長袖

ピート

 

「ねぇ、この暑いのに長袖で暑くないの?」

 彼とは出会ってから、初めての夏だ。

 気温も30℃を越える日が続いてるっていうのに、彼はいつも長袖のYシャツにネクタイ姿だ。

「……半袖って変な日焼けするしね」

「海とか川とか行くの?」

「いや、そんな予定はないなぁ」

「じゃ、いいじゃない」

「冷凍庫入る時半袖だと寒いしねぇ」

 そう言いながら、彼は汗を拭う。


 店内もエアコンで快適な気温になってるし、車内もエアコンで涼しいとは思う。

 下手すると半袖だと肌寒く感じる事もあるけど……・やっぱり、長袖姿ってのはこの時季目立つ。

 他のお客さんからは何も言われないのかな?

 私は彼の会社の取引先のバイト店員、彼とは別に付き合ってるワケでもないし、プライベートで会う事もない。

 週に数回、彼が商品を持ってくる時に、私が勤務してれば会話する程度の仲だ。

 考えてみると、私は彼の名前すら知らない。


 彼には恋人がいるみたいだし、黙々と仕事をしてアッという間に帰ってしまう。

 それが普通なのかどうかはわからない。

 他の業者さんは、もっと話をしたりするんだけど、彼は忙しいのか、それとも会話が苦手なのか?

 ・・・…でも、話しかけると嫌がることなく答えてくれる。

 私も別段彼に対して好意を持っているワケではない。

 何故なら私にも恋人はいるし、今の自分の環境は幸せだと思っているからだ。

 そう、単純に長袖を着てるのが不思議なだけなのだ。

 彼が休みの時に代わりに来る人に聞いてみると、長袖姿で仕事してるのはやっぱり彼だけなんだそうだ。

 普段も長袖なのかなぁ……彼の風貌からは入れ墨を入れてるようには見えないし……。

 そんな疑問を解決する日がきたのは、休みの日にたまたま彼を見かけたからだ。


 恋人と食事に入ったお店で、彼は友人と話し込んでいた。

 長袖ではなく、半袖のパーカーを着ていた。

 やっぱり入れ墨なんかは見えない。

 彼はこちらに気付いてないようで、楽しそうに友人と話してる。

 あんな風に笑う人なんだ。

「どうかしたのか?」

「あそこに座ってる人ね、バイト先に納入してる業者さんなの。普段長袖のYシャツ姿しか見てないから、なんか新鮮でね」

「この暑いのにか?大変だと思うけどな、そんな格好で仕事するの」

「でしょ?」

「浮気はダメだぞ?」

「馬鹿ね、そんなことするワケないじゃない」

「でも、長袖の利点だってあるんじゃないのか?」

「例えば?」

「日焼けしないってのもそうだけど、この時季、肌出してる方が暑い時あるしな」

「確かにね。でも、男性ではそんな事気にしてる人ほとんどいないと思うわよ」

「警備のバイトしてる奴で、直射日光避ける為に長袖着てる奴、ツレにいるぞ?」

「だってあの人、営業マンだよ?」

「あとは……なんだろな?墨か?」

「入れ墨見える?」

「いや、見えないし、そんなんするタイプには見えないな」

「ね?たまに代わりに来るおじさんは半袖だし、聞いてみたら彼だけなんだって、一年中長袖きてるの」

「わざわざそんな事まで聞いたの?浮気の心配があるな、こりゃ」

 茶化すように笑う。そんな事しないのは彼もわかってるからだ。

 半年後、私は彼と家族になる。

 今日だって式場に行った帰りなのだ。

「だって、不思議なんだもん」

「確かにな。じゃ、直接聞いてみたらいいじゃんか。ほら、ドリンクバーに行った帰りに気付いた。ってな感じで聞いてみるのはどうだ?」

 彼は自分のグラスを差し出す。ついでに入れてきてって事らしい。

「う~ん。なんか失礼じゃないかな?」

「だって一回聞いてるんだろ?別に構わないと思うけどな」

「いってくる」

 私は彼のグラスも持つとドリンクコーナーへと向かった。




 グラスに頼まれたドリンクを入れながら、どう切り出そうか考える。

「あれ?松永さん?」

「!?」

「気付かない?私服だとわかんないかな?」

 ・・・…彼だ。ど、どうしよう、急に話しかけられるなんて思ってもみなかった。

「○○さんじゃないですか」彼の名前を知らない私は彼の事を彼の会社名で呼んでる。

「いや、こんなトコでそれはないでしょ」

 彼はおかしそうに笑うと続ける。

「あ、そういえば、僕名札付けてないから名前わかんないか。こんなトコで自己紹介する事になるとは思わなかったけど、僕は白木、白木圭一です」

「白木さんですか。こんなトコで会うなんて・・・…って、普段は半袖なんですか?」

 上手く切り出せたかな?

