4章 おぉ!姫よ!

旅はまだ途中。レミニセンからしばらく離れた山あいの道。

坂道の途中に作った即席舞台の上で、ヴェルは演劇の練習にも励んでいた。

まだ舞台に出れるほどではないが、公演の手伝いをしながら、

時間を見つけては練習し、また時間を見つけては練習を繰り返していた。


「ヴェルー!頑張れー!」


イーラの明るい声が響く。

今はシャンディがヴェルの演技指導をしているところだ。


「ふ…ふむ。」

「違う!もっと感情を指先まで表現するの。にょろっとしない!」


ヴェルは演技が下手であった。

すらっとした体に、まるで織物のように奇麗な黒長髪。整った顔とあふれ出る威厳。

大人の女性が一目で恋に落ちそうなほど格好いい。しかし動きが不自然だ。あまりにも。

体のバランスも何か不自然でいっそ若干気持ち悪い。


「ふ…ふむ!」

「ぜんっぜん違う!」


ひざまずき女性を仰ぐようなポーズをしたヴェルの不自然に上がりすぎた腰をぴしゃっと叩き、自然な位置まで下げる。

こんな変な中腰が苦しくないのか。


ヴェルは絶大な力と魔力がある。いかなる姿勢であろうと疲労を感じることはなく。

過去のヴェルが体を動かす時は敵を屠る場面であり、わざわざ何かを表現することなど無かった。


「何よ、その変な中腰。下げるなら下げる!立つなら立つ!」

「ふ…ふむ。」


そして中途半端にしなだれた腕をグイッと持ち上げられて、

「手足が長いんだから、止めるところでしっかり止めないとタコみたいになっちゃうんだから。」

「…ふむ。私がタコか。」



イーラはそんな二人を見て素直に思った。かっこいい!と。

シャンディは美人だ。女性として憧れるスタイルに、整った顔立ち。

はっきりと聞き取りやすい声で、何より強い語気の中に優しさがこもっていることがわかる。


ヴェルは何でもできると思っていたが、演技は下手だった。

それでも毎日一生懸命に演技の練習をし、お手伝いもして、少しずつ所作に切れが生まれている。

ただ凄い人ではなく努力も惜しまないところに感激する!


