2章 座長、ちょっといいかしら?

イーラはこのオレンドという男を知っている。

ヴェルが語る魔族の戦争に登場していた人物と名前が同じ。

もしかしたら、魔族の近衛その人かもしれない。でも名前だけ一緒なのかもしれない。


どっちだろう?


「へぇ〜!それで、街を出るところだった、フレンドの俺に、声をかけてきたってことか!」

「そうだ」

私たちの話を聞き終えたオレンドは、なるほどなるほど、と頷く。


チラッと、オレンドと目が合った気がした。こちらに話が来そうな予感…。


「いんやー!まさか、出会ったその翌々日に同行!トゥギャザー!になるなんて!全くの偶然。ヴェルと俺は運命の糸で結ばれているんだね!」

「私はそうは思わん」

オレンドは急に、手を広げ、今度はぐいっとヴェルに顔を寄せて運命だと歌う。

対するヴェルはそれを適当にあしらう。


「おやおや?ヴェルのそういうところ、俺は嫌いじゃないなぁ!あっはっはー!…ところで、ところで!!イーラちゃん!」

「へ!?」


急にこっち来た!?


「ヴェルは面白いなあ!こんなちびっこを連れてきたと思ったら、まっさか、魔王の娘だなんてええ!イーラちゃん、あなたは本当に、ドーター!魔王の娘なのかい!

?」


ママは確かに魔大陸で魔王と結婚すると言って家を飛び出した、らしい、けど

ばあばの話によれば本当に私がママの子かは分からない…。

本当に?と問われるとちょっと自信がなくなってしまう。


「わ、わわ、わかりません…。でも、多分、そうです…。

「わあお」


それを言うと、目の前の騒がしい男は一層目をキラキラさせはじめる。


「こ、怖がったりしないんですか?」

「なんで怖がる必要があるんだい!こーんなにちっちゃくてかわいい子を前に、怖がってちゃ損じゃないか!それに俺も半魔だからな。仲間さ、仲間。ドンウォーリードンウォーリー!心配しない」


街とは全然違うんだ…!外の人たちは私を怖がらない?

あ、でもこの人が何かおかしいのかもしれない。うん、きっとそう。

そういえば、オレンドは魔王のことを知っているのかな?昔一緒にいたのならどんな人なのか、きっと知っているよね。

でも、戦争に負けてあんまりその話をしたくないかも。どうしよう、聞いていいのかな…。


「ん?イーラちゃん、心配事かい?大丈夫ですよ、この演劇旅団とともにある間は、私オレンドがしっかりお相手を勤めさせていただきます。はっはっは!さあ、レディお手を」

「え?ひゃあ!!」


オレンドは急にしゃがみ込み、俯いて何かを考えるイーラの顔を真正面から覗き込む。

予期せぬタイミングで目を合わせられてイーラはひっくり返りそうなほど驚く。


「やめろ。驚いておるだろう」

「はっはっはー!!目くじらを立てるなって。おー怖い怖い。こっちの大男の方がよっぽどだよねー」


はっはっは!オレンドはひょいっと立ち上がり腰に手を当てて笑っている。


びっくりしたー…。油断も隙もあったもんじゃない。

考え事をしていると見るや否や邪魔しにきて…むー…。


「ねえ!オレンドはヴォルカスのことを知っているの?」


不意打ちをお返ししようと、ド直球に質問をする。

ふふん、ちょっとは戸惑って…あれ?


「んー?ヴォルカス!?んー…聞いたことがあるような、ないような?うーん。


動じない。普通に腕を組んで首を右に、左に。


「あるようなー、ないようなー。ないようなー、あるような。…それは誰だい?

「え?…うーん。魔王」


あれ?知らない?


「へえー!魔王はヴォルカスっていうのかあ!」

「なんで知らないの?


逆に焦るイーラ。え?じゃあ名前が一緒なだけ?

それともヴェルが嘘の話を言ってる?


「およよ!?面白いことを聞く子だなあ!あっはっは!人間の世界じゃ、魔王!と呼ばれているだけで、名前はぜーんぜん聞かなかったから、知らなかったよー!ゔぉるかす、ゔぉるかぁす!うん!覚えたから今は、知ってるさ!」


ゔぉるかす、ゔぉるかす、とオレンドは腕を組んで繰り返す。


「オレンドはヴォルカスの友達だったんじゃないの?

「…へ?」


これに対してオレンドは一瞬目を丸くした後、腹を抱えて笑い始める。

「あっはっはっはっはっはっは!!!本当に面白いちびっ子イーラちゃんだなぁ!俺が、魔王のお友達!?あっははははははは!!!


バンバン!

