(36)

 レンは決意した。キャメロンにはちょっぴり悪いとは思うが、彼女には逆ハーレム解体の口実……悪役になってもらうと。レンはいい機会だと思った。ニセモノと言えど逆ハーレムは荷が重かった。ジェラシーコントロールなどレンにはちんぷんかんぷんなのだ。そもそも他人の心の内をどうこうできる気がまったくしないのである。


 これがもっと「イイ女」だったら違うんだろう。たとえば、イヴェットのような美貌と心根をそなえ持った人間とかであれば、己ほどは悩まなかったに違いないとレンは思う。しかしレンは現実として「イイ女」からは程遠く、そして今後「イイ女」になれそうな気は一切しなかった。


 やはり逆ハーレムは荷が重かった。レンはそう結論付けて、女子寮内に与えられた私室へ、アレックスとベネディクトを招き入れた。バカ正直に話はしなかったものの、巧みに本音と嘘を混ぜ合わせてレンは「私にはハーレムは荷が重かった」と告げる。


「やっぱさあ……イヴェット先輩とかキャメロンレベルの美貌はないにしてもさ、私ってどうしても態度とかが垢抜けてないって言うか、陰キャがにじみ出てるっていうかさ……まあ、向いてないんだよね! ハーレムとか!」


 自己肯定感が低い自覚のあるレンは、できるだけ湿っぽい話にならないように、しかし己の力不足ゆえハーレムは解体するという方向に持っていくべく、そんなことを言う。これは混じりっ気なしの本音だった。そこばかりは嘘はなかった。


 これで逆ハーレムを解体できれば「ざまぁ」される要素がひとつ減る。キャメロンに略奪を宣言されるほどの魅力的な人物を侍らせている異世界人など、レンに言わせれば「ざまぁ」するのに格好の人材であった。その異世界人が客観的に見て特に魅力を感じられないのであれば、なおさら。


 レンの思考は斜め上にかっ飛んでいた。いよいよ極まって、実はこの世界はなにかしら漫画やライトノベルの世界ではないかとまで考えていた。その場合、キャメロンは実は異世界転生者で――と、レンのオタク脳の暴走は止まらない。止めるすべがない。なぜならレンはそれを一切口に出していないからだ。


 そんなレンの飛躍のありすぎる思考の変遷を知るよしもないアレックスとベネディクトは、突然の通告に固まった。レンはさすがに突然すぎたかと思ったが、「善は急げ」という言葉がある。アレックスとベネディクトを「キープ」しているような状況は、レンからすれば「悪」だ。ならばふたりを解放することこそ、「善」であるとレンは思ったわけである。……その、暴走を続ける脳で。


「それじゃあ、これで解散ということで――」

「ちょーっと待て! なに勝手に決めてんの?!」

「突然すぎる。一体、なにがあったんだ?」


 アレックスとベネディクトはレンの突飛な物言いに絶句したあと、しかしすぐに我に返ってなぜかレンを止めに入る。レンだけは冷静に――なっているつもりで――淡々とふたりの言葉に答える。


「さっき言ったとおりだよ。他の女の子とか見ててさ……ハーレムは自分の手に余るなあって思ったわけ。あ、それでキャメロンに『略奪しますよ宣言』されちゃったから、ふたりとも身辺には気をつけたほうがいいかも」

「情報量が多すぎる!」

「あの女が原因なのか?」

「原因というよりは、遠因……かな? 一因ではあるけれど主因ではないってところ」

「なるほど。あの女のせいか」

「いや、ベネディクト先輩、私の話聞いてましたか?」

「聞いてもわかんねえからこっちから聞いてるんだけど?」


 不機嫌そうなベネディクト、同じく不満に思っていること隠そうともしないアレックスなどは、どこかケンカ腰である。他者と衝突することに慣れていないレンなどは、ふたりのそんな雰囲気だけでどこかへ逃げ出したくなる。しかし現場はレンの私室。逃げ出す場など皆無であった。


「なんでそんな不機嫌なの?」

「お前が突然ヘンなこと言い出すからだろーが! なんなの? オレらに不満でもあったわけ?」

「そうだ。僕らは君のハーレムの成員なのに、相談もなしに重要な決断をした。それは……信頼されていないようで傷つく」


 こちらを見つめる二対の瞳は真摯で、真剣で、どこか必死さがあった。レンはそれを見て――


「……いや……私のハーレムはニセハーレムであって、アレックスとベネディクト先輩は私の恋人でもなんでもないですよね……?」


 普通に突っ込んだ。


 しかし。


「だから?」

「え?」

「だからなんだって言うんだよ。オレはいきなりハーレムを解体するとか受け入れられないし、仮にそうなってもレンのそばにいるからな!」

「え?」

「なるほど。確かにハーレムという形がなくなっても、レンのそばにい続けることは出来るか。アレックスにしては慧眼だ」

「え?」

「ひとこと多いっすよ!」

「……まあ今のご時世、ハーレムという形に無理にこだわる必要もないか」

「そっすねー。別にオレはニセハーレムメンバーでも、そうじゃなくてもレンのそばにいるつもりなんで」

「――ええええええ???!!!!」


 レンは思わずおどろきの声を上げていた。まさか、こんな展開になるとは微塵も予想していなかったからだ。レンの予想――という名の妄想――の中のふたりは、突然の通告に不満は示せど、粛々と受け入れると思っていたのだ。しかし、現実はそうはならなかった。その予想外の展開にレンの頭はついて行けない。


 そんなレンへ追い討ちをかけるようにふたりは言葉を重ねる。


「大体ハーレム解体なんてしたら男どものいいエサだって。っつーわけでお前のハーレムメンバーのフリはやめないから」

「そうだな。ハーレムは女性にとっては武装のようなものだ。それを手放すのはあまりに危険すぎる。異世界人である君にはピンと来ないかもしれないが……」

「え? え? え? いや……だってさ」

「『だって』、なに?」

「私、別にキャメロンとかみたいに魅力的な女じゃないっていうか」

「え?」

「え?」


 アレックスとレンは顔を見合わせた。レンはなぜアレックスがおどろいた顔をしたあと、処置なしとばかりに目を伏せたのかわからなかった。そこへ、ベネディクトがわざとらしい咳払いをして割って入る。


「僕はキャメロン・カラックのような女は嫌いだ」

「……オレも同意見っす。あの女、ミドルスクールのときの元カノっぽいっていうか……元カノよりもワガママさは上な感じなのがヤなんだよね。あとすぐ泣きついてくる女もイヤ」

「ソンナコトイワレテモ」


 レンは思い通りにコトが運ばないあせりのあまり、カタコトになる。内心は冷や汗がだらだら。どうやればこの状況を引っくり返せるか脳内を検索するも、そんな方法は見つかるはずもないのであった。


「今日言いたいことはそれだけか?」

「……ハイ」

「そんじゃあニセハーレムは継続、キャメロン・カラックには気をつけるってことで。はい、解散~」

「ハイ。オツカレサマデシタ」


 結局レンは逆ハーレムを解体できる、決定的な言葉を見つけることができず、その場はお開きとなった。


 かくしてレンの「逆ハーレムを解体して『ざまぁ』要素を減らそう」という、そもそも頭がどうかしている作戦は失敗に終わった。

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