5章 魔王軍の二人の近衛

びょうと海風うみぜが吹きつける中、オレンドは手を額に当てて遠くを眺めていた。


「おいおい、ヴォルカス様よ。海の向こうに見えるあれは何だーい?わっつ!?」


大仰おおぎょうに両手を広げてみせる。

字面だけは絶望に満ちていたが、表情はそう取れない。

むしろ楽しんでいるかのようだった。


「あーんなにでっかい魔導戦艦まどうせんかんが五せきもみえるー」


右手を望遠鏡の形にして海の向こうを眺めてみる。

緑の髪が岸壁にしょぼしょぼと生えている草と同調するように風に揺れた。


此度こたび襲撃しゅうげきも長くなりそうだな」


魔王はこともなげに言い放つ。

巨大戦艦を前にしても動じることがない、黒くたなびく髪を風に任せている。

それが魔王ヴォルカスであった。

対を成すオレンドが今度は両手で我が身をぎゅうと抱きしめている。


「ブルーだなぁ。あーー、こんな日の俺は真っ青まっさおさお!」


妙にくねくねと体を捩っているのを後ろからの人影がやや非難じみた声をかける。


「真っ赤の間違いでしょ、オレンド?」


きっちりとした几帳面そうな黒の衣装。


「出撃する傀儡かいらいは三せきでよかったのですか?」


黒い髪に黒い瞳で眼鏡をきらりと光らせた魔王の近衛このえ、サラである。

頭脳派である彼女の問いに、揶揄からかうかのように身を寄せたのは先程の傀儡かいらい師オレンド。

こちらは緑の髪を無造作に風に任せ、紫の瞳を人懐っこそうにサラに寄せている。


「おぉ!ぐっどもーにんぐ、サラぁ!今日の君は昨日より一段と輝いてるねぇ!」

「それはどうも。あなたは昨日から何も変わってないわね」


サラはそう言うと、手元から三つの傀儡かいらいをオレンドに手渡す。


揶揄やゆする言葉をあっさりかわすサラにもめげないオレンド。

サラの手にある傀儡かいらいを流れるような所作で受け取り、今度はくるくると崖の上で回ってみせる。


「はっはっは!いつでもマックスな男だからねぇ!そりゃそうさあ!」


軽快な身のこなしを披露するオレンドに、ヴォルカスは落ち着いて声をかける。


「してオレンドよ、今日はどの程度ほふれるだろうか」


物騒な物言いだったが、サラはそれが本意ではないことを知っていた。


「全く戦の目的は殺しではないでしょう。…それで。今回、敵軍の老師ろうしはおりますか」


敵軍の老師ろうし、そう呼ばれるものはただ一人。

ギルディ。

いにしえよりこの世界をおさめる人族ひとぞくの神。

常に魔族まぞくを敵とし、人々を扇動せんどうする者。


風が、幾分か強さを増した。


「いや、ギルディの気配はない」


ヴォルカスが言い切る。

魔の王が言い切るのだから違いはない。


「なら、さっさと暴れ倒しちゃおうぜえ!オレンド、うーずうずしてきちゃううー」


くるくる。

相変わらず軽業かるわざと軽口をもって応じるオレンドへ一目置いて。


「ふむ。サラよ、軍の状況はどうだ」

「敵の巨大戦艦に苦戦しているようです。海竜が一頭いっとう落ちた模様です」


軍師からもたらされる情報に、魔王は一つ頷き。


「ふむ。では行くか、オレンドよ」


一際大きな波音が聞こえる。

オレンドは波音とともに耳に届いてきた王の言葉に心躍らせ、胸を張り肯定をもって応じる。


「サラよ、留守を頼む」

「かしこまりました。城の雑事ざつじはこちらで片づけておきますね」


お気をつけて、とサラが言うよりも早くオレンドはその身を崖の方へと放り出す。

手元から先ほど受け取った傀儡の戦艦を海に向かって投げる。


憑依、変形、操舵

人の数百倍もある大きさのものを数多あまた操る。

それが魔王群近衛このえ傀儡かいらい師オレンドである。


今あった体が崖下に落ちたかと思うと、

実態のない魔素が海へ投げられた小さな戦艦へ入り込む。

その次の時には、あっという間に、その姿が三隻の戦艦へと変貌する。

遠くに見える巨大戦艦よりも小ぶりだが、海を走る力を備えている。


躊躇とまどうことなく、ヴォルカスも戦艦となったオレンドの甲板へその身を投げうつ。

手慣れた、という所作しょさにサラも一礼して彼らを見送る。


海は少々ばかりうねっていた。

それでもオレンドは意に介することなく前進する。

敵の戦艦へと向けて。


「へいへーい。オレンド戦艦モード!ひゃっほーう、乗り心地はいかがですかねぇ、魔王様!」

「至極快適である」


さざ波が頬を掠める。

風が先程よりも強く髪をなびかせる。


「はっはっはー!戦艦冥利みょうりに尽きちゃう!もちべーしょんあがりまくっちゃうよー!!」


しゃべる戦艦。

いや、はしゃぐ戦艦。

波を利用して跳ね上がる。


我、ここに参上す!


