11章 演劇旅団レオニア、出発!


演劇旅団レオニアの座長オレンドは陽気な男だ。

見た目は20歳を過ぎたこ頃か。明るい翠色の髪に、刺々しい紫の瞳をもつ華奢で細身な男性。

その口角は上がり、ちらちらと白い歯が見えていて、賑やかな人物であることが口元からすぐに伝わる。

なんとなく頼れそうな雰囲気を併せ持つ、華奢な男性を好む女性であれば、言い寄られて悪い気はしないだろう。


オレンドは何かを待っていた。

この小さな街リミニセンの中央広場近くの小劇場の前。

裏手には片づけが終わった演劇旅団の移送車が待機している。


翠色の髪が風になびく。

そこへ

「座長、こんなところにいたんですか。もう出発ですよ。」

とオレンドの背中から演劇旅団員が声をかける。

「そうだなぁ。」

どこか抜けるような返事。

「…?何かあったんですか?」

「いやぁ?何にもないぜ。ただ、ここで待ってくれー!ウェイト!って言われてる気がしてよー。」

どうにも的を射ない返事が返ってくる。

と、くるりと周り呼びに来た演劇旅団員へ向けて白い歯を剝きだして笑う。

「はっはっはー!こりゃ、勘さ。」


勘。


「は…はぁ。座長はたまに不思議なことを言いますよね。」

「そうか?んー、そうなのかもな!」


なおもニコニコと笑いながら、また演劇旅団員に背を向けてうーんっと伸びをする。

「もうちょっとしたら行くからよ!先に準備しててくれ!」

「わかりました。」


人魔終戦記念祭で講演を終えた後、街の人達に混ざり飲めや歌えやの宴会。

そのまま泥のように翌日は休み…今朝から出発の準備をし始めたがやっと準備ができたのは、太陽が南の空を過ぎた頃合い。


太陽の光が目に差し込むと同時に、呆けすぎた頭にチクリと痛みが刺す。

出発の朝を強く感じる。


「いてて…飲みすぎた。バッドだぜ…。んー?街の入り口の方、人だかりが出来てんなぁ。まぁそりゃそうかぁ。」


荷物と人を一緒に積載して走ることのできる大型の移送車が訪れる機会は少ない。

そのため、走行しているところを見ようと街の入り口付近に人だかりが出来ているのだろう。

田舎の街では時折見かける光景だ。

自走機構は魔鉱石に含まれる魔素を使用して動作するが、一般の人が使用するには燃費が悪い。

金持ち、物好き、または、生業で必要な者しか使用せず、オレンドは生業で必要とする者だ。


と、向かいの広場から一人の男が歩いてくる。オレンドはその人影を知っている。

特に要件はないが、その男はオレンドへ向けて歩いてくる。


「すまない、オレンド、といったか。頼みがあるのだが。」

と、少し離れたところから声をかける。

「ゔぇーるーじゃないか!頼み事ってなんだぁい?」

「ふむ。暫く同行させてはくれぬか」


オレンドはにぃっと口元に笑みを浮かべる。

「どこまで行きたいんだい?」

「魔王城を目指しておる」


とんでもないことをサラっと口にする。

「そりゃまたなんでさ?ほわーい?」

「ふむ。この街で…魔王の娘を見つけた。その娘が魔王の城に訪れたいと。」

一瞬言い淀む。


オレンドは驚いて、目をまん丸くしたと思ったら、すぐに大笑いをし始める。

「はっはっはー!ひーっひひ、ははは!なんだそりゃあ!相変わらず面白いゔぇーるーだなぁ!演劇の感想を聞いたら、-死んだのは姫の方だ-なんて、言って、その2日後急に頼み事と思ったら、魔王の娘を見つけた?」