と机やら壁やらヴェルの肩やらを叩いて大笑い。


「なんで笑うの!?」

「あっははは!ひーっひっひっひ…はー…いや、ごめんごめん。ソーリーソーリー

「むー!」

「おぉ!怒った顔も可愛らしいなぁ!はっはっは!」

この大笑いに対して抗議のうなりを上げるも…あっさり茶化される。


「真面目に相手をしてやれ」

「はいはい、わかったわかった。イーラ、俺はさ!若い時の記憶がないのさ!」


見かねたヴェルが口をはさみ、それすらも、にひひ、と面白がった後、

オレンドはイーラの横に腰を掛けて、自分のことを話始める。


「そうなの?ほんとに?」

「本当さ!こういう話をすると、しみったれな空気になるから嫌なんだけどな!記憶があるのは、終戦直前にこの劇団に拾われてたってこととー、自分の名前オンリー!何があったんろうだね!バッドバッド!俺は半魔で、魔力は全くないから。多分弱すぎて戦地から逃げたとか、そんなことじゃないかな、って思ってるのさ!」


今の話が本当だとすると、この人は自分の昔を知らない。

ちょっと自分と似ているのかも。


「そうなんだ、それでオレンドは寂しくないの?」

「俺が?寂しい?」


ぶふっ!


「あっはっはっはっはっはっはっはっは!ひーひー!あっはっはっは!」

「どうして笑うの!」


二度目の大笑い。

今度は机に突っ伏す様にして机を叩いたり、横の椅子を叩いたり、イーラの肩をポンポンと叩いたり。


「いやさ、どうなんだろうって思ってね。俺はさ、心ってやつがよくわからないのさ!なんだろうなあ。全くないってわけじゃないんだ。説明するのは難しいけど、悲しいー、とか、つらいーとか、愛しいー、とかわからないんだよなー!」

「そうなの?」

オレンドはまっすぐにイーラを見ながら応える。嘘は言っていない。

「なんだろうね、昔はあったはずの部分がすっぽり抜けちまってるってのが分かるのよ。悪いことばっかりじゃないよ!自分の感情がない方が、役者としては優秀さ!グッド!役が持っている心をその穴に入れ込んじまえばいいんだから!

「そっか…」


嘘はついていない。オレンドには記憶がない。

気づいたときには劇団に拾われていた。1番初めの記憶は、とある街付近の原っぱで倒れていたところを、

一人の女性に声をかけられて…


「ちょっと座長ー!」

そうそうのこの声…


「どこいったんですかー!座長ー!」

透き通った良く通る声。演劇でも歌でも映える。普段話すことだけに声を使っている人ではとても及ばない、

厚みがあって、心地よい…


「…あ!こんなところにいたんですか、座長!!」

「あら?」


くるりと後ろを振り返ると、

腰に手を当てて、オレンドの顔を覗き込む女性。

整った顔立ちは誰が見ても綺麗と思い、そのスタイルはとても一般の街人には見えない。


「あらー、ごきげん麗しゅう、シャンディ、今日も綺麗だね!」


何かあったの?、と

イーラは机を挟んで反対側のヴェルに対して目配せをすると、

ヴェルは、問題ないだろう、と頷いて返す。


「はいはい。練習すっぽかしてどこに行ったかと思ったら…で、こちらの方々はどなたですか?私は何も聞いてませんけど?」

「ふっふーん。俺のフレンドの変なヴェルと魔王の娘イーラさ!」


変なヴェルと紹介を受けた当人は気にする様子もなく。

「ふむ。世話になる」

「よ、よろしくお願いします」

イーラは見たこともない綺麗な女性に緊張して、しどろもどろに頭を下げる。


続いてオレンドはその女性のことを二人に紹介する。

「で、こちらはこの劇団の名女優 兼 プリマドンナのシャンディちゃんです!そしてそしてなんと、俺の婚約者でもあるのさ!どうだ!綺麗だろー!?」

立ち上がり、シャンディと紹介された女性の横に並ぶオレンド。

エッヘンと胸を張る。


シャンディはそれを気にも留めず、笑顔のまま、ことの一部始終を説明しなさい、とオレンドに詰め寄る。

「はいはい。それで、練習をサボッていた理由は?」

「練習より大事な用事があったからに決まってるじゃないか!ソーリーソーリー!大事なフレーンドが故郷に帰りたいのに、お金がなくて困ってるなんて聞いてね!」

「う…うむ。」

「…すみません。」

怒られの予兆を感じて、気まずさを感じる二人。

「あなたたちが謝ることではないわ。で、座長。どうするの。

対して、

「同行すればいいのさー!旅の友は多い方がいいだろー!」

気づいていないのか、わざとなのか、さも当たり前かのような言い方をする。

これにはシャンディも怒りの笑顔を顔に貼り付ける。

「あらそう。で、どこまで同行する話になっているのかしら。」

「アキュエリまでさ!」


アキュエリ。リミニセンの街から遠く離れた人大陸商業の中心地。

隣町まで、とかならまだ許そう。まさか素性も知らない、まして魔王の娘などという厄介ごと。

それが一方的に悪だとは思わないし、嘘か誠かも良くは知らない…が!

