれば、いずれ返さねばならぬ。

その貸借期間は、ゲンシンの用向き次第となるだろう。

ために、アルドから借り入れるのは如何ほどの間になるかを、交渉に臨む前に知っておきたくシオンは、問うたのだ。


「ふむ、そうじゃな。お前に教えておこうかの。」


シオンの意図を汲み取ったゲンシンが、説き始める。


「ツブラの玉とはな、時の女神の教会の主――――時の娘の造り上げた、情報収集装置じゃ。あの時空を彷徨さまよう教会から滅多矢鱈めったやたらに地上にばらまかれておるのじゃよ。」


「情報収集装置、で御座いますか……。」


「うむ、いわばあらゆる時代のあらゆる景色が、声が……無差別に集められては幻燈となって保管されている、理外にて奇異なる機巧カラクリよ。そう、ありとあらゆる……な。」


「と、なれば後は分かるであろう? 必要な情報ものが得られればそれでよいのじゃ。」


と、ツブラの玉の情報元としての存在理由について説いた。



ああ、そうか。

そういう事か。

シオンは、心を得た。

殿は、間諜かんちょうでは足らぬ情報を得るために、ツブラの玉を求めているのだ、と。

思わず頷いたシオンの頭のハチマキが、小さく波を打つ。



現在、このイザナの国には異形なる者ども―――妖魔による国難に晒されている。

世界にばらまかれたツブラの玉に記録された幻燈には、もしかしたらそれら妖魔の企みに繋がる映像もあるかもしれない。


更にいわば、家臣の動向も探れるかもしれぬ、とシオンは思った。

国家運営とは、決して一枚岩ではない。

国主の座をゲンシンから掠め取るために、家臣でありながら妖魔達へ協力するような不埒なる者どもが存在する可能性もあるのだ。


あらゆる時代に投げられたツブラの玉から、この国の、妖魔の企みに関する情報だけを抽出して探す。

そのような作業には、士官しているサムライの多くを駆り出すかもしれない。

とても効率的とは思えない。

だが。


『爵禄百金を愛みて敵の情を知らざる者は不仁の至り』


これは著名な兵法書に示される文言である。

財や手間を惜しんで、敵の情報を得ない事の愚かさを説いている。

無差別に事象が記録されているであろう、ツブラの玉からの情報収集作業に係る人力は、確かに大きい。

だが仮に、イザナを国難から救えるような情報が得られたならば、その価値は百金どころか値千金以上である。





「それにのう、シオン。」


胡坐をかいていたゲンシンは、すく、と立ち上がり梅花が活けてある壷まで寄った。

そして僅かに残る梅の香りを楽しんだのち、花房をその手で弄ぶ。


「もしかしたら、あの生意気なタヌキツネめの鼻も明かせるかも、の。」


「………はっ。」


云うと同時に、くしゃり、とゲンシンの手の中で梅花が潰れて舞い散った。

謁見の間の畳の上に、無残と潰えた花弁が落ちる。



(……タヌキツネ、とは―――――隣国の女公主、ガーネリ殿の事か)


ゲンシンは、はっきりと、その名を出したわけではない。

しかしシオンは、彼が言わんとする人物がガーネリであると即時に察した。

それが証にゲンシンは、憎々しげに北方……辰の国ナグシャムの方向を見つめている。


ガーネリは、その地位を得るまでの道程にが多い人物である。

出自は勿論、皇位に就くまでの諸々は、憚る事無く民草の間で噂になる程だ。

ガーネリが抱えている薄暗い事柄は、一つや二つではないだろう。

ほこりは山積みになっていて、叩くまでもない。


もしツブラの玉から、彼女の非道や国家間での禁条きんじょうれる行いの証左が得られれば……今後、辰の国を相手取っての外交では、この上ないの手札と成るだろう。





「アルドより借りるツブラの玉に、必要な映像が無くば返す。あった時にはその分だけについて買取を、また交渉するという流れじゃ。―――――という事で、任せて良いかの? シオン。」


「はっ。」


なゲンシンからの指令が、思いのほか真っ当である事に、シオンはいささか安堵した。

外国の王を弑してこい、などというシオンが別途べっとに命ぜられた任に比べれば……正直な所、幾分も気が楽である。

国家安康に益するのであらば、シオンにとってこの任務は是非もない。


「殿。その任、しかと承服致しました。」


「うむ。宜しく頼むぞよ。」


「はっ。妖魔を始めとした国難への対処。外交手札の増強。それらの為に理外の存在たるツブラの玉を利用するという殿の深慮遠謀に、このシオン、誠、感服の至り。」


「……………。」


「報国のため、アルドよりツブラの玉を借り入れるという御役目おやくめ、必ずや果たしそうろう――――。」


シオンはゲンシンに向かって再びこうべを垂れ、任務への意気を示した。











































「妖魔? 国難? 外交の手札? ちょっとちょっと、お前何言ってんの? ワシはただ、女湯おんなゆの記録映ぞ」


「殿、それ以上はいけない!!」













(ツブラの玉で何の映像を探すつもりなのか………その先を聞いちゃったら、主君といえど斬らざるを得ない。サムライとして。

 それはそうと、時代小説っぽく書いてみたかったのですが……なんか変ですね。シオンが「はっ。」とばっか言ってますし。あと、引かれるかもしれませんが、自分はゲスなゲンシンの事が大好きです。)

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