「そりゃ、暑いもん、半袖着ますよ」

「だって、普段は長袖のYシャツ姿だし、日焼けするから半袖は着ないような事言ってたじゃないですか」

「あ、松永さん、他のお客さんの邪魔なっちゃうから、良かったら僕の席きます?友人いるけど」

「私も彼待たせてますから」

 席に座る彼を指さす。

「そっか、そりゃお邪魔しちゃうとマズイね。彼氏さんとの食事楽しんでね」

 そう言うと彼は自分の席へと戻っていった。




「話てたみたいだけど、どうだった?」

「切り出せたんだけど・・・…なんか、かわされた気がする」

「腕見たのか?」

「それが急に話しかけられたから、ビックリしちゃってそれどころじゃなかったわよ」

「残念だな」

「なんか余計に気になっちゃうじゃない」

「そんな事言われてもなぁ」

「なにかいい方法ないかなぁ」

「そんなに気になるんなら席に行って聞いてこいよ。俺も気になってきたし」

「帰ってこなかったりして」

「怖い事言うなよ」

「冗談に決まってるじゃない。じゃ、ちょっとだけいってくるね」

「あぁ、俺も報告を楽しみにしてるよ」




「あれ?松永さんどうしたの?」

「圭、誰?」

「あぁ、客先の女の子だよ。さっきたまたま出会ったんだよ」

「藤さんにチクることにしよう」

「馬鹿言え、松永さんは彼氏さんと来てるんだぞ。それに浮気なんかするかよ」

「白木さんのお言葉に甘えて遊びにきました」

「彼氏さんはいいの?」

「大丈夫ですよ、了解もらってますから。藤さんっていうんですか?白木さんの彼女さんは?」

「ほらみろ、石田が余計な事いうから」

「いいじゃんか別に、ねぇ、松永さん?僕は彼女募集中だから、いい子がいたら紹介してくださいね」

「お前そう言うだけで、いざ会うと話とかしどろもどろじゃねぇかよ」

「だぁ!せっかくのチャンスが生まれる機会を摘むようなマネするなよ」

「白木さん」

「あぁ、ごめんね」

「さっきの続きなんですけど、なんで普段は長袖着てるのに、今日は半袖なんですか?」

「へ?圭、お前このクソ暑いのに長袖なんか着て仕事してんのか?」

 どうやら、石田さんという友人も知らなかったようだ。

 って事はプライベートは普通に半袖着てるって事になる。

「そんなに気になるの?」

「俺も気になるぞ」

「お前は知ってるじゃんか」

「そうだっけ?」

「気になりますよ。白木さんだけですもん、業者さんで長袖着てるの」

「大した理由じゃないんですよ。コレが理由」

 そう言って彼が見せてくれたのは・・・…右腕の手首の辺りに傷だ。

「ひかないで欲しいな、別に人生に悲観して自殺しようとした傷なんかじゃないんだからさ。これでも大分目立たなくなった方なんだよ?」

「そうなんですか?」

 彼が言うように確かに最近の傷には見えないし、気を付けて見ないとわからない。

「あぁ、その傷か。でもいいじゃん別に」

「あのな、この位置の傷って真っ先に自殺しようとした傷跡に見えるんだぞ?一々説明するの面倒だろ?」

「あの・・・…どうされたんですか?」

「これはね。その昔、躓いて手をついたトコが扉のガラスだったんだよ。で、パリンと割れまして、気付くと鮮血が流れてたんだねぇ」

「そうなんですか」

「間抜けな話だからねぇ、かといって意味深にしとくと、なんか暗い過去があるみたいでしょ?」

「・・・…圭」

「というワケもあって長袖着てるワケです」

「そうだったんですか。・・・…納得しました」

「それはよかった。そんなに気にされてるとは思わなかったからねぇ」

「いやいや、この暑い最中、スーツ着てる人間ならともかく、あんまり外回りしてる奴で長袖姿って俺も見ないぞ」

「そんな事もないぞ、ちょこちょこと俺は見かけるしな。松永さん、あんまり彼氏さん放っておくとグレちゃうよ」

「そうですね、そろそろ戻ります。浮気してるって思われても困りますから」

「松永さん、また出会う機会あったらいい子紹介してねぇ」

「わかりました。また出会うことがあったらですよ?」

「う~ん、それは難しそうだ」

 そう言いながら石田さんと白木さんは笑ってる。

「すいませんでした、突然変なこと聞いてしまって」

「いいよいいよ、気にしてないから」




「どうだった?わかったか?」

 すっかり彼も興味津々といった感じだ。

「あのね・・・…」

 私は今聞いてきたばかりの話を彼に伝える。

「確かにそれは聞かれるだろうし、面倒だろうな。ましてや理由がちょっと間抜けだし」

「気になってた事も解決したし、帰ろっか」

「そうだな、今日は泊まってくのか?」

「明日は休みだし、久しぶりに朝御飯作ってあげるね」

「それは楽しみにしないと」

 彼の腕に寄り添うように抱きつくと私たちは店を後にした。







「圭、あの理由はねぇべ?」

「いいんだよ、あんなんで」

「だって、それ名誉の負傷だろ?」

「なにが名誉なもんか。ナンパしてきた小僧が逆ギレしたの止めたまではよかったけどさ。鍛錬不足で怪我したんだぞ?みっともねぇだけじゃねぇか」

「結果的には妹守れたんだからいいじゃねぇか」

「あとが大変だったんだよ、心配して泣きまくってたんだから」

「お前さ・・・…」

「何?」

「いい加減に妹離れした方がいいぞ?」

「してるから、優子と出会い、付き合ってるじゃないか」

「一人もんの俺にそういうノロケを聞かせるか?」

「こんなんがノロケだと思ってるのか?もっとノロケてやろうか?うん?」

「付き合ってられるか!俺は帰る」

「まぁまぁ、そう言うな。優子はな・・・…」




 Fin

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長袖 ピート @peat_wizard

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