「魔族のみなさーん!オレンドさんがきましたよー!!かむかーむ!しょぼくれた戦はおしまいだー!ド派手にやろーぜー!」


オレンド砲発射。

しながらも、周りを見ることも忘れない。


「傷ついて戦えないものは乗り込むべし!きっちり安全さあ!っはっはっはー!」


爆発する傀儡かいらいの弾が次々に放たれる。

人が放つそれの三倍は早い。


巨大戦艦よりも小さな艦が、戦艦の合間を縫いながら砲を撃ち出していく。

取り舵。

面舵。


「ほらほらほらあ!あっははっはっはー!」


ちょこまかと動き回る艦に巨大戦艦も対応が遅れる。


-ドンドンドンッ!

あちこちで大砲の音がなり始める。


「おお!?撃ち返してくるなんて、人間様も気合が入ってるなぁあぁぁ!ぐっどぐっどおお!」


人間があやつる戦艦からも砲撃が放たれるが一向に命中しない。

巨大戦艦がざわついているのが、オレンドにも伝わってきた。

ここぞとばかりに、叩き込む。


「ほら、ほら、ほらほらほらほらほらほらほら!! 」


けたたましい笑い声とともに放たれていく砲撃に、魔導防壁まどうぼうへきの対応が遅れた人族の戦艦から、一隻、二隻と次々に煙が上がる。

ほどなくしたら落ちるのだろう。海へと。

その海に投げ出された魔族達を、オレンドは拾い上げながら愉しげに暴れていくのであった。



そんなオレンドも。

こんな逸話を残していた。


場所は魔王城。

周囲にとりわけ存在感を放っている城。

物々しく他を寄せ付けない感覚はあったが、どことなく高貴さを漂わせる建物。


その一角にあるのは、執務室。

魔王城に寄せられる書類の合切がっさいが集う場所。

本と紙とインクの香りが満ちている場所。

次々に秘密を保たれたメモや小冊子が送られてくる。

伝搬でんぱんする者も、足早で廊下を往来している。


一番奥に備え付けられていた机で、サラは書類に目を通していた。

緊張の面持ちで眼鏡を光らせていると。

いつも書類を持ってくる者とは違う足音が近づいてくる。

それでもサラは自分に与えられた職務を全うしていた。


カチャ。


ドアが開いても、書類に目を落としたまま。


「サラー!ここにいたのか!みーーっけ!」

「はーい」


自分の名が呼ばれてはじめて、自分に用があったのだと自覚するほどサラは忙しかった。

しかし呼んだ声の主を見て再び書類に目を落とす。


「オレンドですか。執務中よ」


見てわからない?と言いたげに書類に釘付け。


「ちょっとだけ!ちょっとだけー!」


どうやら、オレンドにはわかっていただけないようだ。

書類のページをめくりながら、サラははっきりと


「だめ。執務中だから」


訴える。


「ちょおおっとだけえー!ちょっとだけだからー!」


机をぽんぽんと叩きながらアピールするオレンド。


「うざい」

「うざくない」

「むり」

「むりじゃない」

「私あなたのこと嫌いだからだめ」

「はっはっは!俺は大好き!」


この問答、やっていることのほうが時間の浪費になることに気づくサラ。

オレンドは笑いながら、両手を天に掲げている。


「五分だけ」


大きくついた溜息は聞こえていなかったようだ。

ぴょんと飛び上がってオレンドはガッツポーズ。

それも書類に目を通しているサラには見えていなかったが。


「で、用件は何ですか?」


突き放す言い方も、オレンドは気にしない。


「はっはっはー!何ってわかってるんだろー?水臭いなー!」


今言ってくるということは。

直近でのできごと。


「ふん、結婚のことですか?」

「そーそー!サラあ、おめでとうなー!おめでとー!!」


随分とわかりやすいことで。


「ありがとう。用件は終わり?」


大した感動も見せずに仕事モードのサラに。

オレンドは残念そうに誰が見てもわかるようにしゅんとする。

のも束の間。


「冷たくない!?もっと俺に親切にしてくれよー!ふれんどだろー、ふーーれーーんーーどーー!」


くるくる。

あ、書類が少し散らばった。

両手をパタパタして訴える。

書類がまた散った。


「冷たくないわよ、執務中だから」


ペラリ。

今度は小冊子に目を通しながら冷たい声。


「はっはっはー!サラとはさ、もうずいぶん長いなぁと思ってな」


言った時のオレンドの目はサラに向けられていなかった。

どこか遠く、天上の世界を見ていたのだろうか。

それは一瞬のことで、再びサラの方に視線を戻した時は、何だか一人で納得している風であった。


「他の幹部とももちろんなんだけど、なんか、サラがいっちばん、一緒にいる気がするんだよなあー!」

「そう」


我関せずな返答のサラ。

今度は書類にサインをし始める。


「でな!そんな親しいフレンドの結婚なのに、世の中は戦争、戦争!なーんか俺としてはこう言う時くらい、はっぴーなムードになってもいいのになぁって!」


タタタ。


サラの隣にオレンドが寄る。

賑やかな声が近くでしても、サラのペースは乱されない。


「そんな時代じゃありませんから」


そう。

今は戦中なのだ。

皆で安寧あんねいを勝ち取らなければならない。


「俺だってそんなことわかってるさあ!それでなー!俺なりにたっぷり考えて、サラにプレゼントしようと思ってな!」


ほらこれー。

小さな箱にリボンが結び付けられていて、器用な彼らしい仕上がり。

そのオレンドが得意げに差し出したものを見ることもなく。


「そう、気持ちだけ受け取っておくわ。ありがとう」


感謝の言葉に心はなかった。


「よーーし、じゃあプレゼントはここで俺が代わりに開けてあげよう!」


誰が開けてくれと頼んだか。


かさかさ。

ごそごそ。


オレンドが箱を開ける横で、サラはついに椅子から立ち上がって彼を見た。


「もう!何なのよ!どうせ、昨夜から急いで何か用意したんでしょ。あなた昨日も戦地だったじゃない」


ちょっと声を荒げた程度で動揺どうようしない。

したり顔でニヤつくオレンドの顔がそこにはあった。


「はっはっはー!そうさー。ここまで来るのは大変だったぜ!いっそいで来たんだから!」


でな?