ひらひらと手で天を仰ぎ、自身に訪れた数奇な物語に酔いしれるように口を開く。


「信じぬか?」

「んー?いや、信じるさ」

と、まっすぐにヴェルの目を見つめて。

「ヴェルの言うことは本当のことな気がするのさ」

「…そうか」

オレンドはヴェルから視線を外し、ほんの一瞬どこか遠いところを見るような眼をする。

そして、すぐにヴェルに視線を戻すと、

「面白そうだからなぁ、一緒に行くかぁ!」

と屈託のない満面の笑みで言う。

「で、俺たちはこれから出発するけど、どうするさ?」

「ふむ。街の入り口でその娘と待ち合わせをしておるので、そこで娘を見つけ、同じ足でそなたらの車へ乗り込むことでもよいか。」

「オーケーオーケー。」


ふむふむと頷いた後、にひひっと悪戯な笑顔を浮かべ走り始めた。

「もう俺たち出発だから、早く合流しないと乗り遅れるぜぇ!」

そのまま、片足でくるくると一回転して楽し気にかけていく。

「街の入り口でなぁ!!」


取り残されたヴェルはふと考える。

…どうやって合流するつもりだろうか。

話はしていない。推測するに、勝手に車に乗り込めと、そういう話…なのだろう。




同じ頃、街の北側の門にイーラ来ていた。

今まで数度見てきた様子とは異なり、賑わいを見せている。この街にこんなに人がいたのか、というほど密集しており、

これでは簡単に探し人を見つけることができない。

「ヴェル?…ヴェル?どこ?」

と心の声が漏れる。周囲では、

「今日は何かあるんですか?」

「お祭りに来てた演劇旅団さんの出発なんですって!」

「あぁ、あの」

「そうそう」

や、

「母ちゃん!でっかい車まだー?」

「そろそろ来るはずよ」

「早く見たいー!」

「あんまり騒がないの」

といった、喧騒であふれている。

いくらヴェルが大男とはいえ、イーラの背が低いためなかなかその姿を見つけることができない。


「ヴェル、どこ?」

人の中を行き来するようにヴェルの姿を探す。あっ背が高い人がいる!


「…あ、あの!」

「はい?…君は?」

「あ、すみません、人違いでした」


背が高く、黒い服装ではあるが、違う人だった。

慣れている人間であれば造作もないことかもしれましが、殆ど外に出ることがなかったイーラにとって、

この人込みで人を探し出すことはひどく困難だった。


「ヴェル…どこ…。」


遅くなったから、もう一人で行っちゃったのかな?

それとも、やっぱり私のこと好きじゃないから逃げたのかな?


人込みの中で立ち止まってしまう。周囲の雑踏が遠く感じる。

なんとなく、周りが色めきだした気がしたが、今のイーラにとっては関係のないことに感じる。


ばあばになんて謝ったらいいかな。意地になって出てきちゃったし。

いっそ一人で旅に出た方がいいかなぁ…でも…



トン


と、背中を押されたような気がした。

「わっとと…あ、ごめんなさい」

無理やり一人の思考から現実に押し戻され、驚いてちょっとだけ前の人の服を掴んでしまった。

「探さなきゃ…」

気を取り直して、ふと雑踏の向こう、通路を挟んで向こう側に背が高い長髪の人が歩いているのを見つける。


「いた!ヴェル!」

やっと見つけた安堵感。そして、先に自分が見つけたというちょっとした優越感を感じた。

確かに、イーラは背が低いので、雑踏の中外から見つけるのは困難だ。

対して通路の向こう側にいるヴェルは背が高く、圧倒的にイーラが有利である。

加えて、その雑踏はみな一律同じ方向に向かって手を振っており、その中で一人移動をしている人物は大いに目立つ。


イーラは駆けだす。

「あっ…すみません!…ヴェル…ヴェル!」


数人のわきを通り通路に出て、視界が開ける。


よし。あとちょっとで!

「あ…女の人…」

よく見るとその人はちょっと背の高い女の人だった。


辛い…けれど、折れちゃいけない。

探していればいつかきっと見つかるはず。

何でかは分からないけれど、この人ごみのそのうち掃ける。

ダメでも絶対に会うことができるはず!


と、自分のことをもう一度奮い立たせたところで違和感に気づく。

何で今日は通路の端っこにしか人がいないのだろう?


