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 学長室からおもむろに現れたのは、学長であるザラと――待機していた私服警官だった。学長と面識のある魔法関係の犯罪を取り締まっている部署の警官である……とレンは聞いていた。


 突如現れた男たちが警察とまではキャメロンの父親も察せはしなかっただろうが、マズイ場所でマズイ発言をしたということにはすぐに気づいたらしい。


「待て!」


 キャメロンの父親はその言葉に従うはずもなく、この場でもっとも非力と見たレンとキャメロンのいる方向へと突進する。人質にでも取るためだったか、弾き飛ばしてそこを逃げ道とするつもりだったのか。いずれにせよその企ては失敗した。弾き飛ばされたのはキャメロンの父親だった。


「――やっべ、やりすぎちゃった感じ?」

「そんなことはないだろう」

「いや、でも四~五メートルくらいは飛んだよ……」


 キャメロンの父親を魔法で弾き飛ばしたアレックスとベネディクトは、レンたちを守るようにその前に立つ。レンは不覚にもそんなふたりの背中をカッコイイと思ってしまい、あわてて抱いた邪念を振り払う。


 吹っ飛ばされたキャメロンの父親は警官によって拘束される。先ほどの発言も手はず通りであれば録音されているので、言い逃れはできないだろう。アレックスとベネディクトは警官にちょっと注意されたが、まったくもってその言葉が彼らの心に響いていないことはレンにはわかった。


 連行される己の父親を見る、キャメロンの目は複雑そうだった。


「あんな親でも気になんの?」

「ああいう親はいないほうがマシだと思うが」


 事前にキャメロンの事情を打ち明けられていたアレックスは、むごい仕打ちをした親を気にする神経がわからないとばかりに唇を尖らせる。一方のベネディクトはもっと直接的な言葉をぶつける。しかしキャメロンはそれらには答えない。ただ、うつろな目で父親を見るばかりだった。


 レンにはなんとなくキャメロンの気持ちがわかった。レンは虐待されていたわけではないし、キャメロンとは育った環境が土台からして違うから、完全に相互理解できるとは思ってはいない。それでもなんとなくキャメロンの――家族愛とか、そういうものを信じたくなる気持ちはわかってしまった。


 淡白というか、血の通わない家庭で育ったレンは、しかしきちんと育ててもらったのだから不幸とは言いがたいだろう。レンよりも劣悪な家庭で育たざるを得なかった人間は、ごまんといるわけなのだ。けれどもフィクションの中で展開される「温かい家庭」というやつにあこがれる気持ちは常にあった。それは隣の芝生が青く見えるだけの、錯覚なのかもしれないとは思っている。けれど。


「血の繋がった家族にはなれないけど、キャメロンを気にかけてる人間は結構いるよ。イヴェット先輩とか、学長とか、あと……わたしとかさ」


 キャメロンはようやく父親から視線を外し、レンたちのほうを見た。あざとい笑顔でもなく、挑戦的な笑みでもなく、どこかほっと弛緩した微笑を浮かべる。


「レンは前に『自分は冷たい人間だ』的なこと言ってたけど……そんなことないね」

「え? そんなこと言ってたの? ……中二病?」


 レンは黙ってアレックスの腕を小突いた。そんな様子を見るベネディクトは呆れ顔で、キャメロンは思わずといった様子で笑い声をこぼした。



 *



 あのあと、キャメロンは学長を後見人として学費を全額免除してもらえる奨学生バーサリーのテストをパスし、改めてフリートウッド校に編入することになった。まだ色々と思うところや言いたいところはあるだろうが、生徒たちはひとまずキャメロンを受け入れたので、レンはホッとしていた。


 ところ変わって学校の敷地内にある適当な芝生の上でキャメロンの「編入おめでとうパーティー」が開催された。参加者はレン、アレックス、ベネディクト、そして主役のキャメロンの四人だった。


 と言っても学生のお遊びの「パーティー」であるから、口にするものと言えばスナック菓子やら炭酸飲料やらといったジャンクなものばかりである。寮の私室では菓子類など食品の持ち込みが禁止されているため、グラウンド横の適当な芝生でピクニックシートを敷いての開催と相成ったわけだ。


 ここであればひとの目は集めないし、レンがニセのハーレムを築いているという話題を出しても、耳をそばだてる人間はいない。意外と穴場だなとレンは思いつつ、紙コップに注いだ炭酸飲料を口にする。


「テスト、パスできてよかったな」

「以前は手を抜いてたのか?」

「適度にバカっぽい子のほうが隙があっていいかなと思って……でもこれからは手を抜く必要がないから、ガンガン頑張るよ」

「……キャメロンも勉強好きなタイプなわけ?」

「好きっていうか……おれの場合はどんどん勉強できるところは勉強してかないと。レンのためにも高給取りになりたいからさ!」

「え? 私……?」


 アレックスの「意識高~」という呆れた声を背景に、レンは呆気に取られた。そんなレンにキャメロンは無邪気な笑みで答える。


「レンのハーレムに入れてくれるんでしょ?」

「え? なになに? なんの話?」

「……そんな話をしていたのか? レン?」

「いや、あれはその場の勢いというか……。っていうか今のその気概があるなら別にわざわざ私のハーレムに入らなくても……」

「えー? レンは一度した約束を反故にしちゃうんだ?」

「ええ……いや、でも、逆にキャメロンは私でいいわけ? ニセハーレムと言えども、周囲には本当のハーレムメンバーだと思われるんだよ?」

「いいよ。ゆくゆくはレンの本物のハーレムメンバーになるつもりだから」

「え?!」

「――は?」

「ちょ、ちょっと待って……?!」


 キャメロンの宣言に場は混沌へと落とされる。アレックスはおどろきに目を丸くしたあと、据わった目でキャメロンを見る。ベネディクトも目を平たくしてキャメロンに視線をやる。レンはと言えば、突然口説かれてどういう反応をしていいのかわからずにあわてた。


「は? 抜け駆け?」

「抜け駆けってなに? アレックスはベネディクト先輩と仲良くレンに手を出さない決まりでもしてたの?」

「そーいうわけじゃねえけど……。いきなりそんなこと言ったらレンがビビるだろ」

「そんなのレン本人に聞かないとわかんないじゃん」

「オレはレンと一番付き合い長いからわかるし」

「たかだか数ヶ月の差じゃん」

「は?」

「は?」


「ひとまず……キャメロンがハーレムに入るのであれば、レンの登下校の付き添い当番は毎日交代ということになるのだろうか? キャメロンが入った分、一緒にいられる時間が減るのか……」

「オレはこんなやつがレンのハーレムに入るのは反対だから!」

「はあああ? おれはレンからじきじきに『ハーレムに入れてあげる』って言われたんだから、アレックスにどうこう言う権利なんてないよ!?」


「……いや、あの、ハーレムって言っても『ニセ』の、だからね……? ニセモノだからね……?」


 レンはそう言ったものの、そんな言葉はだれも聞いていないのであった。レンは「逆ハーレム解体計画」が盛大に暗礁へと乗り上げる音を幻聴した。


 それでもレンは心の中でだれに向かって言っているのかわからない言い訳をする。


 ――逆ハーレムは一身上の都合により……身を守るために仕方なく築いているのであって、本意ではないんです……!!!

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イッシンジョウノツゴウニヨリ ~逆ハーレムを築いていますが身を守るためであって本意ではありません!~ やなぎ怜 @8nagi_0

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