3章 旅の途中でお買い物
ヴェルとイーラ、そしてオレンドとシャンディの4人は、
興行をしながら人族の街の中で最も栄えた街アキュエリを目指して旅をしていく。
道中立ち寄った街にて。
この街での興行を明日に控え、その日の食材を街へ買い出しに出ていた。
「ねぇヴェル!あれなーに!」
イーラは青物がずらっと並んだ行商露店を指さして聞く。
「ふむ。野菜露天だ」
街々で作られている食物が異なり、演劇旅団はその街その街の特産を仕入れては楽しんでいた。
「へえー!あの森みたいなのも野菜?」
それがこの街の特産。
「そうだ。ブロッコリーという」
「へえー!すごい形ね!」
珍しい野菜なのだろう。確かに大陸のあちこちを回ってきたヴェルも頻繁に見かけた記憶はない。
そして道の先にある露店を見つけて、イーラの瞳に宿る好奇の光がキラキラと輝きを増す。
ギラギラ、と表現する方が適切かもしれない。
「あっちは?かわいいー!」
棒状の細い削ぎ木の先端に赤、白、黄色の透き通った塊。
形もひし形や円形、ハート形の物まである。キャンディだ。
「ふむ。あれはキャンディーという」
「きゃんでぃー?ってなーに?」
イーラが食い入るような眼でキャンディーを見つめる。
それが何なのか、気になっている様子。
「ふむ。口に含んで楽しむものだ」
食べられるの!?と目を丸くした後、
「へえー!甘いの!?しょっぱいの!?」
「甘い味のものが多い」
「へえー!…へー…」
それがお菓子の類であると認識したのか、その瞳には「ほしい!」と書いてある。
ただし、ほしいと口に出さないのは彼女なりの遠慮。二人は旅の駄賃を殆ど持っておらず、演劇旅団の手伝いをして少ない日銭を稼ぎながら旅している。
1日に1000ギル。
ギルは人の用いる通貨だ。人族の神であり、繁栄をつかさどる神ギルディの名の一部を借り受けている。
露店で食事をしようものなら1食300ギル。キュイジーヌと呼ばれるちょっとした飲食店では500ギル。
商業都市に存在する高級店リストランテであれば1食2000ギルはする。そのためヴェルが1日働いてやっと二人で外食ができるほどの駄賃。
もちろん衣食住まで面倒を見てくれて、移動費がかからないことを考えれば、それでも破格中の破格だけれど。
「…ほしいのか」
ヴェルが聞くと、
「いいの?」
再び目はギラギラと輝き始める。一瞬前の迷いがうそのよう。
キャンディ!キャンディ!と瞳の中の小人イーラが小躍りしている。
「かまわん。なかなか演劇というものは難しいゆえ、まだ賃金は少ないが、買うことはできる」
「やったー!ねえ、私黒いのがいいー!」
意外な色の指定を受け、ヴェルはふと露店の方に目を向ける。大小色とりどりのキャンディが、生垣を模した装飾から飛び出し、いかにも子供たちが好きな雰囲気。
少し目を凝らせばその中にいくつか異色を放つものがある。クリスマスツリーの中に、切れた電飾が混じっているような見た目だ。
「よかろう」
その黒いキャンディの存在を視認した後、ヴェルはツカツカと露店へ向けて歩を進める。
店主はヴェルと後に続くイーラに気づく。
「ふむ。店主よ。その黒いものをひとつもらおう」
「黒いキャンディでよろしいですか?…黒いキャンディはちょっと玄人向けなのですが、よろしいですか?」
そうか、確かにヴェルも黒いキャンディは聞いたことがない。ならば他の色の方が良いのでは、とイーラの方へ目を向けると…。
玄人向け。子供が大好きな言葉だ。イーラはそのギラギラの眼差しをヴェルに向けている。
とそのまま店主に向き直り。無言でうなずく。
「あ、はい。わかりました」
店主は生垣の装飾から一本、小ぶりの黒いキャンディを抜き出すと丁寧に柄の部分を軽く拭きとる。
「どうぞ、100ギルです」
「ふむ」
「はい、ちょうどですね。ありがとうございます」
ヴェルは店主からキャンディを受け取り、
「ほら、イーラよ」
「にへへ、ヴェルありがとー!」
キャンディ!キャンディー!と今度はイーラ自身が小躍りしだし、その後満を持して
「いただきまーす!」
がぶぅ!
…とはいかない。
ガチ!
