演劇旅団編

1章 演劇旅団 座長オレンド

「わあ!すごーい!動いてるよ!ねえ!」

イーラとヴェルは演劇旅団の移送車の一室にいた。

二人向けの部屋で、向かい合わせの長椅子が2脚と中央に二人分の食事を置いたらいっぱいになる程の小さなテーブル。

木で覆われた部屋の各所から武骨な機械部品が飛び出ていたりする。



人大陸の端の街レミニセンから飛び出すように演劇旅団レオニアの旅に加わったのは

身長2メートルに届こうか、というほどの長髪の大男ヴェルと、対照的に小柄で金の髪をツインテールに結いた活発そうな美少女イーラの二人。


1000年続いた人と魔族の戦争が終わり10年過ぎた世界。

戦争に敗北した元魔王ヴォルカスは旅人ヴェルと名乗り放浪の旅をしていた。

かつて人が住む大陸と魔族が住む大陸を真っ二つに分けるように横たわる海、魔海溝から遠く離れた人大陸の奥の街リミニセン、その街に訪れる。


訪れたその日は終戦記念祭、にぎわう街の陰で、魔族の奴隷が虐げられている現場を見つけた。

捨てられた魔族を治療をするため訪れた家でエリスとイーラと出会う。

そして、イーラが自分の娘であることを知る。


街でのトラブルを解決したヴェルの旅について行きたいとイーラは言い、

二人はレミニセンを半ば強引に出発した。

そして、今は次の街へ向かう途中。



イーラは窓枠に乗り出すように興奮した様子で外の景色を眺める。

ヴェルの方を見たり、外を眺めたり、指をさして何かを聞いたかと思えば、

うーん、と急に何かを考える。


ブーン…ガタンゴトン…


とレミニセンから人大陸の中央へ向けて行商路を行く演劇旅団の移送車。


「これが車っていうの!?初めて乗った。すごーい!」

「そうだ」


とヴェルの方を見てはキラキラと目を輝かせ、


「ねぇねぇ、あれは何?」

「街から出るのも初めてであったか。あれは葡萄畑だ。」


と景色に紫の果実がぶら下がる果実園を見つけ、乗り出すように窓に顔を近づけて言う。

イーラが動く旅にその二つに結いた髪がブンブンと流れる。


「へえ!あれは葡萄なのね!ねえ、あれは!?」

「ふむ。あれも葡萄畑だ」

と、今度は緑の果実がなる果実園を指さして言う。


「え!?でも緑だよ!一緒なの!?」

「同じ果実でも、色が違うものもある」

「へえー、葡萄でも違うものがあるんだ。じゃあ、あれは?あ、あれも!あれ!あっちは本で読んだことがあるかも!」

「ゆっくり教える。焦るらずともよい。」


興奮し鼻がつくほど窓に顔を寄せたイーラはヴェルに諭されて、

くるっと振り向き、バツが悪そうに口元を緩めて恥ずかしそうにはにかむ。


「あ…てへへ。そうだよね、一個ずつ聞かないとね」

「ふむ」


レミニセンの街を出発して約1刻もして、街の周辺は畑とその奥に山が広がる。

のどかな果実園が景色の奥の方まで広がり、ゆっくりと景色が後方へと流れていく。


ふんふんふーん。


と、上機嫌な鼻歌が二人の部屋の外から聞こえてくる。

「さてさてー?俺のフレンドはどこのお部屋を借りてるのかな?ここか?こっちかな?うーん?」


彼はこの演劇旅団の座長オレンドだ。

緑の髪の毛と鋭い紫の瞳を持ち、華奢な体つきをした美丈夫。

その口元はつり上がり、おしゃべりでよく笑うにぎやかな男であることが見た目からすぐにわかる。


「騒がしいのがきたか」

とヴェルが呟いた直後


ガラガラ!


「お?およよよ?おんやーヴェルー!と!ちびっこいの!」

ドアが開くと同時に、この狭い空間にあるまじき大声とリアクション。


「ち、ちびっこいの!?」

窓の外を上機嫌で眺めていたのと打って変わり、窓の反対側のドアの方へガバッと振り返る。

来訪者オレンドは気にせず続ける。


「ヴェルはこーんなにちっちゃな女の子を連れて!まさかあ!そう言う趣味なのかなあ!?」

「・・・」

ひどい冗談を放ち沈黙する二人に向けてオレンドはおや?っとひと呼吸。


「っはっはっは!!そう怒るなって!!うそうそ、なんか事情があるんだよねえ」

ゲラゲラと笑いながら、ぽんぽん、とヴェルの肩を叩く。

ヴェルは半ば諦めて目線を足元に落とす。


「ね、ねえ、ヴェル、この人は誰なの?」

その様子を見てイーラはヴェルの知り合いだと判断した。この人誰…?


「おぉ、レディ。私はこの演劇旅団の役者さ!アクターさ!アクター!まぁ脚本もやっていてー、そしてー、実は座長ですよー。リーダーなんです!お嬢ちゃん。」

と、イーラの言葉を聞いた途端急に演技じみた所作でイーラと同じ高さまで腰を落とす。

にこにこと人懐こそうな笑みを浮かべるオレンドと至近距離で目線が合う。


「へ、へぇ」

「やめろ、怯えておるだろう。」


気圧されるイーラを助けるように黙っていたヴェルが口を挟む。

はぁ、まったく。と言わんばかりに。


「はっはっは!すまんすーまーん!ソーリーソーリー!俺の名前だったか。そんなに知りたいか?そうだなぁ、俺の名前は、オレンド。オレンドさ」

今度は急に立ち上がり、胸に手を置いて高らかに名乗る。


「へえ〜、オレンド、ね」


それは、前にヴェルから聞いた、魔王の近衛の名前であった。

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