小さな箱を両手で包んで、大切なものを見せるように。

子供に風船を渡すときのように。


大切な想いをオレンドはサラに向けた。


「これが俺の・・・ぷれぜんとさああああ!」


両手に大切に包まれていたオレンドの想いは。

小さな傀儡かいらいでできた人形模型だった。


魔王城があった。

ヴォルカス、ロクシー、オレンドが楽しそうに踊っている。

その中央には。

子供こどもを抱いたサラ、そして旦那が幸せそうな微笑みを浮かべて並んでいた。


届きそうで、叶わない理想。


「あ…あなたね…」

「最近サラが、なーんか抱えてると思ってなー。元気なさそうじゃん?」


机にそっと大切に模型を置きながらオレンドは続ける。


「少しでもよお、元気に!はっぴーにいられる方がいいなぁ!って思ってなー!」


サラは立ち尽くしたまま人形模型を静かに見つめる。


「あのね、こんな、もの…今もらっても…嬉しくなんか…」

「あれぇ?」


ストン。


サラは再び椅子に体を預ける。

几帳面そうな眼鏡の奥にある瞳には。


「嬉しくなんか…嬉しく…なん、か…。うわあああああ!」


堰を切ってあふれ出す想い。

ありがとうありがとう、と繰り返すサラ。

普段のサラを知る者であれば、目を疑う光景に。


「はっはっはー!喜んでくれて何より何よりー。一生懸命作ったんだからなぁ!」


オレンドは泣くほど喜んでくれたことを誇りに感じる。


「私だって、私、だって…こんな戦争ばっかり。幸せ…に、暮らしたいのに。うわああああ」


想いがつのっていた分。

サラは次々に吐露とろする。


戦いなんて縁のない、幸せな家庭。

笑顔で過ごす、何気ない日常。

欲しかった。

それが喉から手が出るほどに欲しかった。


それには、さすがのオレンドも驚きを隠せない。

そして最後に。


「なんで、なあんで、あんたなんかに…泣かされなきゃ、ならないのよおおお!!」


ついには机に突っ伏すサラ。

目の前には、愉快に踊る魔王城に集う人々。

叶わない。

敵わない。


サラは泣いた。

泣きに泣いた。


泣き声が小さくなるころには、太陽が南中から降りようとしていた。


「落ち着いたかい?」


ずっとオレンドはサラが泣くのに付き添っていた。

誰も執務室に入れないように。


「恥ずかしい、ところを…見せたわね」


まだ少ししゃくりあげるサラの声は、いつもの落ち着きを取り戻していた。


「ん?ははは、かまわないさぁ」


何事もなかったかのように、オレンドは執務室から見える景色を眺める。

遠くに山が見える。

薄く、遠く。


「はあ、戦争終わらないかなぁ」


サラは願いを口にする。


「そろそろ終わるさ」

「…根拠は?」


願いを軽く肯定されてしまい、サラはそれを確実なものとしてほしかった。

だが、返ってきたのは。


「んー、なんとなく」


という不確かなものでしかなかった。


「くだらない」


願いが打ち砕かれた気分になったサラは、オレンドの希望を一蹴いっしゅうした。

希望は希望でしかない。

現実ではない。

それをサラは痛いほど知っていた。


「おーいおーい!そんなこと言うなよ!俺の勘はよく当たるんだって。今日だってサラが結婚したことを勘で当ててるんだからな! 」