何も相談なしに移送車の一室を貸しているというこの状況。


ギュッ!


シャンディはオレンドの右耳をつかみ移送車の廊下へ引きずり出す。


「…ちょっときてください」

「へ?あ、ちょ!話はまだ終わってなくて!トーキング、トーキング!」

「関係ありません。いいから」

普段は気にならないこの阿呆のような話し方も、こういう時ばかりは腹が立つ。

「あ、いてて!こ、これは!怒られるやつだあああ!ゔぇえええええぇるうう!助けてー!」

「こっちに来なさい!!」


いてて!

いいから!

まって!

関係ありません!


残された二人。ちょっとした沈黙を破ったのは

「ふむ」

ヴェルが小さく頷く。何に対してだろうか。

「大丈夫かな?」

イーラも聞こえないように小声で聞いてみる。

「大丈夫であろう。」

ヴェルは迷いなく答えた。

「…そっか。ヴェルが言うなら大丈夫だね」

イーラはこの時2つのことを思った。

後でオレンドに謝っておこう、と、大人なのに怒られるんだ、ということ。



ドンッ


オレンドがイーラ達の部屋から少し離れた廊下の壁に追いつめられる。

至近距離からグイっと見上げられる角度。


「アキュエリまでは真っ直ぐ行っても2ヶ月。興行しながら行けば半年近くかかるわ。」

目は完全に怒っている。

あちゃー…。

「そうさあ」

顔を背け、シャンディの後ろにある窓の外へ顔を向けようとして

「まさかその間ずっと、小さな旅芸人の私たちが稼いだ日銭を、差し上げるって話かしら?ねえ?いつから私たちは慈善活動を始めたのかしら。」

グイッと顔をつかまれて元に戻される。皮肉まで飛ばしてきて、今日は随分とご立腹だなぁ…。

「あれ?確かに!お金のこと全然考えてなかったなぁ!はっはっはー!」

苦し紛れに、テヘッとしてみるが、

「なめてるの?」

「いっ!ご、ごめんなさい」

グリグリと足を踏まれて、さすがにまずいと気づく。


降参して素直に謝るオレンド。勝者、シャンディ。


ガタン…ガタン…

移送車の車輪が道の凹凸に跳ねる音が響く。

少しばかりの沈黙。


「はぁー」

そして大きなため息。


「で、どうするとかは考えてるの?」

「んー!まったく。」


グリッ


「あ、ちょ!でもなあ!俺はヴェルに運命を感じてるのさ!言葉にできないけど!きっといいことがあると思うんだよ!

全く意味が分からない。確かにオレンドの勘は良く当たる。が、それとお金の話は全くの別。

そして何より気にくわないのが…

「何よそれ。私が降ろしたいと思ってるみたいじゃない」

勝手に乗せておいて、被害者のような物言いをすること。

「お、おや?違うの!?」

オレンドは目をパチクリさせて答える。

「当たり前でしょ。婚約者の友達を無理やりおろすはずないでしょ。


これを聞いたオレンドは、おぉぉぉ!と大げさに祈りをささげるような動作をしたかと思ったら、

くるくると回り

壁際を抜け

そのまま後ろからシャンディを

そっと抱きとめる。

「シャンディ!さんきゅーなあ!」


対するシャンディは、

まったくもう、とひと呼吸を置き

その暑苦しい抱擁を解き、

オレンドの方へ向き直り、

オレンドの手をちゃんと足の横にそろえて気をつけの姿勢を作り、

ゆっくりとオレンドと目を合わせて。

ここまでやってから答える。


「でも」

「でも?」

「お金は別問題よ」

「…」


ガタン…ガタン…


「ああ!そうだ!」

今度はオレンド。

シャンディから離れるようにくるりと向きを変え

逆方向の壁際までシュタシュタと移動し、

腕を組んだ姿勢でシャンディの方へ振り返る。ご丁寧に片手の人差し指まで立てて。


「なによ」

シャンディも腰に手を当て足を肩幅に開き、聞くわよ、と姿勢で示す。


「ヴェルに演劇に出てもらえばいいんだよー!背も高いし、なんか、貫禄があるし!」

雑だった。が、シャンディも別に降ろしたいわけではなく、

ちゃんと事情を知りたかっただけなので、ここで手打ちとする。


「…まぁ、それでいいわ。

「よーし決まり!シャンディありがとー!お金のこと全然考えてなかったなぁ!はっはっはー!サンキューな!」


いつも通り上機嫌に戻ったオレンドがシャンディの両手をつかみ、まっすぐ見つめてありがとう、と言う。

悪気の全くない、子犬のような雰囲気。きっとしっぽが生えていたらブンブンと音が鳴っているだろう。


「はぁ…まったく。」

「はっはっはー!さんきゅーなぁ!シャンディ、さんきゅーなぁ!」


外から様子を見ていたイーラは、演劇旅団の人たちって面白いなぁ、と思うのだった。

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