「ヴェルかっこいいよー!」

飽きずに練習を見に来てはヴェルの応援をしている。

イーラのために頑張って、苦手なことにも果敢に臨んでいる。とにかく嬉しかった。


「おぉ!?」

と、急に自分の横に一人の男が走り寄ってくる。


「よーしっ俺も!シャンディも可愛いぞー!怒ってる顔も素敵だぜー!キューティーキューティー!」

オレンドだ。


イーラは役者としてのオレンドも見たことがある。

にぎやかな役どころは勿論、物静かな役、時には激しく感情を高ぶらせる役まで、幅広く優雅に立ち振る舞う。"千変万化"そんな言葉が良く似合うほどに。

いつものオレンドも好きだが、たまに見せる演者オレンドの顔も格好良くて大好きだ。


「こうか…おぉ、姫よ!」


ヴェルが大げさに姫に跪く姿勢をとる。

膝をつき、目の前の女性に忠誠を誓うような姿勢。


「ヴェルかっこいー!」

思わずイーラは声を上げる。


「シャンディ素敵ー!」

なぜかそれに続くオレンド。


「…ヴェルさん、ちょっとは良くなったけれどまだ少し硬いわね。もっと感情を込めて、最後の別れの場面なんだから、もっと大げさにできないかしら?」

「…ふむ。…おぉ!姫よ!!」

ヴェルが叫ぶ。


「ヴェルかっこいいよー!」

「シャンディも素敵さー!」

イーラとオレンドも続く。


「はぁ・・・ヴェルさん、ちょっと待っててくださいね。」

「うむ。」


そういうとシャンディはキッとオレンドの方を睨み大きく息を吸いこみ

「あんたたち!今すぐ出ていきなさい!邪魔なのよ!」


怒った。

オレンドが来るといつもこう。あっはっはっは!と当の本人は大笑いし

「怒られちったなぁ!」

とイーラの方を見て舌を出す。


えへへ

っとイーラもつられて笑う。


「でもやっぱり怒った顔もかわいいぜえー!ビューティフォー!」

「いいから!すぐ!出ていきなさい!さっさと!!」

オレンドの顔にシャンディの靴が飛んでくる。


うぉっと、と顔の前に飛んできた靴を見事キャッチし、そのままシャンディの近くの岩の上にコトンとおく。

「あら、ほんとに怒っちゃったかも!あっはっは!いこーぜー!イーラ!」

怒られてもまったく気にしない。そのまま大股で舞台を去っていくオレンド。


「うん!ヴェル、がんばってね!」

と言ってイーラもその場を後にする。


イーラは劇団にすっかりなじんでいた。

何にでも興味を持ち、なんでも知りたがる、そんな様子が劇団の大人たちから大人気だった。


「ねぇ!オレンド、あれは何!?」

「ん?あぁ、あれか。おーい、ニミア!」

イーラが指をさした方へ向けてオレンドは手を振る。

椅子に座り、正面の作業台に向かって作業をするニミアと呼ばれた女性がオレンドとイーラに気づき顔を上げる。


「ん?座長と…あら!イーラちゃん!」

イーラを見つけると、にこやかに手を振ってくれる。


「おうおう、ニミアは何をやってるんだー?」

オレンドがずけずけと近寄っていく。


「ん?…あぁ。」

イーラが後ろにいることから察したのか、ニミアは手元で作業していた舞台模型について説明をする。

「私はね、舞台模型を作っているの。」

「舞台模型?どうして舞台の模型を作るんですか?」

言われたイーラは理由がわからず、ニミアに聞き返す。


「おーっきな舞台にはね、たっくさんの美術があるのよ。どんな舞台にする、とか、どこに何を置く、とか。

本物の舞台では計画出来ないでしょ。だからこうやって小さな模型を使って舞台を表現するのよ。」

「へぇー…」

小さな模型は、本当にこの場で人が今にも動き出しそうなほどよくできている。


「この模型をもとに大道具や小道具が出来上がっていくの」

「ほぇー…」

「ふふん、実はね、最初はこのお仕事を座長がやってたのよ」

「へ?オレンドが?」

このオレンドがこんな細かい仕事ができるの?という目。


これにはオレンドもちょっと頬をかいた後、まぁな、とうなずく。


その後でオレンドが舞台模型に手を伸ばす。

「うーん、ちょっとこの背景が高い位置の方がいい。今度の舞台は魔王と姫の別れが見せ場さ。シリアスなシーンでは奥行きをより感じられる方がいい。」

「ありがとうございます、座長。なるほど…」

「あと、この模型はここをだな…」

と、素人目にはわからない傾きを、びしっとあわせる。確かに格好がついたような気がする。


「おぉ…さすが座長!ありがとうございます!」

とニミアはオレンドに頭を下げる。

「だろ!なんか知らねぇけど俺、得意だからさ!」

「オレンドって細かい作業も出来るのね…へぇ…」

と明らかに意外そうな目を向けるイーラ。


確かにオレンドの雰囲気にこの小さな模型をいじる作業は似合わない。

「あー…まぁな。実は細かい作業が苦手なのはシャンディの方でな…」

「へ?そうなの?」

「ん?にひひ、聞きたいか?シャンディの話」

「うん!」


イーラは元気にうなずいた。


その後イーラはシャンディは絵が下手やら、酒を飲むとすげーんだぜ!やら、

あることないことをオレンドに教えてもらったのだ。



「ヴェルさん、結構良くなってきたじゃない」

「ふむ。堅忍不抜の指導を感謝する」

「へ?いいのよ別…あっ…」


くしゅん!


「ヴェルさんごめんなさい。ん?誰か私の話でもしてるのかしら」

「…そのようだ」

これはお約束。





その日の夕方、シャンディが二人の部屋をのぞくと、イーラが一人で黙々と何かを書いていた。

「あら?イーラちゃん、一人で珍しいわね」

「んー?そうかな?」

手元から顔を上げず、真剣に何かを書いている。ヴェルは近くの宿場まで買い物をお願いしたので一緒にいったものとばかり思っていた。


集中を妨げることに少し罪悪感を感じながら気になって声をかける。

「何か書いてるの?」

「うん、脚本」

シャンディはちょっと目を丸くする。


「へえー。どんなお話を書いてるの?」

「ママのお話」

ママの話?


「ヴェルが教えてくれるの」

「そうなんだ…。ねっ、どんなお話なの?」


シャンディが聞くと、イーラはことりと筆をおく。

そして、照れくさそうに少しもじもじしながら

「うーんとね、えーっとー…」


自分の大好きなママの話を、拙い言葉で紡ぎ始める

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