ずれた眼鏡を直しながら、サラはじっとオレンドを見つめる。


「嘘。ヴォルカス様に聞いたでしょ」

「ありゃ。サラはなんでもお見通しだなぁ!はっはっは!」


わかりきっていることを敢えて口にするオレンドに呆れ返る。


「当たり前でしょ、この城は誰の呪術じゅじゅつで覆われていると思ってるの」

「確かになー!」


-呪術、屍術しじゅつ、命を奪い、そして己が意思に従わせる力を持つ。

-魔王ヴォルカスを抜き、この魔王軍で彼女の右に出るものはない。


悪びれもせず、オレンドは言ってから。

でな、でな、と机から身を乗り出すようにしてサラに迫る。

こういうときは、ろくでもないことしかない。


「俺、もう一個考えてきたのよ!」


どうだー!


と言わんばかりに、何を考えてきているのか正体を明かさぬままふんぞり返るオレンド。


「何よ、今度はもっとくだらないやつ?」


悪戯いたずらを企んでいる小僧こぞうの顔そのものでオレンドはサラに笑いかける。

その手には、サラの荷物。


「ふっふっふー、今日のサラの仕事は終わりー!」


どういうことか問いただす前に、ぐいぐいと執務室の出入り口へと追いやられていくサラ。


「ちょ、ちょっと!」

「俺さー、サラの仕事を傀儡かいらいを通して見て覚えたんだー!だから今日だけ!今日だけなー!」


いつの間に、この執務室に仕掛けたのか。

サラの仕事を代わりにやるという。


「帰ってゆっくり休むといいさー!休むの大事!」


ぐいぐい。


「私だけ帰るなんて」

「いいからいいからー」

「ちょっと待って!」

「どんうぉーりどんうぉーりー!心配しない、心配しない」


ぐいぐいぐいぐい。


とうとう出入り口のドアまで来てしまう。

こういうときの押しは強い。


「わ、わかった。帰るから、帰るから」


ドアを開けて。

さよーならー。

オレンドがぱたぱたと手を振る。


「じ、じゃあ、あとはよろしくね。…ありがと」

「おーよ!おうよー!元気、取り戻せよー!」


さてと。

オレンドは笑顔でサラを送り出してドアを閉めて振り返った。

まずは、さっきくずしてしまった書類を片付けよう。


それから、サラが先程まで座っていた椅子へと腰を下ろし。

ペンを握る。


「どれどれー」


一行読んだだろうか。


「うーーーん???」


三十秒、悩んで。

ペンをそっと机に戻した。


「これどういう意味なのかなー。まおーさまー!まおーーーーさーーまーーー!」


執務室を後にする。

書類を片手にオレンドが向かった先は。


魔王ヴォルカスの元であった。



翌日。

オレンドがサラに呼び出されて、こってりしぼられたのは言うまでもあるまい。




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やっと過去の話をアップできましたー!

ここから、現在と過去とが入り乱れながら進んでいきます。

ちょっと読みにくくなりますが、ご容赦ください!


次回は4月21日(水) 21:00 投稿予定です

いつもお読みいただきありがとうございます!

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