ふっと何か大きな物の影が見え、

イーラは何かとぶつかることを直観的に気づく。


「きゃああー!」

「あぶない!!」


イーラに気づいた人たちが悲鳴を上げる。

そこにあったのは演劇旅団の魔導移送車。エンジン部、寝台、貨物部2両と合わせて4両も編成して旅をする巨大な車両である。

車輪だけでもイーラの背丈近くあり、速度が遅くとも、踏みつぶされた結果は容易に想像できる。

イーラに気づいた運転手も急ぎブレーキを踏むが、これだけの荷物を積んだ車両が簡単に止まれるはずがない。

急停止をすれば追突事故を起こし、積載物が雑踏に向かって倒れこむ。


あ…


と小さな声を漏らし、ぎゅっと目をつむる。目の前に迫る衝撃に備えて。

それとほぼ同時に体が何かに掴まれてふわっと移動させられる感覚。

その直後足元からドゴッ!!と鈍い音が響く。


「あ、あれは!?」

「え?」


次に聞こえたのは、群衆の呆気にとられた声。


「すまない、遅くなった」

と、すぐ足元から聞こえる声。


…ヴェルの声だ。


「ヴェル…!だ、大丈夫!?」


ヴェルは移送車とイーラの間に入り、イーラを移送車の外側に移動させた。

そして自分も避けようとしたところで、間に合わず車輪に踏みつぶされたのだ。


「問題ない」


やはり10年間も魔素を使わず動きもしなければ、体もなまるか。

ふむ。


ヴェルを踏みつけた先頭車両はゴトンと右前輪を軽く浮かせた程度で、問題なく進行する。


通路に集まった人たちもさっそうと一人の男が助けに入ったと思ったら、

その車輪に踏みつけられ、傷一つなさそうな雰囲気で横の娘に声をかけている様子を見て、

呆気に取られている。


そこに…

「この先何かに踏みつぶされて痛い思いをすることがあるかもしれません…バッド。でもね、彼のように頑丈な体、いんやー、そりゃ普通の人には無理だ、はっはっは!心、強い心を持っていれば、また立ち上がってその道を進むことができるのさぁ!なんて思いを込めた旅立ちのサプラーイズさぁ!」

いつの間に移送車の屋根の上に上ったか、オレンドが大声で無茶苦茶な口上をあげる。

オレンドは賢くない、筋が通っているようで、その実はすっからかんだ。


道の周辺にいる人たちも

「なんじゃそりゃ…」

「え?結局なんだったの?」

「どういうこと?」

と、納得したような…良くわからないような…となっている。


「ヴェ、ヴェル、早く立ち上がらないと!」

「そうか…ふッ…む。」


二つ目の車輪に踏みつけられた後、すっと立ち上がる。

身体にも衣服にも傷一つ、汚れ一つない。


「うーし!ゔぇーるー、よく頑張ったぜ!グッドグッド!出発だぁ乗り込め!」

オレンドが車両の屋上から縄を投げる。


ヴェルは投げられた縄を右手でつかみ、もう片腕でイーラを抱きかかえる。


「え?…えぇ!?」

「騒々しくてすまない。イーラよ、門出だ」


そういうと、ヴェルは地から足を離し、縄の導きのまま客車との連結部に二人は吸い込まれていく。

その途中イーラは、二人を見守るエリスを見た気がした。


「おっしゃ!演劇旅団レオニア、出発さー!レミニセンの皆々様、またいつか会いましょう!ごきげんようー!」


と、オレンドが大声とばっちりの笑顔で手を振ると、

道に立つ人たちも雰囲気にのまれ、大きく手を振り始める。


「また会いましょー!」

「いってらっしゃーい!」

「来年も来てねー!」


騒ぐ雑踏の先頭で、イーラを助けようと飛び出したエリスの手は空を切った。

その先でイーラはヴェルの手で助けられた。

空を切った自分の手を見つめたあと、エリスはふっと笑い。


「イーラを、どうかお願いしますね。」


とつぶやいて、周囲の街の人より一足先に、家路についた。

「なんだかあっという間の出来事でしたねえ。寂しいような、懐かしいような。不思議な気持ちです。ロクシーや、あなたの子も、あなたそっくりでしたよ。

はぁ・・・片付けもしないで出ていってしまって。ちょっとイーラの部屋を整理しますかね…うーん。さて、広いお部屋はどこでしたっけ。」

と独り言ちりながら、イーラとその母ロクシーの顔を交互に思い返すのだった。



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