「…か、硬ーい!!」
想像していたものと違ったのだろう。だいぶ強く嚙んだのか、その目じりを少し潤ませる。
「ふむ。なめて楽しむものだ。」
ヴェルの言葉を聞いて恥ずかしそうに、頬をポリポリ。歯もちょっと痛いのだろう。
「そ、そうだったんだ。てへへ。はむ。ん…」
キャンディを口に含んで舐め始めたイーラだが…段々と顔色が怪しくなってくる。
しかし、口は放さない。なぜならイーラはちょっと意地になっていた。
自分がほしいほしいと言い、少ないお駄賃を自分のために使ってもらって、玄人向けと言われた制止を聞かなかった。
う…まずい…けど、気まずいよ。
ペロ…まずい…なんか生臭い…。
「して…どうなのだ。」
イーラの異変に気付いたヴェルがいつになく優しい口調で感想を求め、ひとりで意地を張るイーラに助け船を出す。
「…まずい…」
ぽろっと本音を吐いてしまう。
ヴェルはキャンディ屋の店主に向かって声をかける。
「ほう。店主よ。黒いキャンディは何の味なのだ」
「黒いのは…イカスミといいまして、海から上がる生き物の肝に塩を混ぜて、最後は他と同じキャンディで固めています。」
なんだそれは。
「ほう。イカスミというのか。知らぬな」
「うちの店でしか作っていない珍しい品でして。一部のお客様からはとても評判なのですが…」
「普通は好まぬ、か」
「はい…」
だから玄人向け。
「…ヴェル…うー…」
足元でイーラがヴェルの服の裾を、ちょんっと握る。
「…店主よ、すまないがもう一つ赤いのをもらおう」
「あ、はい。赤いキャンディですね。100ギルです」
「これで。」
「はい、確かに。」
店主はお金を受け取ると、赤いキャンディを1本手に取り、棒の部分を丁寧に拭く。
「…何味なの?」
とイーラ。
ヴェルは赤い方は見たことも口にしたこともある。いくつか種類があるが、この街で作られている食物から推測するに
「おそらく、ストロベリーという果実の味だ」
「ストロベリー!」
ストロベリーならイーラもわかる。
「はい、どうぞ」
柄の部分を拭き終えた店主がイーラに向かってキャンディを差し出す。
「イーラよ、受け取るとよい…黒い方は、私が預かろう。」
「ヴェル、い、いいの?ありがとう。」
気まずさと嬉しさが混ざった何とも言えない顔でイーラがヴェルの顔と手にしたキャンディを交互に見る。
「かまわん」
「でも…」
落ち着かない。視線はヴェルの顔と手元のキャンディをいったりきたり。
見かねたヴェルはすっとイーラと同じ視線まで腰を落とし、ぽんぽん、と頭をなでる。
「私は…イカスミとやらが好物である」
「ほんとに!?そうなの?」
さっきは知らないって言ってたけれど。それでも気を使ってくれたその言葉がとっても嬉しかった。
イーラの瞳はキラキラを取り戻し、手元のキャンディに口をつける
あむ。ぺろぺろ。
「甘くておいしいー!」
にこにこ。
ヴェルは立ち上がると手元の黒い固形物を口に入れてみる。
…
「う、うむ」
と頷く他ない味が口いっぱいに広がった。
それから二人はキャンディを楽しみながら買い物を終え演劇旅団に戻ってきた。
「ただいまー!」
元気いっぱいにイーラ。応えるようにオレンドが手を広げあいさつを返す、はずだったが、今日はちょっと様子が違った。
手を広げて迎え入れようとしたところまでは同じだが、その直後ヴェルを指さしてひっくり返って笑い転げる。
「おう!おかえりなさー…って、なんじゃそりゃあヴェル!あっはっはっはっは!」
「ん?」
「ひーっひっひっひっひ!あっはっはっは!」
「どうしたの?」
と騒ぎを聞きつけてシャンディが出てきて、すぐに異変に気付く。
「あ、あら、おかえりなさ、い…ふ…ふふふ…ら、座長、人の顔をみて…ぷくく…笑ったら失礼ですよ!」
それを見てイーラは笑いをこらえるようにその光景から視線を外す。
「私の顔がそんなにおかしいか」
「ああっはっははは!おかしいってそりゃ、はっはっはっは!」
「ふ…ふふふ…!」
すっと目を逸らしたイーラ。
バタバタと手足を振って笑うオレンド。
ふふふ、と口元に手を添え笑いを堪えるシャンディ。
さては。
「ふむ。イーラよ、私の顔はどうなっておる」
「え?…」
「ずっと一緒におったのだ、気づいておるのだろう」
ひゃーっはっはっは!
こ、こら!ちょっと暴れないで、ぷふふふ…!
「…口が。」
「口が?」
「真っ黒…ぷくく。」
…ふむ。
買い物の途中しょっぱいような甘いような、ちょっと生臭いような感覚からやっと解放されたヴェル。
しかしまだ残っていたようだ。イカスミとやらはなかなか侮れんな、と。
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